木賊色



洗濯物を干していたヒロインが、ナギの服を干しかけてふと手を止めた。
「どうしたんですか? ヒロインさん」
一緒に洗濯を干していたトワが、気遣わしげにヒロインを見る。
「あ、うん。ナギさんのこのシャツって、何色って言うかなと思って」
「え? 色…ですか?」
トワは、ヒロインが手にしているナギのアンダーシャツを見る。
「水色…とは違いますよね。薄い青緑色…かな」
「青緑とはちょっと違うの。何か、ピッタリな名前があったんだけど…」
「ピッタリな名前ですか?」
ヒロインとトワが、ナギのシャツを見ながら、考え込み始める。
その様子を、たまたま甲板を訪れたナギが目撃して足を止めた。
『心配しなくても、大丈夫だぞ。些細な会話だ』
我の言葉は、ナギには聞こえない。
我はシリウス。海賊船の精霊。
姿すら、人には感知できない存在。
ヒロインとトワの様子を目の当たりにして、ナギはかなり戸惑っている。
無言で、自分のアンダーシャツを手にして何やら話し合っているトワとヒロインを見つめた。
『そんなに心配なら、あの場へ行ってみた方が早いぞ』
何やらあれこれ考えている様子のナギの背を、我は押す。
人には触れることもできない我だが、時折、伝わることがある。
軽くため息をついて、ナギは二人の許へ向かった。
「あっ」
ナギが近づいてきたのを見て、ヒロインが手にシャツを持ったまま、逆に駆け寄る。
「ナギさん、このシャツって、何色ですか?」
「……色?」
突然のヒロインからの質問は、ナギの予想を大きく外れたものだったようだ。
「はいっ。確か、こんな色の植物、ありましたよね?」
「植物?」
ナギは戸惑った様子で、ヒロインの手にある自分のシャツを眺めて考え込んだ。
「……砥草と同じ色だが…」
「とぎぐさ、……あぁあああっ 思い出したっ! トワくん、トクサ色だっ」
ヒロインが嬉しそうにトワを振り向く。
『今の声で、シンが動いたな…』
我は船内で起きる全てのことを知る存在。
航海室で、シンが訝しげに椅子を離れ、トワとナギに挟まれてはしゃいでいるヒロインを見た。
「トクサ色?」
トワが珍しい言葉の響きを繰り返す。
「そう。木に賊と書いて、とくさって言うの。木賊色、なんかピッタリな名前だよねっ」
ヒロインは嬉しそうにナギのシャツを掲げてくるくるとはしゃぎだす。
いち早く、シンの不穏な空気を感じ取ったナギが、緩めた口許を引き締めた。
「おい…人のシャツで遊んでねぇで、さっさと干せ」
『いいタイミングだな…』
ナギの言葉に、ヒロインは「あ…」と言って動きを止め「すいません…」と手にしたシャツを干し紐にかける。
その様子を見るナギの目が、至極、優しく愛おしそうなものであることは、トワも気づいている。
今、航海室を出たシンも、知っている。
『相変わらず、賢明だな』
ナギは、シンがたどり着く前にスッと場を離れ、トワも洗濯干し作業を再開する。
男たちの些細な気遣いに気づかずに、ヒロインもまた洗濯ものを干し始める。
トワとナギの心にどう残ったかはともかく、ヒロインの行動は、取るに足らない日々の些細な出来事になった。
干された洗濯物を、風が揺らす。
心地よい追い風。
我は、船尾の船縁に腰かけ、海に少しずつ消えていく航跡を眺めた。


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