光輪月


夜空の光輪。
月輪が、天空に大きくかかっている夜だった。
「うわっ、素晴らしいな。天に光の輪がある」
暗い夜空に、まるで天の川のように茫とした白い光のリング。
それは、月からかなり距離を置いて、形作られている。
中秋の名月も過ぎ去った、二十三夜。斎主の信志は夜空を見上げて嘆息した。
「今宵は、偶然とはいえ、月が天空に結界を張った。うるさい輩もなりを潜めていると見える」
 弓月夜見の傍らで、信志は見えぬはずの声の主に微笑んだ。
「おかげで、この辺り一帯も、清浄な空気に包まれています。弓月夜見の君も、ご気分がよろしい様で、何よりでございます。御神酒を一献、召されませ」
 杯に注いだ神酒を、指先の、一番受け取りやすい位置へ差し出す。
……姿が見えぬはずの斎主。時折、本当は見えているのではないかと、思えるような動作。
「人の力も侮れぬものよ」
 杯を受け取った弓月夜見の言葉に、信志は訝しげな顔をする。
「何か?」
とても楽しげな弓月夜見の表情。
気分を損ねたのではと危惧する斎主の表情。
 やはり、斎主には姿が見えていないと実感する一瞬。
「意地を張らずに鏡を使ったらどうだ? 声だけでは、不安であろう?」
 途端に、信志は柔らかな表情で答えた。
「そうですか、私を試しましたね。姿こそ見えませんが、不安ではありません。今、こちらを向いていらっしゃることも、おそらくは笑みを浮かべていらっしゃることも、判りますから」
「ほう。面白い奴だな。まったく……稀に見る斎主よ、信志は」
 世の中の移り変わりが激しくなると、決まって有能な斎主が現れる。
 弓月夜見の見上げた天空には、幻想的な光と薄雲の織り成す結界が広がっていた。



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