遅れまして。私、時菜(ときな)です。
と言っても、知らない人がいるかもしれないから、登場人物ぐらい説明しなくちゃね。
まずは主人公。勿論この私です。えっ?主人公が前作(幻夢泡、幻夢水)と違うですって?
この前、(幻夢水の時)陟が言ったでしょ、題名が違うって。そのくらい、融通きかせて下さいね。泡と水と雫は、全然違いますから。
話を元に戻しましょう。私達は、ミューニタストと言う生物体です。
ご先祖様は、人間。でも外見は、人間と変わりありません。
瑛樹(えいき)、陟(のぼる)、美麻(みま)姉さんというのは、私の仲間…と、姉です。
そうそう、もう一人いましたっけ。名前は、火香利(ひかり)。宇宙生物です。透明なので初めのうち、居るのか居ないのか分からなくて、随分苦労しました。
今は、気配で分かります。一種の慣れですね。
私達は、宇宙を旅してます。といっても、もう帰り道なのです。でも、旅は旅でしょ?乗っている船の名前は、TAT。
この辺までは基礎知識ですから、覚えてて下さいね。
それでは、本文に入りましょう
「間違いって言ってもねえ、限度ってものがあるだろ。そこんとこわかってる?陟」
瑛樹が、まるで子供を叱る母親の様に言う。言われてる陟は、宛ら叱られている子供ってトコ。
黙って俯いたまま、言い返せないでいる。珍しい光景だった。
「大体ね、水と放射線が無くちゃ、僕達生きられ無いんだぞ。そのくらい常識だろ?」
「わかってるよ」
やっと反論する。想像以上に陟は傷ついてるのかも知れなかった。
なんだか、とっても可哀想に思えてくる。
「わかってて、どうしてこういうことできる訳?信じられない」
「………」
事の次第は、私が考えていたよりずっと深刻だった。
陟が蒸留装置を修理している折、配線接続を間違えて、放水装置が作動しさせてしまった。…つまり、水が無くなっちゃったという訳。
水がなくっちゃ、たとえ真空中で生きられるミューニタストでも、干からびて死んじゃう。
なんといっても、放射線と水は、生命維持必需物質なんだから。
「瑛樹くん、もういいわよ。済んだことを責めたって仕方ないでしょ。陟くんだって、十分反省してるんだし。それより、ここから地球までどのくらいの距離があるの?」
見かねて、美麻姉さんが言った。瑛樹は、暫しの間考えてから言う。
「うーん、直線距離にして六五〇光年ってとこが妥当だよ」
「無理ね。六〇〇時間も水無しでいられないわ。せいぜい二〇〇時間が限界……」
皆、黙り込んでしまう。
「ねえねえ、近くに水のある星はないの?」
「時菜。それが分かったら苦労しないよ」
「そうよね」
再び沈黙が訪れた。
「凄いわね。星の85%は水だわ」
メインルームの中。星の成分分析をしている美麻姉さんが言った。
「残りの15%は?」
手伝っていた私が振り返って聞く。
「酸素と窒素と水素と炭素……二酸化炭素やアンモニウム、塩素、フッ素、ヘリウム。あ、マグネシウムや鉄、ナトリウム、銅、カルシウム、なんかもあるわね」
「何かそれって、何処かで聞いたような成分じゃないの?」
「ええ、生き物がいない方が不思議だわ」
手元を休めずに呟く。私は、窓からその星を見た。
恒星の光が弱いため、淡い輝き方をしている。中心の恒星から四番目の小さな惑星だった。
「火香利が滅ぼしちゃったのね。どんな生き物がいたのかしら」
隣で火香利が答えた。
「オオムカシ チキュウニモイタ モノト オナジダッタ。オオキクテ、オマエタチヨリモ ウゴキガニブイモノガ タクサン イタ」
どことなく寂しげな声。きっと昔を後悔しているんだと思う。
「恐竜のこと?」
「シラナイ」
恐竜なんて名前、知らなくて当然かな。
「あれっ…美麻姉さん、陟と瑛樹は?」
二人は何時の間にかメインルームから姿を消している。私が出て行くのに気づかなかったのだろう。
「水を取りに行くんでしょ。ポートで小型機用意してたから。時菜も行くなら、急いだほうがいいわ。あの二人、なんだかんだ言いながらしっかりしてるんだから」
「行ってもいいの?」
ちょっと以外。
いつもなら駄目だって言うのに、どういう風の吹き回しだろう。
私は美麻姉さんを見つめる。
「何?そんなに驚かないでよ。ただ今回は見るからに安全だから……別に、行きたくないならここにいてもいいのよ」
なるほどね。そういう訳か。それにしても、こんなこと滅多にないことよね。
「ううん、行くっ!」
私は、走ってポートに向かった。
「なんで分からない訳?発射は、こことここをこうやるんだってばっ」
「だからぁ、こうだろ?」
「違ーうっ!こうだって言ってるでしょ。もういい。俺がやる。こんな機械音痴に任せといたら、一生ここから動けない」
「悪かったね、機械音痴で」
「ひねくれてんなぁ、自分の欠点を素直に認められないのかねぇ」
陟が私に同意を求める。
「仕方ないんじゃない?陟だって瑛樹の事、言えないでしょ」
「うん、まぁ、今回は、ね」
良かった。いつもの陟に戻ってる。小型機が勢いよくTATから飛び出した。
「こぉらぁ、陟、スピードの出し過ぎだぞ」
反動で頭を打付けた瑛樹がわめく。
「気にしない気にしない。反射神経が鈍い奴がいけないの」
小型機は真っすぐに、水を湛えた小さな惑星へ向かった。
それは珍しく青空が広がっていた日。私は美麻姉さんの研究所へ行く途中だった。
再現された『種子植物の森』の中を歩いていたら、木陰の方から、聞こえてきた話し声。
「でさあ、自然色ってのは、青の事だと思うんだ。水や空は自然の元だろ?」
「そう決めつけるのは、良くないんじゃないか?大体、プレアビス以前の事は、大部分が謎なんだし」
「あのね、瑛樹。謎っていうのは、一つ解いたら二つ、三つと新しい謎が却って増えるんだよ。一つの謎は、それ以上増やさない方がいいでしょ」
「それは陟の偏見だろ。僕は違うと思うな。謎が増えるのは、知識不足だからだよ。」
「それって、もしかして俺が知識不足だと言おうとしている訳?」
「ご名答。いつもより冴えてるじゃないか。その調子で、明日までにレポート二五〇枚提出、頑張れよ。それじゃ僕は、有名な学者さんに会う予定があるから」
「有名な学者って?会ってどうするん?」
「勿論、アルバイトに決まってるじゃん」
「いーな。俺もしたい」
「無理…待てよ、確か、優秀な技術士を探してて、宇宙船をできるだけ安く購入したいとか言ってたよな。……陟、宇宙船作れるか?」
「作れるよ。材料さえあれば」
「お前が作るのと、出来てるのを買うのと、どっちが安い?」
「断然俺のほうが安いって。材料はその辺のガラクタ使うし、機能も優れてて、壊れにくいだろうし。大体、俺は一等級の世界技術士免許持っているんだよ」
「それなら大丈夫だ。きっと雇ってもらえるぞ。ああ、でもお前、レポート書いてないんだっけ。やっぱ、無理か」
「大丈夫。いざとなったら、去年作った『自動レポート処理機』でやるから」
「でもあれ、文法目茶苦茶になるんだろ」
「要は書いてあるかどうかだろ。いいのいいの、提出できれば」
「いいかげんだなあ。…よし、それじゃあ行こうぜ。時間ないから、走るぞ」
その時、なんとなく気になって、殆ど無意識に、声が聞こえたほうに向かっていた。すると、手前の木陰から、二つの人影が出てきて。
「きゃあっ」
「あ、ごめん。大丈夫?」
ぶつかったのは、黒髪の優しい目をした男の子。
前髪が、ちょっと目にかかっていて、なかなか。
「はい、これ落としたよ」
ファイルを拾ってくれたのは、その後ろにいた、狐色の髪の子。
笑顔が眩しいって、こういうことだろうなぁ、なんてしみじみ。
私が何も言わないうちに、
「それじゃ、僕達急ぐから」
と言って、二人はそそくさと走り去ってしまった。
あれから美麻姉さんの研究室へ行くと、二人に再開した訳だけど、二人とも、覚えてなかったのよね。私にぶつかったこと。
「時菜?どうしたの」
急に黙り込んでしまった私を見て、陟が不思議そうに言った。
「ううん、なんでもないの。…ねえ、瑛樹って何処か悪いの?」
「なんで?」
「なんでもないのに、急に苦しそうにして倒れたりするから……」
「ああ、それね。彼奴は至って健康だよ。俺より丈夫だし、環境適応能力も優れてるし。ほら、俺達って、急に無重力状態の中に入ったりすると、慣れるまですっごく吐き気がしたりするじゃん、特に真空中とかさ。でも瑛樹は、そういうことがあまりないんだよ。ただ、能力が優れ過ぎていて身体に無理がかかりやすいんだろうな」
「何かよく解らないんだけど、結局どういうことなの?」
「瑛樹に直接聞きなよ。俺、これ以上具体的には言えない。瑛樹自身の事だから」
今の話が具体的だったとは、とても考えられない。でも、確かに瑛樹に聞いた方がよさそうね。
時計を見る。
そろそろ美麻姉さんが食事を作り終わるころだ。
「ね、そろそろクッキングルームの方へ行きましょ」
私と陟は、メインルームを後にした。
翌日、瑛樹は私達にあの星のことを教えてくれた。
「あの星は、もともと地球と同じような星だったんだ。陸もきちんとあって、植物や動物もいた。それが、今から十数万年前、火香利が滅ぼしてしまった訳だけど、その時に奇跡が起こったんだ」
「奇跡って?」
好奇心旺盛な美麻姉さんが、瞳を輝かせて続きをうながす。
瑛樹は苦笑いしながら続ける。
「うん、なんて言うか、『死にたくない』とか『滅びたくない』という類いの想いみたいのが、凝縮してあの星の中心に集まって、あの星自体が命を持つようになった、というのかな?でもそれは、あの星自身もよく解らないって言ってた。ただ、生まれたその時から、自分達を滅ぼした相手を待っていたらしいんだ。本能みたいなもので、自分が仕返しをしなくちゃいけないって思ってたんだよ、きっと。」
なんか、そういう存在は悲しいと思う。窓の外に目を向けると、白い星が小さくなっていくのが見える。
「それで昨日、火香利を連れて行ったんだ。本当は、巻き添え食うの嫌だったし、出来れば火香利だけで行って欲しかったんだけどさ、あの星と話せたのは、僕だけだったんだな、コレが。それで、僕が通訳して、あの星と火香利とで色々話した訳なんだけど、結局駄目で、…無駄だと解ってるくせに、火香利のとこ攻撃してきて」
なんとなく次の言葉が想像出来た。
私の見た、神秘的な光景は。
あの青い火柱は。
「アノモノハ、ワレガ コノクウカン ソノモノダト、ナニヲシテモ ワレハ ホロビナイト シッテイテ、イノチヲ ジブンカラ ブツケテキタ」
「命ですって?」
美麻姉さんが、メモしていた手を止めて瑛樹を見た。陟も意外そうな顔をしている。
「それがあの星の運命だったんだと思う。生まれたときから蓄えていたエネルギーを、一気に火香利にぶつけたんだ。その熱で、水は蒸発してしまって、あの星は……死んでしまった」
もしかして、瑛樹、泣いてる?声が……
私は、何も言えなかった。
せっかくの命を、心もあったのに。
水差しの中に入っている水を見つめる。
水は澄み渡っていた。
どうやらTATの旅は、もうしばらく続きそうです。
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