時占月


夜毎の月を読むものは、時を知り、未来を知る。
それは、暦を創り出すことが予言につながった時代。
時を知る者は、人々を支配する……農耕を中心とした社会において、種まきや収穫の時期を正しく知り、人々に伝えることは、権力保持に欠かせない業だった。
より正確な、より多くの収穫をもたらす暦を創り出そうと、この国の権力者達は、大国に学んだ。
水時計を設置し、天智という謚を得た天皇は、天文を読み解く術を心得ていた。
空のめぐる周期を知り、動きを予測することは、特別な霊力ではなくて知識によって支えられた正確な予言。
だからこそ、権力に関わる知識は、ごく一部の者にだけ伝えられた。
空を、明日の星の並びを、10日後の月の形を、知っているものには特別な力がある。
暦を作る技術を受け継いだ者が占術の分野を担ったのは、当然の流れ。
「俺って、占い…できるのかな?」
複雑な表情の真樹が、僕のとなりで呟いた。
「占術は一通り学んだろう? そもそも、占うだけなら、誰にでもできる」
未来を知りたいと願う人の心が生んだ術。先を予見する術。
問題となるのは、できるかどうかではなくて現実になるかどうか。
「でもさ、俺自身は、占いなんてあまり信用したくないから、複雑な気分なんだよ」
真樹の占術なら、正しい先見をしている可能性の方が高い。
本人には、その自覚がないだろうが。
「もう少し次期斎主としての自分を信用してやったらどうだ?」
「信用したくないんだよ。できれば、やりたくないんだ……」
いや、これは自覚しているからこその、反応か。
「それほど、自分の占った通りに物事が動くのが恐ろしいか?」
真樹に占術を授けたのは、僕。的中することが多くて当然。はずれることは、滅多にないだろう。
「ああ、嫌だね。それより何より、占う前に結果が見えるって事が、最悪だ。何のために占っているのか、自分でやってて判らなくなる」
真樹の抱えている複雑なとまどいが、垣間見えた。
彼は、占術の儀式を必要としないほどに、予見の力がある。己が望まぬ力だからこそ、彼は行使をためらうのだろう。
「……無理に占術を行うことも無いだろう。所詮、斎主になるための知識の一つだ」
学んだ知識を活用するのも封印するのも、真樹の自由だ。
「でも……あいつに頼まれると俺は断れないんだよな…」
やれやれ。
 結局、恋人に頼まれたことを占い始めた真樹を、僕は苦笑しながら見守った。


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