管絃月


 真昼の月と並ぶかのように、扇形の筋雲が空に広がっていた。
名付けるならば、扇雲とでも言えるだろう。綺麗な扇の形をしている。
「天の舞…か」
 青空に白い扇を広げて舞うような風。
 扇をひらめかせるように、空を薙いでゆく風。
 風が速く駈けると、天気は崩れやすい。何より、あの筋雲は風と雨の谷間が忍び寄っている証拠。
「真樹、そろそろ帰ろう。着く頃には、雨が降る」
 僕の言葉に、手を止めた真樹は空を見上げて、風の音に合わせてひらめき舞う扇雲を眺めた。
「あの雲、楽しそうだな。月を扇の上で転がしているみたいだ……。おーい、桂夜っ。帰るぞっ」
「えーっ、もう? なんでー?」
 不満気味の声に、真樹は空を指差して雨が近いことを説明している。
「だって、こんなにいい天気だよ。もっとキャッチボールしようよっ。雨降るまで、いいでしょ?」
「ダメだな。もしも今日みたいな綺麗な白月の日に、雨に濡れた夜見なんかを見たら、おまえの目が壊れるぞ」
「え? とうさん、それ本当?」
「ああ見えても、今日みたいな日に雨を浴びた夜見は、大人には効かない毒素を出すんだ。子供のおまえは、あっという間に目をやられるな」
 真樹は声をひそめて桂夜にささやいた。
 そんなことをしても、全て僕に筒抜けなのは承知の上だろう。
「…そうなの?…わかったよ。もうちょっとやりたかったのに…」
 雨が降り出したのは、境内に向かう階段を上り始めた時。
 雨にぬれるのを避けて、わき目もふらずに母屋へ走り込む桂夜。ゆっくりと僕に会わせて歩を進める真樹。
「……雨に濡れた僕は、そんなに有害か?」
 髪に、肩に、雨粒がしみ込んでゆく。
 雨に濡れた僕が、子供だけに毒素を出す…なんていい加減な嘘。
「最高の目の保養だな。しばらくは、俺だけのものにしておきたいね。ということで、夜見は本殿で待っててくれよ。着替えて行くからさ」
 雨雲の上で、午後の月は明るく清冽に輝いているのかもしれない。
 久しぶりに舞いをやりたくなった僕は、着替えて本殿にやってきた真樹をひどく驚かせて満足した。



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