背中の向こう



 下手な誤解をするくらいなら、近くに居て会話の全てを聞いていればいい、と思った。
 それでも、背後の静かな気配は、放っておけない、と思っていたところに、タイミングよくナギがやってきた。
 酒場でヒロインを一人にしておけないのは、俺だけじゃない。
 最初、やってきたナギの気配からは怒りが感じられた。『よりによって、ここに座らせるのか?』と。
「お前はどっちがいいんだ?」
「え?」
「聞こえる方が安心できるか? 聞こえない方がいいか?」
「そうですね、聞こえないと、いろいろ勝手に想像しちゃうから、聞こえた方がまだマシです」
 ちゃんとヒロインが俺の意図を理解しているのが確認できて、知らずに、余計な笑みが浮かぶ。俺の横で勘違いした女が、身を寄せてきた。
「強くなったもんだな」
 絶対、今、ナギは、男の目をしてヒロインの頭を撫でてるはずだ。
 ヒロインは、ナギのそんな男の部分には気付かないだろうが。
「飲んでみるか? これで、あのジョッキ8杯分と同じ値段だったぞ」
「そ、そんなに高いんですか、コレ…あ、あの、じゃあ、ちょっとだけ味見を……おいしい……」
 ナギの野郎、もしかして、俺達より高い酒を一人で飲んでるんじゃないのか?
「こら、全部飲むな」
「全部って…こんなに強いお酒、そんなに飲めませんよ。でも、すごくおいしくて、飲みやすいですね」
 勝手に人の女に酒を飲ませるんじゃない、と内心思えば、ナギの気配が『うるせーな』と答えた気がした。 
「おま…これ飲んでたのか?」
「はい。何か?」
「…ちょっと待ってろ」
 ナギがカウンターに行く。
 そういえば、船長の後から追加のように、こっそりと自分の飲み物を注文していたヒロイン。今日は、あいつが何を飲んでいるかまだ把握できていない。
「ほら、こっち飲んでみろ」
「うわあ。すごくおいしいです」
 ヒロインの弾んだ声。
 ナギは、いったい、何をヒロインに飲ませてる? 振り返って確認できないのがもどかしい。
 けれど、先程までとはうってかわって、ヒロインが喜んでいるのは解った。
「ジュース、おまえが注文したのか?」
「あ、はい。甘いのが飲みたいなって思って…でも、なんか甘過ぎでした」
「カダボの果実のジュースだな。この辺りじゃ、砂糖やシロップ代わりに使われることも多い実だ。たぶん…船長達と一緒に注文したから、酒で割るつもりだと思われたんだろ」
「あ、そうだったんですか…どおりで、甘いけど飲みにくいと思った…」
「アホ。そういう時は、飲めそうな別のを追加で注文しろ。今、絶対、こいつもそう思ってるぞ」
 その通りだ。
 いいかげん、化粧臭い奴らの相手も嫌になる。
 少なくとも今、俺のまわりに群がってきた奴らの中には、今回必要な情報を持っている女は居ない。
 俺が女たちを追い払い始めると、ナギはヒロインを連れて先に出ていく。
 酒場を出てすぐに、俺はナギの隣に立つヒロインの腕を引いた。
「あれ? シンさんっ…でも、あの女の人達は?」
「お前は…いったい何を聞いていたんだ?」
 苦笑するナギと、一瞬、視線が交差した。


宿の部屋に入ってすぐ、ヒロインを壁際に追い詰める。
「あ、あの……」
 途端に、焦り出すヒロイン。
 下手に媚を売ってくる女より、よっぽどこの方がそそられる。
「お前、カダボのジュースそのまま飲んでたのか?」
「へ?」
 見上げた唇を塞いで、誘いのキスをすれば、ヒロインは呆気なく反応する。
「お前の舌、甘いな。…ナギに何飲ませてもらった?」
「何って…」
「喜んで飲んでただろ?」
「私の飲みかけだったジュースを、ナギさんの持ってたお酒と混ぜて、お水で割った…」
「ほう?」
 ヒロインの飲みかけとナギの飲みかけを、混ぜたのか。
 気にするようなことではないが、責めるネタとしては最高だ。
「つまり、お前は、ナギと間接キスして喜んでいたのか?」 
「は? ちがいます」
「お互いの飲みかけを混ぜたんだろ?」
「そ、そんなことは…」
 ようやく、俺の指摘した状況を理解するヒロイン。
「で、で、でも、ナギさんは別にそういう考えだったんじゃないと…。その、私もぜんぜん気がつきませんでしたし…」
 当たり前だ。
 そもそも、意図的だったら、もっと不穏な気配を感じたはずだ。
 その瞬間は、ナギ自身も無意識だったに違いない。
 ただ、後で気づいたのかもしれないが。
 おそらく、2杯目を作る頃に。あのあたりから、ナギの気配がおかしかった。
「まあ、もしもお前が気づいていて、喜んで飲んでたら、こんなものじゃ済まさないがな」
 もう一度キスして、ヒロインの中に残る甘さを味わう。
 ヒロインが、キスに反応して肌の熱を上げていく。
「どうした? 熱くなってきたぞ」
 立たせたヒロインの両足に膝を割り込んで、服の上から膝で内股を擦る。
 上着の隙間から手を差し込んで、背中を撫で、下着の留め具を外した。
「酒場でずっと俺のそばにいたご褒美をやる…」
 時折、俺が酒場の女たちに向けた言葉で、ヒロインが密かに傷ついていたことなんて、判っている。背中合わせで座っていたのだから。
 ヒロインの身体に、確実に熱を灯すキスをして、抱き上げる。
 傷ついたことなんか、思い出せなくなるほどに、乱してやりたい。
 ナギの優しさなんか忘れるほど、優しく抱いてやる。
 お前だけに許した、俺の姿を曝して。
 ヒロインをベッドに置いて、上着を脱ぐ。
 眼帯を外して、髪止めもほどくと、俺は頬を染めるヒロインを自分の腕の間に閉じ込めた。


Triangle againへ戻る