弓月


 弓張月と言うと、三日月のような、幅の細い月を思い浮かべる人がいる。
実際は、半月の別名だ。
弓道をたしなむ場合を除き、弓を手にする機会が少ない昨今。これもまた、仕方ないだろう。
 月に誘われ、僕は久しぶりに弓を手にした。
「なんで、空き缶を的にするわけ?」
 呆れた調子の声は、背後から聞こえた。
「悪いか?」
 引きかけた手を止め、肩越しに真樹を見る。
供え物を持った彼が、母屋から出て来たところだった。
「せっかくの雰囲気が、ぶち壊しじゃん。その格好で、この状況で、何だよあの的っ」
 僕の格好。銀糸を使った狩衣と狩袴。使い古した塗籠籘の弓。
今夜の状況は、桂枝の合間から見えかくれする、星と弓張月。
そして、空き缶の的。
風流や雅といった言葉からは、たしかに外れそうだ。
「でも、的になりそうなものは、他にないだろ?」
 真樹が辺りを見渡した。敷石に供え物を置くと、母屋へ戻って行く。
しばらくして、彼は満足そうな笑みを浮かべながら姿を現した。手に持っているのは…。
「りんご?」
 的にするつもりだろうか。しかし、それはそれで、やはり何か違うような気がする。リンゴを射て、風流と…いえるのだろうか。
「本当は扇にしようと思ったんだけどさ、捨てても良さそうなのが、無かったんだ。これでも、空き缶よりはマシだろ?」
「たいした違いは無いと思うがな」
 そう答えながら、真樹が置いたリンゴに狙いを定める。
「だって、夜見の姿を見ていられるのって、あと八年あるかないかだろ? 夜見の弓引く姿って、俺、結構好きなんだ。さすがに無駄のないっていうか…舞いみたいなんだよな…。それなのに、夜見は滅多に弓を手にしないだろ? だから、こういう場面はできるだけ大事にしたいってわけだ」
 目を閉じる。
沈黙。
次の瞬間、矢はリンゴを貫いていた。



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