月船


昼を過ぎてからようやく姿を表わした月。
満月に向かう月は、真樹に言わせると「だんだん寝坊になる」のだそうだ。
目覚めた僕の前に、廊下を通りかかった真樹の姿があった。
「ああ、もう月の出る時間だったのか。悪い、夜見、今日は俺、パス」
真樹は寝間着のままだった。
今日は学校を休んだのだろう。
「昨日から具合悪いと言っていたな。まだ熱が下がらないか?」
昨日、僕は真樹と話したときに彼の身体の不調を感じ取って、癒したはずだった。
「熱は下がったんだけどさ、なんか変なんだよな。平衡感覚イマイチ。吐き気もキツイ」
「天かける月船にでも囚われたか」
僕の言葉に、真樹は足を止めてナンダソレという顔をした。なんてわかりやすい態度だろう。
「夢を見なかったか? 月に誘われて空を飛ぶ夢だ」
「昨日? 月じゃなくて、夜見の上に馬乗りになって空を飛ぶ夢なら見たぞ」
……僕に乗る? なんて罰当たりな夢を見てくれたんだ。仮にも、僕は御神体だというのに…。
「普通は、月船に乗って空を飛ぶ夢になるんだが……。とにかく、それは次期斎主が経験する精神上の試練だ。船酔いみたいなものだから、慣れれば治る」
「ってことは、これは船酔い? いや、夜見に乗ったんだから、夜見酔い……」
それだけふざけた受け答えができれば、たいしたこと無いだろう。
「せいぜい、長続きするように祈ってやる。僕に乗った罰だ」
「……あのさぁ、夜見。夢は意識してみるものと違うだろ。そもそも、長続きしていいことってあるのか?」
ない。真樹が治らずに苦しむくらいだ。
真樹には答えずに、まだ昼の日差しが強い庭先へ出た。
欠けた部分を日々補っていく月。
成長することの素晴らしさは、きっと本人には判らない。
僕は一気に、境内の桂樹の上へ跳んだ。



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