色気と食気
甲板掃除をサボって、ナギの釣った魚を眺めていたヒロインは、やってきたシンに引きずられるように航海室へ連れ込まれた。
「シンさ…んっ」
航海室の扉が閉まると同時に、言葉もなく唇を塞がれる。
「んんっ…」
突然で、何が何だか判らずにシンを押しのけようとしたヒロインの腕が、強く掴まれた。
唇が塞がれたまま、腕の自由を奪ったシンが、閉めたばかりの扉にヒロインを押しつける。
さらに、ヒロインの太股を割るように、膝を押し込んできた。
いつもなら、キス一つでも、全てを奪って身体の力が抜けてしまうような甘さがあるのに、言葉を塞ぐだけのようなキスはヒロインに抵抗する気力を残している。
「んんんーっっ」
「っ………」
いつもとなにか違うと感じる強引な行為に思わず抵抗したヒロインは、結果的に、シンの首筋を爪で引っ掻いて突き飛ばす、ということになってしまった。
「…あ、すいませんっ」
ヒロイン自身も、その結果に驚いて、慌ててシンに手を伸ばす。いつもと違って、拒みたくなるようなキスだったのだ、とはさすがに言えない。
「俺に逆らうとは、いい度胸だな?」
鋭い眼差しに射られて、ヒロインは思わず息をのんで固まった。シンが怒っている。いや、苛立っている。でも、どこか傷ついている。さっきまでと異なり、今、それらの感情の矛先が全部自分に向けられた、と分かってしまった。
「まったく…ちゃんと教えないと、お前は判らないらしいな」
炎を背負っていそうなシンが近づいてきて、反射的にヒロインは後ろへあとずさる。なんか、いつもと違う怒らせ方をしたように思う。
が、すぐに扉に背中があたり、逃げ場を失った。
それでも、見下ろすシンから逃れるように、そろそろと扉に背を預けたまま、座り込む。距離をとったほうがいいような気がした。絶対に、いつもと違うことをシンは企んでいる、と思うから。
口元に酷薄な笑みを浮かべているシンが、自分の首にいつも巻いている白いスカーフをほどきながら、ヒロインを覗き込んだ。
「どうした? 逃げ場がないぞ?」
あいかわらず苛立っているけれど、怒っているけど、なんか違う。でも、さっき睨んできた時よりは少し落ち着いたみたいだった。さっきは出なかった言葉が、ヒロインの口から出る。謝罪の言葉が。
「…ごめんなさい………」
眼の前のシンが、謝られて、傷ついたようにも見えた。苛立ちはそのままに。
「…そういう問題じゃない」
ポツリと呟いたシンの言葉は、謝らなくていいと聞こえた。ヒロインの腕を捕らえたシンは、白いスカーフで両手首を括り、扉のノブに巻きつける。逃げるな、と。ここにいろ、と。
「シンさんっ?」
「また、引っ掻かれたら困るからな」
逃げられたくない、と。拒まれたくない、と聞こえた。屈みこんで、今度は指先でヒロインの顎をなぞり、仰向かせて再び口づける。
先程と異なって、少し甘さのあるキスに、いつものシンだ、と思う。でも、何かに苛立っていることもわかったから、抗うことをやめた。
その隙をつくように、シンがヒロインのズボンを脱がして離れる。
「っ!」
ヒロインを見下ろしたシンは、苛立ちを残した無表情で言った。
「あまり変な声や大きな声を出すと、ナギやドクターが様子を見に来るぞ。扉はそう簡単に開かないだろうが、お前は、さぞかし恥ずかしいだろうな?」
確かに、まだ明るい昼間だと言うのに、ズボンを脱がされて、両手首を括られて…シン以外の他の誰にも知られたくない、とヒロインは同意する。
腕を組んだシンが、ヒロインを見下ろして尋ねる。
「お前は、誰のものだ?」
「えーと。…シンさんの…ものです……」
少し柔らかくなった雰囲気に、ヒロインは自分が言葉を間違えなかったことを知った。シンが片膝をついて、ヒロインが曝している右腕の内側を強く吸って鬱結痣を作る。
「この腕は?」
「…シンさんのものです…」
シンが続いて、左腕の内側に強く吸いつく。
「こっちの腕はどうだ?」
「…シンさんのものです」
今更だ。シンは知らないが、ヒロインは自分の細胞一つ一つに至るまで全てシンを求めているのだとナギに豪語している。確認されるまでもなく、全部シンのものでいいのに。何を苛立っているのだろうと頭の片隅で疑問に思いつつ、素直にシンの問いに答えていく。
シンは、相変わらず笑みのない表情で、今度はヒロインの右足を掴んだ。
「この足は?」
「……シンさんの…」
右膝の内側を、シンが強く吸う。
「なら、こっちの足も、俺のものだな?」
「…はい」
ようやく、微笑を浮かべたシンが、左膝の内側も強く吸って、所有印をつけた。
「俺のものを、勝手に他の奴等に見せるんじゃない」
叱るような口調に、ヒロインが頷いた。
「よし。後は、さっき俺を拒んだお仕置きだけだな」
ふっ、と、シンがひどく意地悪な笑みを浮かべる。
「え?」
これが、先程拒んだ仕返しだとばかり思っていたヒロインは、見上げたシンから、先程までの怒りが消えていることに一応は、安堵した。
「ぁん……ん………」
「こんなので反応するなんて、お前、かなりの淫乱だな?」
相変わらず、両手首は扉のノブに括られているヒロインは、嬲るようなシンの言葉に、唇を噛んだ。
シンは、腕を組んでヒロインを見下ろしている。
唯一、シンの靴先が、ヒロインの下着に触れているだけだ。
膝をたてたヒロインの足の間に立ったシンは、片足の靴先で、下着をつつくように蹴っている。いや、本当に蹴られていたら痛いはずだから、たぶん靴先で愛撫されている。
それだけなのに、敏感な場所に与えられる刺激に、ヒロインは驚きつつ、湧き上がる声を抑えた。
「なんだ? 下着が濡れてきていないか? こんなので濡らしているのか?」
たしかに、シンの靴という「こんなの」でも、ヒロインの身体が喜んでしまっている。靴なんかでもいいのか、と言われた気がして、恥ずかしくて涙が滲む。
「シンさん、ごめんなさい……」
縛られるのも、靴なんかで刺激されるのも、嫌なはず。シンに直接触れられたほうが絶対いい。なのに、どういうわけか勝手に反応する身体。
「嫌です……。こんなの…」
「嫌じゃなかったら、お仕置きにならないだろう?」
「…でも……」
靴よりシンがいい。本格的に溢れだした涙に、シンの方が表情を変えた。
黙って手首をほどき、そっと抱きしめる。
「シンさん?」
「……悪かった。虐め過ぎたな…。お前相手だと、つい加減を忘れる…」
ヒロインの髪を梳くように撫でて、シンはしばらく、恋人の身体を腕の中に抱え込む。ようやく、どこか苛立っていたシンを抱きしめ返すことができて、ヒロインも安堵する。
「…お前、大きな声で、変なこと言うなよ?」
「変なことですか?」
優しい口調の言葉に、ヒロインはまだ涙の残る瞳でシンを見上げた。
「大きい、太くて長い、ナギさんすごい、のあとに、ぬるぬるしているとか聞こえてきたら、何事かと思うだろうが」
「? でも、ナギさんの釣った魚、本当に太くて長くて大きい、ウロコとかなくてぬるぬるしている感じの魚だったんですよ? 蒲焼、楽しみですね。あれ、絶対においしいですっ」
「…お前が、色気より食い気なのは、よくわかった」
「だって蒲焼ですよ?」
ヒロインの返答に、シンはひたすら苦笑した。
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