嵐の後遺症


「今は、潮に流されているだけだからな。俺は、航海室で常に現在地を確認しておく必要がある。お前は、ここで寝てろ」
「え? あの…一緒に行っちゃ駄目ですか?」
 ヒロインを見下ろしたシンは、ふっ、と優しく笑って言った。
「……今夜は、ゆっくり休んでろ」
 パタン、と、扉が閉まる。
「そうだよね…シンさん、大変なんだし、ワガママ言っちゃいけないよね…」
 ヒロインが、ぽつりと呟いた。
一方、シンがヒロインを残して部屋を出ると、医務室の前の廊下でソウシが立っていた。
「ヒロインちゃんを置いて行くのかい?」
「……連れて行ったら、仕事になりませんから」
「へぇ…そうなんだ。…まだまだ、だねぇ、シンは」
 ソウシが、くすくすと笑う。見た目は笑っているのに、目はシンを咎めるような光を宿していた。
「………」
 黙って医務室の前を通り過ぎ、甲板へ出ていこうとしたシンの後ろへ、ソウシが声をかける。
「そんなに油断していて、本当にいいのかい? 今日、ヒロインちゃんは、あんなになる程の恐怖を初めて味わったんだよ。きっと、眠れないんじゃないかなぁ。それ に、眠れても夢に見ちゃいそうだよね。そういう時の女の子って、藁にもすがりたい気持ちになるよね」
「ドクター、今度は、何が言いたいんです?」
 シンが立ち止まる。
「ヒロインちゃんが心細くて泣いていたり、悪夢を見てうなされていたりしたら、部屋に1人で置いておくのは、かわいそうだからね」
「………」
「だから、私が彼女を慰めてあげることになるかもしれないよ。ああ、安心させるためには、朝まで一緒に抱いて眠ってあげるのがいいよね。……ヒロインちゃんの肌 は、触り心地が良さそうだね。…フフフ……いってらっしゃい、シン」
 ソウシが手を振って、医務室に戻る。
 シンが踵を返した。
 部屋へ戻る。
「気が変わった。ヒロイン、毛布持って、ついて来いっ」
嬉しそうに毛布を抱えたヒロインを連れて、航海室に向かいながら、シンはため息混じりに呟いた。
「……あながち冗談じゃなさそうなところが、ドクターの怖いところだな…」
「あの…シンさん……」
「いいから、お前は、そのソファで寝てろ」
「でも、そのぉ…なんか眠れないので…何か、お手伝いとか…」
「じゃあ、眠れるようにしてやる」
 シンは航海室の棚の奥から酒瓶を取り出すと、自分の首元を緩めながら、ヒロインに歩み寄った。
「あ…あの……」
 シンは、酒瓶の蓋をとって瓶から直接、呷る。 と、ヒロインに深いキスをした。
「んっ…」
ヒロインの喉に、焼けるような熱さが広がる。
「まだ、眠くなるには足りないな。もう少し、飲め」
シンは同じキスを何度も繰り返した。
「シンさん…もうだめ…なんか…ぐるぐるして…の…」
 強制的にウイスキーを飲まされたヒロインが、眠そうに眼をこする。
「いいから眠れ」
頭を撫でてやるだけで、ヒロインは寝息をたてはじめた。
 すぐにシンは立ち上がって、外を眺める。暗闇の向こうに見える灯りはない。島や陸地は遠い。けれど、確実に船は潮の流れに乗っている。
シンは真剣な表情で、海図を何枚か広げ、潮の流れを見比べる。何度か、甲板に出て星の位置も確認した。
深夜。
航海室の静けさを破ったのは、ヒロインのうなされる声だった。
「やぁぁぁっっっっっ。シンさんっ…シンさんっ…」
「おい、大丈夫か? おい、ヒロインっ」
夢から覚めたヒロインが、シンにすがりつく。
「波で、船が……、みんなが…、シンさんが……」
ヒロインの身体が震えだした。
「大丈夫だ、この俺が航海士をしている船だぞ。どんな波が来ても、船を沈ませたりなんかしない。大切なおまえが乗っているのに、俺だけ流されたりもしない」
 シンは、震えるヒロインを強く抱きしめた。
「…怖い……怖いよぉ…」
夢に怯えるヒロインに、優しくキスをする。
一回。二回。三回…。
「…大丈夫だから。そんなに怖がらなくていい」
四回。五回。六回…。
肩を撫で、背中を撫でる。
「シンさん、そばにいて……ずっと、いて…」
 震えるヒロインがシンの胸に顔をうずめて、請うように言った。
「…わかった」
シンが、俯くヒロインの耳や首筋に優しくキスをする。
 抱きしめたまま、再びソファへと押し倒して、鎖骨から胸へと唇を這わす。
「シンさん…」
一瞬も離れたくないと言わんばかりに、ヒロインの指先がシンの唇を追う。
 それまでずっと意図的に抑えていたシンの欲情が、ヒロインの声に、指先に、誘われて動き出す。
「まったく……。そんなエロい顔で誘うな。止まらなくなるぞ」
 シンの言葉に、はにかんでヒロインが微笑する。
「怖い夢なんか、全部、忘れさせてやるよ」
シンは、優しい愛撫をヒロインに施しながら、挿入した。
「…ぁん、ぁん、シンさん…嫌、離れちゃいや……」
いつになく、シンから離れまいとするヒロインは、とても積極的に足を開き、シンを抱え込む。
「大丈夫だ。お前は、安心して俺に溺れていればいい」
疲れ果てたヒロインが眠るまで、シンはヒロインを抱き続けた。
 ソファに座り、裸のまま毛布にくるまって眠るヒロインを傍らに支えながら、シンは海図を確認した。
「乗った潮が予想どおりなら、意外と早めに島に付きそうだな…」
 ヒロインの寝顔を見下ろす。
「あんな泣き方されるとはな……」
部屋に残してこなくて良かった、と心底思うシンだった。


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