月華


人々が寝静まった夜を行く月は、冴え冴えとした光を落としていた。
「あ……」
小さな呟き。神酒に手を伸ばしかけた僕は、動きを止めて、声を発した真樹を見上げた。
真樹の視線は、空。
「いま、流れ星……」
毎日夜空を見上げる僕にとっては、あまり珍しくない流星。
「願い事は言えたか?」
「まさか。心の準備も無いのに、あんな一瞬で言えたら、人間じゃないぞ」
空を流れ落ちる星は、あまり良いものとはされなかった時代もある。
まして、願いが叶うなんて、流星を不吉としていた人々が知ったら、驚愕するに違いない。
「…真樹。日本の神話の神話では、日神・月神はいても、星神はいないに等しいこと、知っていたか?」
後世に残された神話に現れる星神は、悪神扱いを受けている。
「そういえば、そうだな。なんでだ? 同じ、空で光ってるものなのに」
「さぁね。もっとも、古事記には、月の神話もないから。闇を恐れる人々によって、月を見ることが不吉とされた時代もあったのは、事実だよ」
広く流布した竹取物語。なよ竹が毎晩月を見るので、翁達は、月を見るのは悪いことだと窘める場面がある。微かに残された、当時の風習。
「太陽と星なんて、近いか遠いかの違いなのになあ」
「地上に影響を与えているのは、遠い星ではなくて、近くの太陽だから……」
星の光は、大地を照らさない。夜を彩るだけの存在。月のように時を告げ、木々のように季節を告げる存在。
「あれ……」
また声。飲もうと口元に近づけた神酒を止めて、真樹を見遣る。
相変わらず、彼の視線は天空に向けられている。
「いまっ、また流れ星だったっ。くそぉー」
そういえばこの時期は……。
「今日は、かなり沢山の流星が見えるはずだ。もうしばらくすれば、また流れる」
規則的な周期で現れる流星群。
流星雨。
以前の人々が、ひどく畏れた現象。
星が次々に地上へ落ちてくる光景。
嬉々として流れ星を待っている真樹に、少し意地悪をしたくなるような気分を抱きながら、僕は杯を傾けた。



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