裏切りの傷



シンの動きが何かおかしい、とヒロインが気付いたのは、夜になってからだった。
「シンさん、もしかして怪我しています?」
 遠慮がちなヒロインの声を、シンは最初無視した。
「もう、寝るぞ」
「……先に寝て下さい。私…なんだか眠り過ぎたみたいで…」
「ああ、丸一日寝ていたからな…眠くないのか」
 ヒロインは、せっかくなので、以前、シンに勧められた本を読んでみようと思っていた。
 本を取り出し……寝ると言ってベッドに座ったまま、寝る気配のないシンを見る。
「シンさん、先に寝てていいですよ?」
「………。まったく…」
 シンが腹立たしげに大きなため息をついて、ベッドに横になった。
 その姿勢や動きに、ヒロインはひどく違和感を感じる。
「…シンさん…珍しいですね」
「何が?」
 答えるシンの声は、少し棘がある。
 でも、その棘はヒロインに対するものではないことが、なんとなく判った。
「さっき、いつものシンさんなら、…キス…しそうな感じだったのに……」
「して欲しかったのか?」
 寝転がったまま、意地悪な笑みを浮かべた視線が、ヒロインを見返した。
「あ、いえ……その…」
「して欲しくないのか?」
「えっと…そういうことじゃなくて……」
 ヒロインの中に、先程感じとった違和感が、もやもやとしたまま、留まっている。
「いいから、その本読んでろ」
 また、ヒロインが、あれ? と違和感を感じながら、手にした本を眺めた。
 いつものシンなら、この程度で引き下がらず、あれこれと言葉でヒロインを困らせてくる。
 ふと顔を上げれば自分を見つめているシンと目が合った。
「それ、読むんだろ?」
「…はい。そのつもりなんですが…」
 ヒロインを見ているシンの瞳は、やたら熱いものを感じるのに、距離を置いて一切触れようとしてこない。
 何かおかしい、とヒロインは思いながら、とりあえず本を開く。
 いつもは意識しないのであまり気付くことのないヒロインに向けられている視線が、やたらと気になって仕方がない。
 もう一度顔をあげると、やっぱり、熱く見つめているシンの瞳とぶつかって、ヒロインはドキドキした。
「あ、あの……。シンさん?」
「なんだ?」
「……もしかして、体調悪くありません?」
 くっ…と笑いかけたシンが、不自然に笑いを収めた。
 あれ? 
 シンに感じた疑問が、ヒロインの中でふりだしに戻る。
「シンさん、もしかして、やっぱり怪我していませんか?」
 大きなため息が聞こえた。
「…気にするな。…大したことない」
「ええっ、どこですか? もしかして、私を助けて下さった時に?」
 慌ててヒロインが立ち上がる。
「…いいから、本読んでろ」
「でも…」
「…ったく」
 シンがベッドから起き上がり、上着をとって身支度を始める。
「? シンさん?」
 身支度を終えたシンが、立ち上がって扉へ向かう。
「俺は航海室へ行って寝るから、お前はここで好きにしてろ」
「な、なんでそうなるんですかっ??? 邪魔なら、私が出て行きます。だって、シンさん怪我しているのに」
「…………」
 怒っているのとは違う、鼓動が高鳴るような熱い瞳がヒロインを見下ろす。
「シンさんっ…」
 ヒロインにキスでも降って来そうな雰囲気なのに、シンは腕組みをして、ヒロインに触れようとしない。
「………。お前には、ちゃんと言ってやらないと判らないんだったな…」
 何か諦めたように、シンはヒロインの耳元で囁いた。
「俺はお前が欲しいが、今夜はお前を満足させてやれそうもない。だから、今夜はこれ以上俺を誘うな」
「え?」
 そっと、頬にキスして、シンが部屋を出ていく。
 パタン、と扉が閉まった。
 言われた言葉を理解したヒロインが、火照った頬を手で隠して、立ち尽くした。

 残念だと思う。
 一日眠っていたヒロインがようやく目覚めたのに。
 珍しく、シンの眼差しだけで、あんなに反応しているヒロインなのに。
 ナギに蹴られた部分は一日経って、青紫の痣に変わり、鈍痛が続いている。
 もう数日は、痛みが続きそうだった。
 それでも、勝手にヒロインを求める身体を思考だけで慰めるのもそろそろ限界で。
 こういう時に、上手く抜いてくれる都合のいい女が欲しい、となんとなく思うものの、ヒロイン以外は抱く気にすらならないのだから、我ながら困る。
 独りで航海室のソファに座り、もういい加減、抑えのきかない劣情を慰めようかと思っていたら、ノックが4回、聞こえた。
「ヒロイン?」
 せっかく遠ざけたヒロインが目の前に現われて、シンは不機嫌にならざるを得ない。
 この困った恋人を、どうしてくれよう、と。
 ところが、ヒロインが思いもかけないことを言ってきて、シンは面食らった。
「シンさん。やっぱりだめです。だって、私のせいでシンさんが怪我したのに、私は好きなことしてて、シンさんは好きなこともできないなんて、ダメなんです」
「は?」
 そう言えば、部屋を出る時に、ヒロインに『好きにしてろ』と言ったことは確かなのだが。
 そして、自分はヒロインを抱きたい、と伝えたことも事実なのだが。
 なぜ、それが、彼女の言葉の内容に理解されてしまったのか…。
 伝えたかったのはその部分ではなく『満足に抱いてやれないから離れていろ』だと言うのに。
 あまりの馬鹿馬鹿しさに、笑いがこみ上げる。
 鈍痛が笑いに水を差す。
「おまえ……自分の言ってる意味、解ってるか?」
「はい。解ってますっ!」
 真面目に意気込んで頷かれても、困るのだが。
「…おまえの言う、俺のやりたい好きなことって、何だ?」
「え?」
 ヒロインの頬が、だんだん赤くなっていく。
「今夜は誘うな、と言ったのに………好きにさせてもらうぞ」
 ヒロインの顎を持ち上げて、かれこれ二日ぶりのキスをする。
 それまで抑え込んでいたシンの劣情の箍が、簡単に外れた。
 口の中を貪り、蹂躙し、ぽうっとして膝の力が抜けたヒロインをそのまま座らせる。
 ベルトを外して、しばらく前から熱を持ったままだった分身を曝した。
「俺がちゃんとイクまで、舐めてろ」
 ヒロインの栗色の髪の隙間に指を入れて、彼女の頭部の自由を奪う。
 そのまま、強引にヒロインの口へ突き入れた。
「んっ……」
 ヒロインが苦しげに眉を寄せたが、抵抗もしなかった。
 強引に咥えさせられているヒロインの舌が、舐めろという言葉を思い出したのか、シンの分身周囲を動き始める。
   シンは、自分のイイところへ舌が触れるよう、ヒロインの頭部を前後させて快楽を貪る。
「んふ…んぐ………んんっ」
 時々、喉の奥を突かれて苦しげなヒロインの目に涙が滲むのも、シンを煽る材料にしかならない。
「ん……ん……ん…」
「まだだ。もっと吸え」
 命じられて、ヒロインの喉が吸いついてくる。
「もっと舐めろ」
 舌が、押し返すように纏わり付く。
「もっとだ…」
 喉の奥の壁に先端を擦り付け、温かな唇まで戻って擦れる刺激を求める。
 苦しそうに閉じた目から落ちる涙が、ゾクゾクと背筋を煽る刺激になって駆け上がる。
抵抗しないのをいいことに、抱えたヒロインの頭を一層激しく前後させる。というよりも、倒錯的に自慰をしているような感覚に止まらなくなったというほうが正しい。
「んんっ…んっ…んっ…んっ…」
絶頂の直前に、手加減せずに深くヒロインの頭を深く抱え込んだ。
「っ……。くっ…」
 深く差し込まれた喉の奥に、温かなものが強制的に注ぎ込まれて、苦しさにヒロインは嚥下した。
 精を放ったシンが、はっと気づき、恐る恐るそっとヒロインから手を離し、満足した分身を抜き去る。
 ヒロインの喉が自由を取り戻して、注がれた異物を出そうと、ひどく咳き込んだ。
自己嫌悪と後悔を滲ませて片膝をついたシンが、気遣わしげにヒロインを覗き込む。
「…無理させたな。…その、大丈夫か?」
「いえ。大丈夫です…」
咳き込む背中をさすり、グラスに水を汲んで渡す。
「苦しかっただろ。…もう、いいから、部屋へ戻っていろ」
「でも……」
 ため息をついたシンが、上着とシャツを脱いでヒロインに脇腹を中心に、腹部から背中へ広がる青紫の痣を見せた。
 痛々しい痣に、ヒロインが目を瞠る。 
「けっこう痛くてな……あと数日は、お前を抱くのは無理だな」
 できれば、ヒロインにはあまり見せたくなかったと、苦笑する。
「…ごめんなさい…」
 シンの予想通りに、俯いて謝るヒロインの頭を撫でる。
「お前のせいじゃない。……これは、俺の戒めだからな」
 ナギの仕業だとは、死んでもヒロインに言えないが…。
「それに、今、好きにさせてもらった」
 見上げたヒロインに、優しくついばむようなキスをして囁く。
「ありがとうな」 
 お互いに、照れてるのが伝わる。
「…治ったら、お前が気持よくて眠れなくなるくらい抱いてやるよ」
 意地の悪い囁きは、いつものシンで。  ヒロインは、独り静かに、航海室を後にした。
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