上弦月


上弦の月。
満月にむけて輝きを高めてゆく月。
月齢8前後の夕月をいう。
正午前後。天に現れた半月は、徐々に光を増しながら、夕刻に天頂に立つ。
更に輝きを増しつつ、日付が変わる頃には西へ沈んでゆく。
「考えてみたら、夜見は毎日俺より寝ているんだよな」
学校から帰ってきたばかりの真樹。境内で出迎えた僕に、突然何を言いはじめるのやら。
僕は黙ったまま、真樹を見返した。
「俺って、一日5〜6時間しか睡眠時間ないのに、夜見は俺の倍眠っているのかぁ…と、物理で天体の軌道計算やってて思っただけだよ。……ちょっと待ってろよ、これから供物持ってくる」
機嫌が悪いわけではないようだ。
むしろ、浮かれている…か。
「今日の授業でさ、今までの観察記録から軌道計算したんだよ。そしたら、俺の測定した数値が一番、実際に近い数値で、誤差の範囲内だっていわれたぞ」
それはそうだろう。彼は僕の斎主になる者だ。まして、彼が観察したのは僕。
「実際に近い、ではなくて真樹の数値の方が、実際なのさ。よかったじゃないか。苦手な理数系で地道な努力を認めてもらえて」
月は、時も知らせる。
日々、その形を変えるだけではない。
空へ昇る時間、沈む時間ともに、日々刻々と変化する。
だからこそ、月を読むことは、日だけではなくて、時をも読むことになる。
トキヨミ。
かつて、日本を訪れた一人の若いロシア人が、ツクヨミはかつてトキヨミとよばれたのではないか、と考えた。
そして、時を操る月にこそ、寿命を、死を左右する力があったのではないか、と告げた。
その力ゆえに、ツキヨミは古事記の神話から抹消されたのではないか、と結論づけようとした。
しかし彼は、研究を最後までやり遂げること無く、28という命数が尽きてしまった。
彼の命数と月周期の一致はただの偶然だろうか……。
「どうした、夜見。きゅうに難しい顔をして」
「……なんでもないよ。つまらないことを、思い出してしまっただけだ」
半月の輝く空に、静かな北からの風が通りぬけていくのを僕は見送った。



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