甘味だったら



「すいません、ドクター。棘を抜いていただきたいのですが…」
「棘?」
 医務室にやってきたシンは、不機嫌そうに左手を広げた。
「…シン、何を掴んだの?」
 確かに、掌の何ヶ所かに木片のような棘が刺さっている。
 それ以上に、血の滲む細かい傷が何本も掌に残っていた。
「捨てようとしていた『壊れた木片』を思いの外、強く握りしめてしまったようで…」
 そっぽを向いて語るあたり、9割真実なのだろう。
「棘抜きついでに、消毒しておくね…」
 何故、ソレを握り潰したのかは、決して言わないだろうな、とソウシは思う。
「…そういえば、昨日、ロイがヒロインちゃんにプレゼントするとか言ってた髪止め、精巧な薔薇の木工細工だったね。手作りだったらしいけど、ロイって器用だねぇ」
 すっかり事情がバレていそうなソウシの言葉に、シンはため息をついた。
「俺の許可無くあいつに渡すなんて、許せませんね」
「プレゼントくらい、ダメかい?」
「あいつにプレゼントしていいのは、俺だけです」
 耐え切れず、ソウシは笑い出す。
「あははは。…ねえ、シン。男の嫉妬心は、女より醜くて性質が悪いと思わないかい?」
 その声は明らかに、いつもとは色の違う、暗い険を含んでいる。
「ドクター? それは、『誰の』嫉妬心ですか?」
 答えたシンの視線は、チリチリと焼けるようにソウシを見返した。
「さあ…?」
 ソウシは立ち上がって、棚から小さな瓶を取る。
 蓋をあけ、黄金色の液体を少量、薬指ですくい取ると、シンに差し出す。
「特別の薬だよ。舐めてみるかい?」
「いえ、結構です」
「なんだ。シンが教えたわけじゃないんだ。ヒロインちゃんなら、疑いもせずに咥えてくれるのにね」
 無言で立ち上がって出ていこうとするシンに、ソウシは小瓶を渡した。
「シンも試してみたら? ヒロインちゃんにプレゼントすると怒られるから、これはシンへのプレゼントだよ」
 有無を言わせないソウシが、自分の薬指に残った液体を、シンの前で自ら舐めて見せた。
「ほら。人体に悪影響はないからね」
 意地悪く嗤う。
「…その薬は、君がちゃんと持っているんだよ」
 黙って医務室を出て行ったシンを見送り、ソウシは呟いた。
「…ごめんね、ヒロインちゃん。でも、何がいけないのかちゃんとシンに教えてもらってね」



 医務室を去ったシンは、自分の部屋の前でふと立ち止まった。
自分以外にも、同じ気持ちを持っている仲間がいることなんて、ずっと前から知っている。
その仲間が、どんな思いを抱えているかも、うすうす、判っている。
それでも、普段は決して聞かない、あからさまな言葉を投げつけられると気分は複雑だ。
 …ソウシに渡された小瓶を見下ろした。
 小瓶のラベルは「honey」。
 何かの警告だろうが、意味深すぎて受け取らざるをえない。
「あ、シンさん。こんなところでどうしたんですか? 私、これからお風呂へ行ってきますね」
ちょうど部屋から出てきたヒロインを、何気なく引き留める。
「おい」
「はい。?」
 先程のソウシの行動が、シンの脳裏をよぎった。
小瓶の中身を、ソウシがしたように薬指ですくい取り、舐めるか?と。真似てみる。
「え? 味見ですか? シンさん、ソウシ先生みたーい」
 疑いもせずに、笑顔でシンの薬指をぱくり、と咥えて舌で舐めるヒロインに、シンが内心で、激昂した。
「ちょっと来いっ!」
「え? あの、私、これからお風呂へ…」
「いいから、部屋へ戻れっ」
今、指を舐める時にヒロインはなんと言ったか。
わかりたくもなかった事が、わかってしまう。
勢いよく部屋へ引きずり戻されたヒロインが、そのままの勢いで床に座り込んだ。
「シンさん?」
「なぜ、お前が、ドクターの指を舐めるんだ」
「え? だって、味見だし…」
悪びれる様子のないヒロインに、シンが苛立つ。
「ほう? 味見なら、なんでも舐めるのか」
ソウシの指だけでなく、ナギの指も舐めていそうだな、とシンの苛立ちが内心で呟く。
「シンさん?」
 ヒロインは、とりあえず、何かに対してシンが激しく怒っていることは理解したが、思い当たるものがなかった。
「シンさん…私、何かいけないことしました?」
「…どうせ、言っても馬鹿なヒロインに判るわけがないな」
 吐き捨てるような冷たい言葉は、シンがとてつもなくなく怒っていることを告げている。
「はい。すいません」
とりあえず、神妙になるヒロイン。
こうなったシンには、何を言われても逆らってはいけない、ということぐらいは、学んでいる。
「身体に教えてやる」
「……はい」
 てっきり、ヒロインは服を脱げとか言われるのだろうと予想したのだが。
「…舐めろ」
「え?」
 目の前に、シンの小指が突き付けられた。
「あ…はい」
 わけもわからず、シンの小指を口に含む。
「もっとちゃんと、舐めてみろ」
 シンの薬指が、唇をしきりになぞりながら加わり、中指、人差し指、とヒロインの唇を刺激する。
 キスとは違う、唇への刺激。
 舌に絡むシンの指先。
「んっ…」
 シンの指に弄ばれてしまって、飲み込みきれない唾液が、シンの指先をつたって床へ糸を引く。
 口と指だけなのに、呼吸が乱れて熱をはらんでゆくことにヒロインが驚く。
 シンがニヤリと笑って、ヒロインの手を取った。
「お前の指も味見させてみろ」
 シンが、煽情的にヒロインの指先を舐めてみせる。
 自分が激しく求められている様な、背筋がぞくぞくする感覚に、またもやヒロインは驚いた。
「ふん。ただの味見なのに、何、エロい顔してる?」
「だって…」
恥ずかしげに俯くヒロインを見下ろし、シンは不敵に嗤った。
「味見なら、なんでも舐めるんだよな、お前は」
 呆れたようにそう言って、シンは座り込んだままのヒロインの前に立ち、熱を持ちはじめた前を寛げる。
 それは、まだヒロインには、やらせたことのない行為だった。
「指の代わりだ…持ってろ」
 耳まで真っ赤になったヒロインは、恐る恐る、眼の前のシンの分身を手に取った。
 ヒロインの手にある己の分身へ、シンは小瓶からhoneyを垂らしかける。
「全部きれいに舐めろ」
 言われるままに、ヒロインは舌で黄金の液体を舐めとり始める。
 とろりと流れる甘い蜂蜜を追って下方から舌を這わせ先端を咥えこみ。
1度では舐めとれない蜂蜜を何度も何度も…。
 一生懸命、舐めていたヒロインは、だんだん硬さを増すシンの分身に、ふとシンを見上げた。
 眉根を寄せて切なげなシンの表情に、思わず動きを止める。
「……なるほど、上手いな。いろんな指で舐める練習でもしたのか…この淫乱っ…」
「違っ…シンさんのが初めてで……」
シンの言葉に、とっさに立ち上がって必死に反論しかけたヒロイン。その顎を上に向かせ、シンは抱きしめて深いキスをした。
「……甘いな…」
キスの味について小さく呟くと、ヒロインの肩を押して再度座らせる。
「他の男の指を舐めたのは、俺にこうするための練習だな?」
有無を言わせない視線に、頷くしかないヒロイン。
そんなつもりではなかったけれど、シンにとってはそういうことなのだと、教え込まれている気がする。
「今度は蜂蜜ナシで、舐めろ。ちゃんとできたら、他の男の指を舐めたことは許してやる」
 ヒロインが頬を真っ赤に染めて頷き、硬さの増したシンの分身を再び口に含んだ。
「っく…」
 拙く舐める動きに、シンが吐息を洩らして、ヒロインを導く。
どれほど舐め続けていたか定かでないが、最終的に喉へ突然流れてきた液体に、ヒロインは咳き込んだ。
「…よくがんばったな」
 シンが苦笑して、優しくヒロインの頭をなで、咳き込む背中を撫でた。
「……///」
 咳が収まったヒロインは、先程までの行為がいたたまれずに黙って、頷く。
「じゃあ、ご褒美だ。随分と濡れてるようだな? ご褒美だからな。お前のキモチイイことだけしてやる」
これでもう二度と、他の男の指を舐めたりできないだろうと片隅で思いながら、シンはそのままヒロインを床へ押し倒した。


食堂で。
「ナギ兄、腹減った。夜食ちょーだい」
ナギが明日の朝食の仕込みを終えたところへ、ハヤテが現われた。
「明日まで我慢してろ」
「えーっ」
「まあ、ナギ。そう言わずに、何か食べさせてあげたら? ハヤテの場合、性欲は食欲とすり替え可能なんだよね」
 続いて、ソウシまで現れる。
「…ドクターも、夜食か?」
「うーん。お酒とおつまみ程度かな」
 ナギも一緒に飲んだ方がいいと思うよ、と言って、ソウシはハヤテの向いに座った。
「恋愛沙汰持ち込むなって言ったの、シンなのにさー」
 不服そうなハヤテ。
「ごめんね。実は、夕食の後、医務室でちょっとシンを焚きつけちゃったんだよね。あはははっ」
 首の後ろへ手をまわして笑うソウシ。
…ああ、こいつらは、ヒロインの声から逃げてきたのか、とナギは納得する。
「えー。今夜、トワんとこ行って寝ようかなー」
「そうだね。ハヤテはそれがいいと思うよ」
 ハヤテの部屋は、シンの部屋と壁一枚しか隔たりがない。
「ほら。夜食の焼きおにぎりだ。これ持って、さっさとトワの部屋行って寝ろ。明日の朝イチで、見張り台当番じゃなかったか?」
「あぁっ、そうだった。サンキュー、ナギ兄」
 ナギに指摘されて当番を思い出したハヤテは、渡された焼きおにぎりにかじりつきながら、倉庫へ下りて行った。
「ナギは、優しいなぁ」
 笑顔のソウシなのに、目が笑っていない。そのことに、本人は気づいているのかどうか。
 やがてハヤテが居なくなると、ソウシはため息をついた。
「…ドクターらしくもない」
 ナギは、酒の入ったグラスをソウシの前に置く。
「あ。これ、ヤマトのお酒だね。ナギには、悪いことしちゃったかもしれないね」
「……」
「毎日あんなことされて、ナギはすごいね」
 今日見られた、味見の件だな、と理解する。
…ってことは、ドクター経由でシンに伝わったか、と察しがついた。
「…オレは、ドクターと違って、ちゃんとヒロインに言いましたから。シンなんかやめてオレにするように」
 ソウシが、驚いてナギを見る。
「そしたらあいつ、細胞の一つ一つまでシンが好きだって、答えました」
 それで、自分は勝てないと実感したのだ。
 だからといって、すぐ諦められるような軽い想いでもないことは、身にしみている。
「…オレ、あいつにとっては、家族ってことらしいですよ。さしずめ、兄貴あたりですね」
 つまり、兄の立場で親しく接するのなら、ヒロインから厭われることはありえない。
今は、それでいいと、どこかで納得している。
「……ナギは、本当にすごいね。 私は、シンにきちんと捕まえておいてもらわないと…困るんだよね。どうしようもなく、欲しくなってしまうからね。シンには、本当に頑張ってもらわないとね」
  ソウシの言葉を聞いたナギが、くっ、と笑う。
「…シンも大変だな」と小さく呟いた。

翌日。
調理場でナギは、シンの教育指導が功を奏して 「味見」という言葉や、 「指」に過剰反応して耳まで真っ赤になるヒロインを見たのだった。


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