悪戯と愛戯



「まったくお前は、朝から俺をじろじろ見て誘いやがって」 
 宿に着いて部屋に入るなり、いきなりベッド際まで追い詰められて、ヒロインは大いに慌てた。
「あ、あの、シンさん…。宿についたばかりで…確か、荷物置いたら、酒場に来いって船長が…」
「それがどうした?」
 そう。港について、宿の部屋に、とりあえず荷物を置きに来ただけなのだ。
 今後の予定について、話があるから、酒場に集まるように言われている。
「荷物も置いたことですし、酒場へ行かないと…」
「少しくらい遅れても大丈夫だ」
 ますます、ヒロインが慌てだす。
「ぜ…ぜんぜん、少しって雰囲気じゃないですってばっ…」
 焦って落ち着きのないヒロインを、シンは更にベッドの上へ追い詰める。
「お前、今日、何度俺に見惚れた?」
「え?」
「見惚れてただろ?」
 ベッドに倒されて、両腕の間に閉じ込められて、見降ろされ、えっと…とヒロインが考え込む。
「確かに、何度かシンさん綺麗で、見惚れちゃいましたけど…覚えてません」
 色気のかけらもない真面目な答えに、シンがククっと喉の奥で笑う。
「もう少し、色っぽい、気の利いた答えはないのか?」
「色っぽい、気の利いた答え、ですか?」
 きょとんとした表情でシンを見上げるヒロイン。
 扉がノックされ、ソウシの声がした。
「シン、ヒロインちゃん? みんな待っているよ?」
 舌打ちして、シンがヒロインから離れる。
「今、行きます」
 何事も無かった表情で、シンが扉を開け、まだベッドにいるヒロインを振り返る。
「おい、ヒロイン。いつまでそんなところにいる、早くしろ。それとも、襲って欲しいのか?」
「い、いえ。すいませんっ」
 慌ててベッドを下りて部屋を出てくるヒロインと、意外と上機嫌なシンを見て、呼びにきたソウシが苦笑した。


「今日は随分と機嫌がいいみたいだね、シン」
 打ち合わせを終えて、夕食を兼ねた酒盛りが始まる。
 しばらくすると、ソウシがシンの隣に座って話しかけてきた。
「船長を監視してなくていいんですか? ドクター」
 応えるシンは、普段と同じ、愛想のかけらもない。
「別に、監視しているつもりはないんだけどね…」
 ソウシが苦笑する。
「シンのご機嫌は、ヒロインちゃんが言ってたことと関係あるのかな?」
「あいつが何か言ってましたか?」
「まぁ…ね。でも、悔しいから、教えてあげないよ」
 ソウシが悔しがるということは、シンに対する褒め言葉やのろけの類なのだろう。わざわざ教えられなくても構わないが…そんなことを言ってくるソウシに穏やかではないものをヒシヒシと感じる。
「それで、要件は何ですか?」
 にっこりとしているソウシは、シンを見て、クスッと笑った。悪戯を面白がる子供のように。
「あんまり悔しいから、ヒロインちゃんに美味しいよって、カルーアミルク渡しちゃった」
「………」
 グラスを口に運ぶ手を止めたシンが、ソウシを見る。
 カルーアミルク。リキュールを牛乳で割るため、口当たりがよく、大変飲みやすいロングカクテルだが、実はアルコール度数がかなり高い。グラスの1/4はリキュールの原液が占めているのだ。
「ヒロインちゃん、美味しいって、最初の一杯目、すぐ飲んじゃってね。あれ、3杯目だから。一応、シンに伝えておこうと思ってね」
 シンが、ヒロインを見る。手にしたグラスの白い液体は、半分以上無くなっている。
 まだ酒盛りが始まって頼んだ料理もそろっていないのに、いつの間にか、肌を上気させているヒロイン。
「困ったねぇ……」
 わざとらしく言うソウシを黙って睨みつけ、シンが立ち上がった。
「おい、部屋に戻るぞ」
 シンがヒロインの腕を引く。
「ええ? シンさん。まだ、私の頼んだ料理、きてませぇんっ」
 明らかにアルコールの影響を受けていると判る声に、ナギがピクリと目の下を痙攣させてシンとヒロインを見た。
「いいから、ほら。大人しく、来い」
 無表情のシンが、ヒロインを立たせる。
「えー。私、お腹すきましたぁ…」
「俺もまだ食べてない。後で食わせてやるから、ちょっと来い」
「うぅー。はい、ちょっとですよ?」
 立ちあがったヒロインがふらつく。
「ありぇ?」
「ったく。俺の許可もなく、すきっ腹に、強いカクテルなんか飲むからだ」
 シンが、足元のおぼつかないヒロインを横抱きに抱えあげた。
「なんだ? もうヒロインは酔ったのか?」
 リュウガが、驚いたようにシンと、抱えられたヒロインを見る。
「…先に失礼します」
 リュウガに挨拶して、シンはヒロインを部屋に連れて行った。


「こらっ、酔っ払いっ」
 ベッドに放り投げるように置かれたヒロインが、シンを見上げた。
「シンさん…今日のシンさん、綺麗でしたぁ…」
 笑顔で言われて、シンが諦めたようなため息をつく。
「お前な……」
「舵とっているシンさん、綺麗で、かっこよくて、息が止まるかと思ったぁ…」
 光景を思い出してうっとりしているような表情のヒロインを見下ろして、シンは動きを止める。
「…………おまえ、ラッシングしてやろうか?」
「らっしんぐ? それ、おいしいですか?」
 空腹のせいか、ヒロインは言われた言葉が食べ物に変換されるらしい。
「そうだな…おいしいというより、おしおきの類いだな」
「お塩????」
 食べ物だというフィルターを通していることは承知で、シンが続ける。
「俺は好きだが、お前は嫌いかもしれないな…」
「シンさんの好きなものなら、好きですぅ。えへへへっ」
 ニヤリ、とシンが嗤った。
「そうか。なら、ラッシングお願いします、と俺に頼んでみろ」
「はーい。シンさん、らっしんぐ、くださーい」
 シンの笑みが深くなる。
「いいだろう。準備してきてやるから、大人しく待っていろ」
「はーい」
 返事をしながら、寝転がっているヒロインは、ウトウトと意識を揺らしていった。

 ふと気づいたヒロインは、辺りを見渡す。
「あれ?」
 宿のベッドだということは、解った。が、身体が動かない。
「やっと起きたか」
 隣でシンの声がした。
「シンさん…あの…なんか、身体が動かないんですけど…」
「そうだろうな」
 ククク、とシンが意地悪な笑みを浮かべる。
「なんで…」
「そりゃ、酔っ払ったお前にお願いされて、ラッシングしてやったからな」
「ラッシング?」
 シンがヒロインの腕をツツっと指先で撫でた。
「積み荷を痛めないように、固縛することをラッシングと言う。痛くないだろ?」
「痛くないけど…動けないです…」
「…おしおきだからな」
「へ?」
 横にいたシンが、のそり、とヒロインの正面へ移動する。
「おまえ、俺の許可もなく、勝手に強い酒を飲んだだろう?」
「えーと…。もしかして、ソウシ先生にもらったあの甘いミルクですか? 飲みやすかったし、少しはお酒が入っていそうでしたけど…そんなに強いとは感じませんでしたよ?」
「ほう? じゃあなんで、お前はこんなことになっている?」
「え、だって、それはシンさんが……たぶん……その……………」
 シンが、底光りするような眼で、ヒロインを見つめる。
「………ごめんなさい…」
 消え入りそうな声で、ヒロインが謝った。
 黙ったまま、シンの指先が、ヒロインの服のボタンを外し始める。
「あ、あのっ」
「酔っ払って、散々俺を煽って誘ったくせに、覚えてないだろ?」
 なんとなく、まだ料理がきていないのに部屋に帰るようシンに言われたことは覚えているヒロインだったが、その先は確かに思い出せなかった。
「………すいません…っ」
 シンの指先が、肌を直接撫で、ヒロインがピクンと反応する。その反応を愉しむように、指先がヒロインの身体を弄び始めた。
「っ……あ……ふあっ……やんっ」
 幾本ものロープで、ベッドに縫い留めるように固定されているヒロインの身体は、身じろぎすら許されない。ただ、ただ、与えられる刺激を享受することしかできない状態に、ヒロインの吐息が熱を帯び、切なさを増していく。
「あんっ……やぁん……」
 十分に吐息が熱く甘くなったところで、シンが手を止めてヒロインから離れた。
「え? シンさん?」
「もう、真夜中だから、やめて寝ようかと思ってな」
「そ、そんなっ」
 嘲笑っているようなシンの言葉に、身動き一つできない状態のヒロインは、戸惑いを露わにした。
「どうせ、その状態じゃ最後までできないからな」
 さんざん弄ばれて火をつけられた身体は、変に疼いている。
 しかも、身動き一つできないために、ヒロインはあられもない格好を晒すままになっている。
「せ、せめて、ほどいてください」
「…ダメだ」
 意地悪く答えるシン。
「だって、こんな格好で…」
「エロい眺めだな。おしおきにはちょうどいい。朝までそのままでいろ」
「嫌です…。お願い、ほどいて…」
 ヒロインの目に、涙が滲んだ。シンの意地悪な表情が揺れる。
 1度滲みだすと、堰を切ったように次々に涙があふれ出す。
 シンが大きく息をつくのが聞こえた。
「…………苛め過ぎたか…。ほどいてやるから、泣くな」
 どういう縛られ方をしていたのか、シンの言葉が終わるとすぐに、ヒロインの身体に自由が戻った。
 シンが、慰めるようなキスを瞼に、頬に、唇に、落とす。
「…とりあえず、泣き止め。」
優しい刺激が、疼きの残る身体を撫で、誘う。
「っふん……んっ…」
「俺から見たら、そうやって目を潤ませてるお前の方が、よっぽど綺麗だがな…」
 頭を撫でながら、シンが深く唇を吸った。
 ヒロインの奥に灯された火が、シンによって引きずり出され、激しく燃やされていく。
「んあ……、シンさん……」
「なんだ? さっきまで泣いてたくせに、そんなに俺が欲しくなったのか?」
 優しく触れていたはずのシンが、ヒロインの変化を見て再び意地悪な笑みを浮かべはじめる。
「……シンさんの、意地悪…」
「お前が、俺を誘うような反応するから、苛めたくなるんだろうが」
 冗談とも本音ともつかない受け答えをして、シンがヒロインの内側を指で探る。
 粘液がかき回される音に、ヒロインの肌はより熱く、より朱く染まっていく。
 穿たれて、倒錯していく意識の中で、ヒロインはシンに再び見惚れていった。


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