黄昏月


  黄昏時、空に輝く細い月。沈みかけの月。刻々と色合いを変えてゆく空。
黄金色に染まった月は、太陽が置き忘れた光のかけらに見える。
「そろそろ、夜見は眠る時間だな」
 月読神社次期斎主の真樹は、僕のとなりで西の空を見ていた。
「そうか。今夜は、彼女と初めてのデートだったな。落ち着きがないのは、そのためか……」
 見た目は、もう僕より少し大人になった真樹。彼の身長は、少しずつ、しかし、確実に僕に追いつき、追い越していった。
「落ち着きない? そうか?」
 外見は変わっても、真樹自身は変わらない。
「心配しなくても、僕はすぐ眠るよ。ただ……ね。真樹の色恋にとやかく言う気はないが、軽々しい行動は慎めよ」
「軽々しい?」
 斎主の信志は、真樹にまだ教えていないのだろうか。
「加護の話、信志から聞かなかったか?」
「聞いてねえ」
 ため息が出た。そうだ、信志はこの手の話が苦手だった。
そもそも、次期斎主の教育係は、信志ではなく、僕だ。話していなくても当然か。
「僕がこの場にいるために、斎主や次期斎主には、その血脈を絶やさないための加護の力が働いているんだよ」
「それが何か?」
 ……鈍い。
「異性と契れば必ず子が生るって事だ」
 沈黙。どうやら、理解したらしい。
「それって、…その……どんな対策練っても、駄目なわけ?」
「ああ。無理だな。どんな対策でも、必ず失敗する。……つまり、そういう加護の力だ」
 真樹はもう、知らなければならないこと。
「じゃあ、そういう時は、我慢しろってコトだよな?」
「……。だから、僕と斎主の関係が歪むんだけどね……」
 そこから先は、まだ知らなくていい。いずれ、嫌でも彼は知ることになる。
常に親しみをもって接する僕と、常に一線を引いて接する弓月夜見。その意味を。
 黄昏月が、沈む。
「さて、僕は眠るとしよう。詳しいことは信志に聞くといい。当事者の一人だからな」
 僕は真樹に背を向けて、寝所へ向かった。



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