双魂月


仲秋の名月の夜に、人々はススキを飾り、団子を供えて月見と称す。現代に残った、数少ない月待ち行事。
奉る人々の強い想いは、神々の力となる。
月の影響を強く受ける僕は、人々が月に寄せる想いに存在すら左右される身体。
「これほど力が漲るのも、久しい。懐かしいことだな」
弓月夜見の独り言が、あたたかな夜露となって大地の草花に降り注いだ。
「魂を別つこともこれほど容易い」
ふと気付くと、僕は弓月夜見の前に立っていた。
和魂と荒魂の邂逅。
魂を二つに分けてもお互いに存在が保てるほどの、力。
地域によっては、同じ神であっても和魂と荒魂は分けて奉られている。もともと、一つの存在でありながら、人々の想いによって別れた神々の光と影。
僕は久しぶりに見る弓月夜見の月色の瞳を、懐かしく見つめ返した。
多くの人々が、月を見上げることが当たり前だった時代は、もっと頻繁に出会う機会があったもう一人の自分。この次は、いつ出会えるか判らない僕のもう一つの魂。
「流石に、触れ合うのは無理のようだな」
弓月夜見が触れようとした指先は、幻のように霞んで僕と繋がってしまう。
僕等は苦笑して二人で天空を見つめた。
 秋の満月は、空の雲も青白く照らすほどの、強い月影。
「これは、夜見様に弓月の君、今宵は一段と神々しくいらっしゃいますな」
空を流れる雲間から、漆黒の羽を背負った天鳥船の眷族が、舞い下りてきた。
「何か?」
「カモタケツ……八咫烏…か? 我に何用ぞ?」
 天鳥船。神々が空を翔けるときに力を貸す、空の神。
「いやいや、地上に鮮烈な輝きを見つけましたので、いずれの貴き御子様かと、ご挨拶に参ったまでのこと。いや、今宵の名月は、なるほど」
「まるで、僕等が別れるのを待っていたように、現れたね。月の若水を受け取りに着たと素直に言えば、弓月だって聞くかもしれないのに」
 僕の言葉に、舞い降りてきた人外の存在は、漆黒の羽を折りたたんで大地に降り立った。
「…正直なところ、弓月夜見の君が以前生み出された若水は、とうに絶えております。貴方様方の若水は、人々に忘れられた神々の糧。今宵は、あまたの神々も月に想いを寄せております」
「それは、僕達も気付いていたよ。だから、今夜は魂を別った」
「若水か……。しかし、互いに触れ合うこともままならぬ身で、どれほど生み出せるものか」
 人々の想いを水に変える。月の力を封じこめる月水とおなじではあるが、想いが多く詰まったものは、食した神々に存在力を分け与える。
 系譜を持たない月読が統治する夜の食国。

 名月が赤みを帯びて沈む頃、美しい漆黒の羽を羽ばたかせて、神々の食を運ぶカモタケツを僕等は見送った。



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