残月


人々の伝承には、歌という形で残った出来事も多い。

おつきさま おつきさま としいくつ じゅうさんななつ まだとしわかい
しばらのかげで あかいぼこうんで だれにだかんしょ おかたにだかんしょ
おかたどこいった あぶらかいいった あぶらやまえで すてんと ころんで
あかいべえよごして あらいやであらって ほしやでほして たたみやでたたんで
てんてんてばこへ されこんだ

「なんなんだよ、この歌。意味不明。夜見、これ知っているか?……」
真樹が放り投げるように縁側に置いた古い資料。
まだ子供の筆文字で書かれた歌。
「これはまた…いったい、どこで入手した? 古い子守歌だよ」
僕が古いメロディーをつけて歌うと、昼間の優しい風が桂樹の葉擦れ音を添えた。
「さすが、生きる民俗学…これ、一応、どのようなメロディがついていたのかは、不明ってことになっているけど」
「言葉は残せても、メロディーは残せないからね。歌い手がいなくなったら、消失してしまうというのは、暮らしから生まれた歌の宿命だな」
どの時代の子供たちも、遊びの言葉に様々なメロディーを添えることを得意としていた。
そして生まれた歌は、地域・地方によって様々なメロディーや言葉を持ちながら、手毬や手玉とともに、親から子へ唄い継がれていった。
現在、どれほどのメロディーがこの国に残っているのだろう。
「で、意味とかもあるんだよな?」
「ああ…。若い娘が子供を産んだ話だ。深く考えると、言霊から抜け出せなくなるから、やめておけ」
13才の娘。
7ヶ月目の早産。
手箱に入れて葬られた子供。
へぇ、と感心したような頷きのあと、真樹はしばらく黙ってノートに何やら書きこんだ。僕に走り書きを終えたノートを手渡す。
「これさ、図書館でわらべうたについて調べているときに見つけたんだ。ぜんぜん思い当たることないけど、なんかなつかしい気がしてさ。しっかり覚えてきたから、間違っていないと思う」
それは、古い遊び唄だった。

つきのせかいの みこさまは
なにがほしくて
あててみよ
はてぞな はてぞ はてはてなるぞ

遊び唄には、言葉の謎が多く含まれている。

月の国の神子様は 何が欲しく 手中て御世 果てぞ な果てそ 果て果て生るぞ

遠い昔の物語。歴史の記憶から拭い去られた人々の伝説。それでも微かに残った月の国。
「……よく残っていたな、こんな唄」
僕が空に浮かぶ残月を見上げて呟くと、真樹はノートを閉じて微笑んだ。
「備考欄に、一説という形で書かれていただけだから、詳しいことは何も判らないぞ」
「そうか。それでも、どこかに確かに伝えた者がいたという証だな。これは、こうして遊ぶ歌だった」
庭先の小石を手に乗せた僕は、なつかしいメロディーにあわせて、石を掌で遊ばせた。




月読記へ