二人の事情



「どこでナギに会った?」
「お店を出てすぐです」
 シンがヒロインの髪をくるくると指に巻きつけた。
「相変わらず、タイミングのいい男だな、ナギは…」
 旧知の役人たちと歩き去る時、シンが一番危惧していたのは、店から出てきたヒロインのこと。
「シンさん、私が狙われていたんですか?」
「いや…俺に言うことをきかせるために、お前を人質にしようとしていたってとこだな」
「………すいません」
「なぜ謝る?」
「あ、いえ。なんとなく…」
「バカ。お前があやまる理由はないだろ。それとも、ナギと何かあったか?」
「ナギさんとですか?」
きょとん、としている顔を見れば、何もなかったことが伺える。
「あいつらに…捕まらなくて良かったよ」
「はい。ナギさんに言われて、がんばって船まで戻りましたから」
 シンが、ヒロインの肩に顔をうずめた。
「シンさん?」
「ちょっと肩貸せ」
「? はい…」
 昼間、5人組に対して自分が行った名残が、まだシンの身体の中で熾火になっていた。
 このところ平和な日々が続いていたので、むせるほどの血の匂いや硝煙の匂いは久しぶりに嗅いだような気がする。
 自分の中にある、凶暴で加虐的な気分が、足りない、と不満を訴えている。
 もしも、ヒロインが捕まってあの場に来ていたら、自分は奴らをどうしただろうか。
 あれほど徹底的にいためつけることは、できなかったような気がする。ヒロインの目の前では。
「やっぱり、殺しておけばよかったか…」
 ああいう輩は、大抵、懲りない。下手に逆恨みをしてくる馬鹿だ。再び、自分やヒロインに何かをしてくる可能性は大いにある。
 物騒なことをつぶやいたシンを、ヒロインが見る。
「…シンさんは、純粋なんだそうです」
「なに?」
「ソウシ先生が言ってました。シンさんは、良くも悪くも純粋だって」
「俺のどこが?」
「わかりません…でも、何か判るような気もします…」
「………」
 シンがヒロインの目を見つめて、ふっと意地悪な笑みを浮かべる。
「誘ってるだろ?」
「…えと……」
 ヒロインの視線が、うろたえて泳ぎだす。
「口でちゃんと言えよ、今、俺に抱いて欲しいって」
「……でも、なんかシンさん嫌そうなので…」
 紅くなって俯いたヒロインの耳裏から首筋を、シンの指がくすぐる様に動いた。
「嫌じゃない。お前をものすごく苛めたくて困ってる」
「もう、いじめられていると思うんですけど…」
「ばーか。俺は、泣くまで苛めてやりたい」
「ええっ」
「逃げるなら、今のうちだぞ?」
ヒロインの耳元で、シンが囁いた。
「始まったら、泣きだすまで止まらないぞ」
シンの指はヒロインの服をつかんで、ボタンをはずし始める。
「ほら、逃げなくていいのか?」
逃げたくても、もうとっくにヒロインはシンの声と視線に囚われてしまっている。
「いいんだな?」
魅入られてしまったヒロインは、逃げられない。
「エロい女だな…」
シンの容赦ないキスが、ヒロインを襲った。
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夕食の片付けと朝食の仕込みを終えたナギは、部屋へ戻るために船室の廊下を歩いていた。
不意に、ヒロインの甘く切ない嬌声が耳を襲う。
おもわず、ギクリと身体が反応して立ち止まった。
シンの部屋の扉の隙間から、漏れてくる声は、かなり乱されて熱い。
囁いているシンの言葉はほとんど聴きとれないのに、ヒロインの声はやけにはっきりとナギの耳に入ってくる。
「あ…ぅん…ぃや……いえ、ません」
ベッドの軋む音がして、嬌声が高く上がる。
「はぅぅっ……イジ、ワルぅ……」
無意識に、ナギがごくりと唾を飲み込んだ。
見えないけれど、シンが焦らして責め立てて、ヒロインに何かを言わせようとしているのが判ってしまう。
昼間、つないだ手のぬくもりが思い起こされた。
自分の腕の中に、簡単に抱きかかえた、あの温かさも。
麻薬のように耳に入り込んでくる声のせいで、勝手にナギの身体の芯が、煽られて熱を帯びる。
「やぁ…やぁん……」
シンが何か囁いている。
「お…おね、がい…しま…す。……中…に、そ…いっ……」
ヒロインが言わされている言葉が、ナギの耳にもはっきりと届く。
「奥に…もっと、くだ、さい……はっ……あぁ、あっ、あっ、あぅっ、あっ…」
喘ぐ声の速度が増し、ヒロインが激しく突き上げられている様が伝わってくる。
声が聞こえる扉を蹴破って奪いたくなる雄の衝動を握りつぶして、ナギは重い足を動かした。
自分の部屋に入り、長い溜息をつく。
いつもなら、それで収まる。
けれど、つないだ手の影響か、抱きとめた腕の影響か、はたまた聞いてしまった愛しい声の懇願の力か、勝手に上がり続ける身体の熱。
ナギは苛立たしそうにタオルを掴むと、唇を噛んでシャワー室へ駆けこんだ。
頭から水を浴びて火照る身体を無理やり冷やす。
「クソッ……」
滝のように勢いよく流される水の中で、ナギは拳を握りしめた。

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