薄月


 秋、月が霞む夜は、ススキが人を招くといわれた。なんでも、ススキの花が薄月の光を浴び、魔物の手に変化するからだとかいう。
真偽の程は確かでないが、否定する気はない。薄月の光は、人を魅了する。
「麗姿って、夜見のためにある言葉なんじゃねぇの?」
 隣で僕を凝視している真樹と視線を合わせぬよう、空を見たまま答えた。
 薄月の影響を受けた僕は、人を魅了する存在になる。
「ようやく、隣で話せる余裕ができたみたいだな」
「ん。まあね。何度も見てるから。でも、目が離せないのは相変わらずだ」
 しばらく前までは、僕の姿を眺めただけで惚けていたのだから、大した進歩だろう。
これで視線を合わせたらどうなるか、まだ分からないが。
「彼女とは、どうだ?」
「いきなり何だよ。気になる?」
「真樹の子供の母親になるかもしれない人だからな。興味がある」
 沈黙。短いため息。
「……回りくどい言い方するな。今のところ、結婚までは考えていないって。ただ、ちょっと、いいなーと想っているだけなんだから」
「でも、好きなんだろ?」
「そりゃー。まあ……」
 照れたような声。どんな顔をしているのやら。自然に笑みが浮かび、真樹の顔を見てしまう。
「あ……」
 視線が合い、真樹が息をのんだ。しまった…。
「おい、大丈夫か?」
 彼の肩に伸ばしかけた腕が途中で掴まれた。真樹が無理矢理うつむく。
「真樹?」
「バカヤロー。こっち向くんじゃねーよ。あと一秒でも夜見を見てたら、俺、どうなってたか、わからねーぞ」
 八つ当たりでもするように、腕をきつく掴む。
「悪かった。つい……。真樹、痛いから、放して欲しいんだが…」
 反応は鈍かった。腕に痣が残る程度の時間が経ってやっと、真樹は僕の手を放し、頭を冷やしてくると告げて、母屋へ去っていった。
 人を魅了する孤独な夜。寂しい夜。
「呼んだか?」
 真樹と入れ替わるように、信志が庭先に歩み出た。
心の声を察したかのように現れた斎主を、僕は苦笑して迎えた。




月読記へ