朧月



たちこめた霧が、うすぼんやりとした世界を作っている。
月も霧の向こうへ隠れ、ぼんやりとした光を空に広げていた。
「ぜんぜん見えね~んだけど。オレ、ここにいる意味、なくね?」
見張り台でハヤテがぼやいている。
「けっこう霧が出てきたな…」
リュウガが甲板に立ち、腕を組んだ。
我を操る優秀な航海士は、霧の中でも我の位置を正確に把握している。
迷いなく進む我は、予定の航路を外れることなく進む。
我は魔術師とも称される航海士が操る海賊船。
人には触れることもできぬ存在、船の精霊シリウス。
遠く、霧笛の音が聞こえた。
「チッ…どこかの商船が近くにいるのか…」
舵を握るシンが、音のした方角を確認する。
霧の中を進む船は、衝突を避けるために霧笛を鳴らし、己の位置を周囲へ伝える。
もっとも、海賊船ならば、そのようなことをする必要もない。
が。
『霧笛が途絶えたな…』
返答する霧笛が無かったことに、見えぬ商船は近くに船がいないと判断した可能性もある。
相手が無防備に霧の中を進むことは、衝突の危険が増す。
「やべえな……おいっ、ハヤテ、霧笛を鳴らせっ」
船首のリュウガが、我を何度も守ってきた勘を働かせた。
「えっと? 霧笛って…どこだっけ?」
海賊達は滅多に使わぬ霧笛。ハヤテが周囲を見渡す。
『ハヤテ、これだ…』
我の声が届かぬハヤテは、なかなか霧笛に気付かない。
踵を返したリュウガが、甲板を走り、ハヤテより先に霧笛のハンドルを回した。
高く泣き叫ぶような音が、霧の中に響き渡る。
霧の向こうに、船影が見え、我の舵がいっぱいにきられた。
我の船尾をかするように、緑の旗を掲げた商船が通り過ぎていく。
『あぶねーな…霧笛鳴らすの遅っ』
『普段必要としないのでな』
すれ違う商船にも、精霊が宿っていた。
船尾に寄せる波で、船首が安定せずに我は大きく揺れる。
「くっ…プーピングか……」
船尾で砕けた波のエネルギーは、我から安定性を奪う。嵐であれば、転覆するほどに。
『大丈夫だ。この程度ならしばらくすれば収まる』
シンが舵を揺らして我の姿勢を回復させる。
リュウガがハヤテを呼び、叱っている。
シンは、再び我を予定航路へ戻しはじめた。
霧はまだ濃くなる一方だ。
『今の商船…会ったことあるな』
我は霧の向こうへ消えていった商船のことを考えながら、霧の海を航行した。


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