雪見月


降り続く雪は、空に輝いているであろう月の光を、跡形も無く消し去っていた。
「夜見っ、寒いから、部屋へ入ろうってば」
寒さに震えながら、真樹が何度目かの言葉を口にした。
風も無い大気は、ゆったりと氷の華を大地に散らしている。
「真樹は、部屋に戻っていればいいだろう? 僕はもうしばらくここにいる」
「そんなに雪が珍しいのか? まさかな。俺より長く生きてる夜見に限って、そんなことないよな…ったく、そんな格好で寒くないのか? 見ている俺のほうが寒気がしてくるぞ」
そう独り言のように語りながら、真樹はいっこうに部屋へ入ろうとは、しない。
言葉以外の何かを、真樹は敏感に感じ取ってくれているんだろう。
無音のまま、雪は降り続く。
無音の時間のように。
「…真樹、遠慮することないぞ。…部屋へ戻らないのか? 」
傍らで震えている真樹。彼はどうしてこういう時、これほどまで優しいのだろう。
「夜見がこの雪を見飽きたら、一緒に部屋へ戻るよ。このまま夜見を置き去りにしたら、いけないような気がするから。…できれば、俺が凍死する前に、飽きてくれよ」
聡い真樹。
僕は、しばらく真樹と二人でこの雪の中にいたいと思っただけなのだ。
「そうだな、この雪にぴったりな和歌を真樹が作ってくれたら、暖かい部屋にはいることにするよ」
僕よりも背が高くなった次期斎主に、甘えてみたくなる。
「和歌? 俺が作るの?」
「総力を結して挑戦してもらいたいね」
 本当は、和歌などどうでもいいのだ。僕は、この雪に惹かれた想いを断ち切るきっかけが欲しいだけ。
「ぬばたまの今夜の雪にいざぬれな明けむ朝に消なば惜しけむ、ってのはどうだ?」
「……。真樹、それは万葉集」
 意外だった。
まさか万葉集の和歌を言うとは思わなかった。
僕は、よほど意外な表情をしたようだ。真樹が笑い出す。
「仕返し成功って気分だな。そんなに俺、突拍子も無いこと言った? …………でも、さすがだ、夜見は。よく万葉集だってわかったな」
「小治田東麻呂の雪の歌だ。8巻の。真樹が知っているとは思わなかったよ」
真樹はずいぶんと嬉しそうに笑うと、僕を室内へ誘った。
温かい部屋は、とても優しく僕を迎え入れてくれた。


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