鏡月


すべてを写す鏡のような、清浄な月。
鏡だけが物事を写し出した時代、人々はその不思議さに神を見た。
水のように世界を写す物質。神が宿る特別な物質。
そんな鏡に似た月。
世界をゆるゆると照らし出す月は、生き物たちのまどろみを創り出す。
満月の夜、斎主達は本殿に留まる。
僕だけの自由な時間。
僕は、光に誘われるように、空へ駆け上がった。
しばらく見ていなかった景色。
「へえ、今度はあんなところにコンビニができたのか……」
暦を読み、時と共に生きる僕は、時代に後れることも、時代を先取ることも、ない。
ありのままの時の流れを受け入れることしか、できない。
人の流れ。景色の流れ。命の流れ。
昔、『行く川の流れは絶えずして』と綴った者がいたけれど、うまく喩えたものだ。
流れ移り行く様を、僕は眺めることしかできない。
「眩しいだろうに……」
真新しいコンビニの横には、樹齢300年になる桜の老木があった。
月よりも強い、人の創り出した光を浴びている。
まどろむ時間を奪われた桜は、青葉を揺らして僕を招いた。
「おまえは……、確か坊主が植えていった桜か」
遥か昔の斎主と親しかった男。人を殺めて坊主になった男。ずっと昔に。
「おまえは、僕を覚えているかい?」
樹木の声は聞き取れない。
人工の光に揺れる葉音が、答えたような気がする。
「今夜はおまえの枝で、月を読むとしよう」
僕を迎え入れた桜の樹木は、遠い昔の、なつかしい風を思い出させた。




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