神鳴月



夜の雷鳴は、妖しく世界を映し出す。
かつて人々は、空に光る輝きと轟音を、神々の声であると崇め奉った。
かみなり。神の鳴る声。空の声。
暗闇の中で、空を引き裂くような光は、時に地上へ一直線に下る。
「あ…落ちた?」
轟音と地響き。そして、部屋を照らし出していた電気の明かりが消えた。
「停電か……。信志? 電力会社へ電話しないのか?」
「いいさ。どうせ、この辺り一帯が停電している。ご近所の誰かが連絡するだろ」
 斎主の声に違和感が混じっている。何かが起きている。
 月は雷雲に隠れて見えない。暗闇の中で、僕は少しだけ雷の影響を受けていることを自覚した。
「悪かったな。動けない、か」
「ああ…」
 気付かぬ間に、僕は帯電して、周りの自由を奪っていたらしい。
 立ちあがってポツポツと雨が降り出した庭先に立つと、静電気よりは少し強めの、僕の体内に入りこんだモノが肌の上をすべってゆく感覚がした。
「夜見?」
「できれば、目を閉じて耳を塞いでいた方がいいぞ。これだけ離れれば、動けるだろう?」
 頭上の雷雲が、招くように光っている。
「神鳴は時に…神成。そして、神が生るとも言われたな……まあ、よい。この光、空へ返そう」
独り言の合間に、僕は弓月夜見へと変貌した。両手を掲げて空へ投げかけた光は、激しい光と轟音を伴って翔け上がる。
そして、静寂。
「今…落ちたのか?」
 不安げな信志の声に、僕は答えた。
「逆だよ。そうだな…空へ雷を落した。雷は確かに神の領域のものではあるし、道でもある。時には、予言や警告にもなるが…」
ほとんど理解できていない表情の斎主を見ていると、なんだか、笑いがこみ上げてくる。
「かみなり様をおどかしてみただけさ」
「えっ? カミナリ様って、本当にいるのか?」
「さてね……まだまだ、停電は続きそうだな」
 斎主の預かり知らぬ神の世界のことを想って、僕は今夜の供物に手を伸ばした。
 


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