待宵月


待宵草という植物がある。
大正時代からこの国で見られるようになった黄色い花は、宵になるのを待って咲く。
朝には萎んでしまうこの花が持ったもう一つの名が、月見草。
それは、本来の月見草とは似ても似つかぬ花でありながら、月に似た色を持つ繁殖力の強い花。
夕刻になってようやく姿をあらわした月は、暗くなるのを待ちわびていたように見える。
ゆえに、待宵の月。
「今夜は花火大会だからさ、夕涼みに散歩でも行かないか?」
僕が月と供に目覚めるのを待ちわびていた様子の次期斎主は、どうやらもう出かける仕度が整っているようだ。
「……誘う相手が違うだろう真樹。彼女はどうした?」
真樹が苦笑した。
「向こうで逢うことになってる。だから、夜見には悪いけど、本当に行くだけなんだ。でも、夜見とも、行きたい。これって、夜見には、判ってもらえるかな?」
複雑な真樹の気持ち。
僕を選ぶことも恋人を選ぶこともできない、心の葛藤。
夜空に咲く炎華の一部が視界に映った。
「もう花火大会は始まっているようだぞ。彼女は待っているだろうに…」
真樹は無言で、僕に笑みを返した。
「二兎を追うものはという諺のとおりになってしまうぞ。まったく、世話の焼ける……」
この時代の服装で、僕は真樹の横に降り立つ。
「散歩は、最短距離の道にしておこう」
先頭に立って境内の石段を降りた僕に、真樹は安堵したような表情を見せた。
少し早めの歩調で涼やかな風を楽しむ散歩。
真樹と共に訪れた土手沿いの道は、茂った待宵草が風に揺れていた。



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