天満月


月は命を宿す。
風は命を運ぶ。
日は命を育む。
海は月の影響下にあり、大地は日の影響下にある。
月光の青白さに、過去の人々は海の、水の青色を連想した。
雨も無いのに生じる夜露を、過去の人々は月が創り出した水と認識した。
月は水を生む。
ただの水ではない。甦りの水……欠けても再び満月に戻る水。若返りの神の水。
そんな信仰が鏡を誕生させた。
鏡の原形は、満月を模した器に水を張ったもの。
磨き上げた貴重な金属は、代用品となり、神事に使われるようになった。
姿を写し込むことは、その力を取り込むこと。
鏡は、力を取りこむ道具だった。
活力を、生命を、取り戻すための儀式。
「天満月は真澄鏡になりぬべき……か」
天空に浮かぶ、湖面のような丸い月。今日は少し青色が強い。
影響を受ける僕も、青味を帯びている。
一人の夜。
杯の中で揺れる、空に浮かぶ孤独な満月。
「今夜は、これを飲んだら、弓月夜見…にまかせてしまってもいいかな?」
独り言の呟き。仕方が無いと苦笑する声が、聞こえてくる。それとも声は、ただの桂樹の葉擦れだろうか。
僕と弓月。この身体は、僕のものであって僕のものではない依代。
僕は神酒に写った空の全てを飲み込むように、杯を傾けた。



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