幻夢雫



    
プロローグ
 その星は待っていた。
真っ暗な闇の中、何千何万という月日を。
清澄な水を湛え、輝きもせずに、一向その相手を待っていた。
 時折、気まぐれな彗星が青白い光を振り撒きながら、通り過ぎて行く。
 その星は待っていた。
水に覆われた体の中に、灼熱の炎を蓄えながら。
産まれたときから背負っている思いを抱えて。
 その星は待っていた

    

一・失敗
「ごめんなさいっ!本当にこのとーりっ!」
 一体何やったのかしら。ドアの隙間から覗き込む。
陟が珍しく真面目な顔で、美麻姉さんに謝っていた。
「困ったわねぇ。滅多にその辺りの星に有るものじゃ無いし。間違いや失敗は、誰にでもあることだから仕方ないけれどねぇ」
 これじゃ、なんの話なのか全然分からない。陟が何かやらかしたのは、状況から一目瞭然なんだけど。
「時菜、どうしたの?」
 突然呼ばれて、私は大いに慌てた。
つい、声が大きくなってしまう。
「瑛樹っ!あっ、その…えっと……」
 墓穴を掘るって、こういう事なのね。当然のことながら、ドアが開いて美麻姉さんが現れる。
「時菜、立ち聞きはご法度よ」
 思わず肩をすくめた。すると。
「いいよ美麻さん。どうせこれは、皆に言わなきゃならないことでしょ」
 美麻姉さんの後ろから、陟が優しい口調で言ってくれた。

 遅れまして。私、時菜(ときな)です。
と言っても、知らない人がいるかもしれないから、登場人物ぐらい説明しなくちゃね。
まずは主人公。勿論この私です。えっ?主人公が前作(幻夢泡、幻夢水)と違うですって?
この前、(幻夢水の時)陟が言ったでしょ、題名が違うって。そのくらい、融通きかせて下さいね。泡と水と雫は、全然違いますから。
   話を元に戻しましょう。私達は、ミューニタストと言う生物体です。
ご先祖様は、人間。でも外見は、人間と変わりありません。
瑛樹(えいき)、陟(のぼる)、美麻(みま)姉さんというのは、私の仲間…と、姉です。
そうそう、もう一人いましたっけ。名前は、火香利(ひかり)。宇宙生物です。透明なので初めのうち、居るのか居ないのか分からなくて、随分苦労しました。
今は、気配で分かります。一種の慣れですね。
 私達は、宇宙を旅してます。といっても、もう帰り道なのです。でも、旅は旅でしょ?乗っている船の名前は、TAT。
この辺までは基礎知識ですから、覚えてて下さいね。
 それでは、本文に入りましょう

「間違いって言ってもねえ、限度ってものがあるだろ。そこんとこわかってる?陟」
 瑛樹が、まるで子供を叱る母親の様に言う。言われてる陟は、宛ら叱られている子供ってトコ。
黙って俯いたまま、言い返せないでいる。珍しい光景だった。
「大体ね、水と放射線が無くちゃ、僕達生きられ無いんだぞ。そのくらい常識だろ?」
「わかってるよ」
 やっと反論する。想像以上に陟は傷ついてるのかも知れなかった。
なんだか、とっても可哀想に思えてくる。
「わかってて、どうしてこういうことできる訳?信じられない」
「………」
 事の次第は、私が考えていたよりずっと深刻だった。
陟が蒸留装置を修理している折、配線接続を間違えて、放水装置が作動しさせてしまった。…つまり、水が無くなっちゃったという訳。
水がなくっちゃ、たとえ真空中で生きられるミューニタストでも、干からびて死んじゃう。
なんといっても、放射線と水は、生命維持必需物質なんだから。
「瑛樹くん、もういいわよ。済んだことを責めたって仕方ないでしょ。陟くんだって、十分反省してるんだし。それより、ここから地球までどのくらいの距離があるの?」
 見かねて、美麻姉さんが言った。瑛樹は、暫しの間考えてから言う。
「うーん、直線距離にして六五〇光年ってとこが妥当だよ」
「無理ね。六〇〇時間も水無しでいられないわ。せいぜい二〇〇時間が限界……」
 皆、黙り込んでしまう。
「ねえねえ、近くに水のある星はないの?」
「時菜。それが分かったら苦労しないよ」
「そうよね」
 再び沈黙が訪れた。

    

二・水の惑星
「ミマ ドウシタ?ナニカコマッタコトガアッタノカ?」
 部屋に入って来た火香利が言った。すかさず美麻姉さんが答える。
「水が無くなっちゃったのよ」
「ミズ?ワレノ ナミダノコトカ?」
  「そういうことになるわね」
「ナンダ ソレナラ アルゾ」
「どっ何処にっ!」
 それまで塞ぎ込んでいた陟が、噛み付くように火香利に向かって拳を握り締めた。
「ヤメロ…クル…シィ…」
「あっごめんっ」
 弾かれたように手を放す。どうやら、火香利を掴んでしまったみたい。
瑛樹が呆れてものも言えないっていう顔をした。
「オマエタチニハ ミエナイノカ? アノ、アオイ ナミダノ ホシガ」
「青い星?」
 窓の外を見る。確かに青い…違う、青と白のマーブリングの星が見える。
「あれは?」
「ワレノ ナミダノ ハヘンノヒトツダ。スンデイルヤツラハ イナイ……ズットムカシ ワレガ ホロボシテシマッタ」
「嘘だろ。タイミングが、良すぎるぞ」
 瑛樹が呟いた。

「凄いわね。星の85%は水だわ」
 メインルームの中。星の成分分析をしている美麻姉さんが言った。
「残りの15%は?」
 手伝っていた私が振り返って聞く。
「酸素と窒素と水素と炭素……二酸化炭素やアンモニウム、塩素、フッ素、ヘリウム。あ、マグネシウムや鉄、ナトリウム、銅、カルシウム、なんかもあるわね」
「何かそれって、何処かで聞いたような成分じゃないの?」
「ええ、生き物がいない方が不思議だわ」
 手元を休めずに呟く。私は、窓からその星を見た。
恒星の光が弱いため、淡い輝き方をしている。中心の恒星から四番目の小さな惑星だった。
「火香利が滅ぼしちゃったのね。どんな生き物がいたのかしら」
 隣で火香利が答えた。
「オオムカシ チキュウニモイタ モノト オナジダッタ。オオキクテ、オマエタチヨリモ ウゴキガニブイモノガ タクサン イタ」
どことなく寂しげな声。きっと昔を後悔しているんだと思う。
「恐竜のこと?」
「シラナイ」
 恐竜なんて名前、知らなくて当然かな。
「あれっ…美麻姉さん、陟と瑛樹は?」
 二人は何時の間にかメインルームから姿を消している。私が出て行くのに気づかなかったのだろう。
「水を取りに行くんでしょ。ポートで小型機用意してたから。時菜も行くなら、急いだほうがいいわ。あの二人、なんだかんだ言いながらしっかりしてるんだから」
「行ってもいいの?」
 ちょっと以外。
いつもなら駄目だって言うのに、どういう風の吹き回しだろう。
私は美麻姉さんを見つめる。
「何?そんなに驚かないでよ。ただ今回は見るからに安全だから……別に、行きたくないならここにいてもいいのよ」
 なるほどね。そういう訳か。それにしても、こんなこと滅多にないことよね。
「ううん、行くっ!」
 私は、走ってポートに向かった。

「なんで分からない訳?発射は、こことここをこうやるんだってばっ」
「だからぁ、こうだろ?」
「違ーうっ!こうだって言ってるでしょ。もういい。俺がやる。こんな機械音痴に任せといたら、一生ここから動けない」
「悪かったね、機械音痴で」
「ひねくれてんなぁ、自分の欠点を素直に認められないのかねぇ」
 陟が私に同意を求める。
「仕方ないんじゃない?陟だって瑛樹の事、言えないでしょ」
「うん、まぁ、今回は、ね」
 良かった。いつもの陟に戻ってる。小型機が勢いよくTATから飛び出した。
「こぉらぁ、陟、スピードの出し過ぎだぞ」
 反動で頭を打付けた瑛樹がわめく。
「気にしない気にしない。反射神経が鈍い奴がいけないの」
 小型機は真っすぐに、水を湛えた小さな惑星へ向かった。

    

三・命の星
 驚くべきことに、その星の水は、完全純粋な水だった。
微生物さえいないらしい。
何よりも、生物の痕跡と言えるものが何一つ無かった。
そして、さらに信じられないことに、水温が三〇度もある。
こんな薄暗い世界の中では、不可能なこと。地熱が高いのかしら。
「本当になにもいないのかな」
 ぽつりと瑛樹が呟いて、水の中に手を入れた。波紋が同心円状に広がる。考えてみたら、この星には、風も波も無い。でも、雲はある。上昇気流もないのに、どうしてだろう。
「植物もみあたらないわね」
 瑛樹が頷いた。
陟はと言えば、先程から一人で水を積み込んでいる。本人自らの希望で、私と瑛樹は手伝わずに、見物ってトコ。
 私達は、星の中で唯一の陸地の上にいた。直径約五〇メートルのそれが陸地と呼べるならの話だけど。
とにかく、水が無いのだから陸地よね。
「何かいる……」
 不意に瑛樹が言った。
水の中をじっと見つめている。私も水の中を見た。当たり前だけど、水しか見えない。
「時菜、後のこと任せたよ」
「なっ何?どういうこと?」
「………」
 瑛樹はそれっきり何も言わない。ただ一向、水の中を見つめている。
真剣な眼差し。
私は何も言えなくなって、俯いた。
 二十分程経った頃、背後から陟の呼ぶ声が聞こえて来た。
「おーいぃ、帰ろうよっ!」
 小型機に水を積み終えたらしい。私は水の中を見ている瑛樹に呼びかけた。
「瑛樹、終わったみたいよ」
「………」
 答えない。それどころか、様子が変。
「ちょ、ちょっと…瑛樹?」
「あ……時菜」
 途端、瑛樹の身体が崩れるように傾く。それも、水面に向かって。
「陟っ、来てっ!」
 咄嗟に叫んだ。必死で瑛樹を支える。
耳元で瑛樹が『ごめん』と言ったような気がした。
事態を察してか、陟が走って来る。
「瑛樹っ!」
 私の代わりに瑛樹を支えると、瑛樹が目を綴じて俯いたまま、呟くように言った。
「わりぃ、陟。…またやっちゃったー」
「また?馬鹿野郎っ。わかっててやったのかっ!」
「大声出すなよ。頭に響く……」
「…?…誰とだ?」
「この星と」
「星だって?」
「そう、生きてるんだ、この星は……」
 陟が唇を噛み締めて、足元を見た。主成分が炭素の陸地。私が話しかけようとすると、黙って立ち上がり、瑛樹を小型機へ運んだ。
結局私は、何も言えなかった。

      

四・過去
「時菜、火香利知らない?」
 TATに戻ってからしばらく後、陟がメインルームに来て言った。
「さっきまで、ここにいたけど、瑛樹が呼んでるとかで、ベッドルームの方へ…」
「行ったの?」
「ええ。廊下を通らずにね」
「くそぉっ!騙されたっ。なんで俺ってこんなに素直なんだっ!ちくしょーっ、瑛樹のバカヤロー」
 なんだか知らないけど、陟らしい。可愛いというか、無邪気というか、子供っぽいというか…思わず微笑んでしまう。
「何がおかしいんだよ」
「べつに。ねえ、どうしたの?」
「のけ者にされた。アイツ、『火香利と話したいから呼んできて』とか言って、とっくに自分で呼んでたんだ。きっと、ただ出て行けって言っても、俺がそう簡単に出て行く筈ないの知ってて……俺を部屋から追い出すのが、目的だったんだっ!」
 なるほどね。瑛樹ならやりかねない。でも、そういうトコが、瑛樹の良いトコだと私は思うけど。きっとその話って、火香利に深く係わっているんだと思う。
「瑛樹には、瑛樹の考えがあったんでしょ」
「多分ね。でも彼奴、完全に良くなった訳じゃないのにっ」
 なんだかんだ文句を言いながら、結局瑛樹を心配している陟。
こういう友人を持っている瑛樹が、羨ましい。
ふと初めて二人に出会った日を思い出す。
窓の外には、あの星が大きく映っていた。

 それは珍しく青空が広がっていた日。私は美麻姉さんの研究所へ行く途中だった。
再現された『種子植物の森』の中を歩いていたら、木陰の方から、聞こえてきた話し声。
「でさあ、自然色ってのは、青の事だと思うんだ。水や空は自然の元だろ?」
「そう決めつけるのは、良くないんじゃないか?大体、プレアビス以前の事は、大部分が謎なんだし」
「あのね、瑛樹。謎っていうのは、一つ解いたら二つ、三つと新しい謎が却って増えるんだよ。一つの謎は、それ以上増やさない方がいいでしょ」
「それは陟の偏見だろ。僕は違うと思うな。謎が増えるのは、知識不足だからだよ。」
「それって、もしかして俺が知識不足だと言おうとしている訳?」
「ご名答。いつもより冴えてるじゃないか。その調子で、明日までにレポート二五〇枚提出、頑張れよ。それじゃ僕は、有名な学者さんに会う予定があるから」
「有名な学者って?会ってどうするん?」
「勿論、アルバイトに決まってるじゃん」
「いーな。俺もしたい」
「無理…待てよ、確か、優秀な技術士を探してて、宇宙船をできるだけ安く購入したいとか言ってたよな。……陟、宇宙船作れるか?」
「作れるよ。材料さえあれば」
「お前が作るのと、出来てるのを買うのと、どっちが安い?」
「断然俺のほうが安いって。材料はその辺のガラクタ使うし、機能も優れてて、壊れにくいだろうし。大体、俺は一等級の世界技術士免許持っているんだよ」
「それなら大丈夫だ。きっと雇ってもらえるぞ。ああ、でもお前、レポート書いてないんだっけ。やっぱ、無理か」
「大丈夫。いざとなったら、去年作った『自動レポート処理機』でやるから」
「でもあれ、文法目茶苦茶になるんだろ」
「要は書いてあるかどうかだろ。いいのいいの、提出できれば」
「いいかげんだなあ。…よし、それじゃあ行こうぜ。時間ないから、走るぞ」
 その時、なんとなく気になって、殆ど無意識に、声が聞こえたほうに向かっていた。すると、手前の木陰から、二つの人影が出てきて。
「きゃあっ」
「あ、ごめん。大丈夫?」
 ぶつかったのは、黒髪の優しい目をした男の子。
前髪が、ちょっと目にかかっていて、なかなか。
「はい、これ落としたよ」
 ファイルを拾ってくれたのは、その後ろにいた、狐色の髪の子。
笑顔が眩しいって、こういうことだろうなぁ、なんてしみじみ。
私が何も言わないうちに、
「それじゃ、僕達急ぐから」
 と言って、二人はそそくさと走り去ってしまった。

 あれから美麻姉さんの研究室へ行くと、二人に再開した訳だけど、二人とも、覚えてなかったのよね。私にぶつかったこと。
「時菜?どうしたの」
 急に黙り込んでしまった私を見て、陟が不思議そうに言った。
「ううん、なんでもないの。…ねえ、瑛樹って何処か悪いの?」
「なんで?」
「なんでもないのに、急に苦しそうにして倒れたりするから……」
「ああ、それね。彼奴は至って健康だよ。俺より丈夫だし、環境適応能力も優れてるし。ほら、俺達って、急に無重力状態の中に入ったりすると、慣れるまですっごく吐き気がしたりするじゃん、特に真空中とかさ。でも瑛樹は、そういうことがあまりないんだよ。ただ、能力が優れ過ぎていて身体に無理がかかりやすいんだろうな」
「何かよく解らないんだけど、結局どういうことなの?」
「瑛樹に直接聞きなよ。俺、これ以上具体的には言えない。瑛樹自身の事だから」
 今の話が具体的だったとは、とても考えられない。でも、確かに瑛樹に聞いた方がよさそうね。
時計を見る。
そろそろ美麻姉さんが食事を作り終わるころだ。
「ね、そろそろクッキングルームの方へ行きましょ」
 私と陟は、メインルームを後にした。

五・青い火柱
「時菜、陟くん。瑛樹くんどこにいるか知らない?」
 廊下を歩いていると、前方から美麻姉さんがやってきた。
「もしかして、ベッドルームにいないとか言いませんよね、美麻さん」
「あらぁ、よく分かったわね。陟くん、その通りよ」
 その通りって、ちょ、ちょっと、だって瑛樹はまだ治ってないんじゃなかったの?ベッドルームで火香利と話をしているんじゃなかったの?
「さっき、食事を持っていったら影も形も無かったのよね。探してもいなくて、あとはメインルームだけなんだけど」
「メインルームにはいないですよ」
 陟が答える。ということは、TAT内にいない?…一瞬脳裏をかすめた考えを、慌てて打ち消した。
だって、そんなこと言ったら、瑛樹は外にいるって言うことで…。
「それで美麻さん、火香利はいた?」
 美麻姉さんは、首を横に振った。陟が、考え込む。
「一応、メインルームから探し直しましょ、陟くん」
 美麻姉さんは、陟の背中を押し、二人でメインルームへ行ってしまった。
当然のことながら、廊下に一人取り残される。
私ってこんな時、役立たずなのよね。
つくづく自分が情けなく思えてくるわ。
とにかく、瑛樹を探そうと思い立って、何気無く窓から例の星を見た私は、瞳に映った光景に呆然とした。
 本当に神秘的な光景だった。
星の青色と白色が、渦を巻き、混じり合い、分離して流れる。
一点に集まったかと思うと、弾けるように広がって、縞模様、唐模様、木目模様、水玉模様。
星自体も収縮したり、膨張したり、まるで生きている様に見える。
 星の一部から、赤い光が吹き上げた。それはきっと灼熱の炎。
透明な水がそれに従うように巻き上がって炎へと変化してゆく。
赤い輝きは、黄色から白、白から青へと変色して、青い火柱になる。
青い火柱は、頂上で幾つにも別れて、アーチを形作りながら思い思いの方向へ散る。
何がなんだか解らずに、ただ、ただ、その美しさに感動して眺めていると、次第に青い柱は、白、黄色、赤、黒と消えていき、全てが静寂に戻った。
改めて星を見ると、それは白い星に変わってしまっていた。
そしてそして、その中から現れた瑛樹の姿。
何かに引かれる様に近づいて来る。
「瑛樹っ!」
 ポートに走って行き、シャッターを開けると、瑛樹が倒れ込んで来た。
「冷たっ!瑛樹、大丈夫?」
 髪や服がガリガリに凍っている。きっと、水に濡れたまま宇宙空間を通ったから。
「寒ぃ。ちょっと無理し過ぎた。…火香利、頼むよ。それ…から、時菜、今の見てた?」
「星が……」
「後で説明…するよ。陟や美麻さんにもそう言っといて」
 瑛樹が立ち上がって、滑るように廊下を進んで行く。というより、二センチ程浮き上がって進んでいる。
「?」
 私は瑛樹の腕を掴んだ。
火香利の気配。
「ワレ、エイキヲ ヘヤマデハコンデイル。ワレノ チカラ ツヨイ。トキナ、シンパイスルナ」
「心配するなって…火香利は、一体どうやって運んでいるのよ」
「シンパイスルナ」
 さっさと行ってしまう。
もう今日は変なことばかり。私は、少し苛立ちながらメインルームへ向かった。

 翌日、瑛樹は私達にあの星のことを教えてくれた。
「あの星は、もともと地球と同じような星だったんだ。陸もきちんとあって、植物や動物もいた。それが、今から十数万年前、火香利が滅ぼしてしまった訳だけど、その時に奇跡が起こったんだ」
「奇跡って?」
 好奇心旺盛な美麻姉さんが、瞳を輝かせて続きをうながす。
瑛樹は苦笑いしながら続ける。
「うん、なんて言うか、『死にたくない』とか『滅びたくない』という類いの想いみたいのが、凝縮してあの星の中心に集まって、あの星自体が命を持つようになった、というのかな?でもそれは、あの星自身もよく解らないって言ってた。ただ、生まれたその時から、自分達を滅ぼした相手を待っていたらしいんだ。本能みたいなもので、自分が仕返しをしなくちゃいけないって思ってたんだよ、きっと。」
 なんか、そういう存在は悲しいと思う。窓の外に目を向けると、白い星が小さくなっていくのが見える。
「それで昨日、火香利を連れて行ったんだ。本当は、巻き添え食うの嫌だったし、出来れば火香利だけで行って欲しかったんだけどさ、あの星と話せたのは、僕だけだったんだな、コレが。それで、僕が通訳して、あの星と火香利とで色々話した訳なんだけど、結局駄目で、…無駄だと解ってるくせに、火香利のとこ攻撃してきて」
 なんとなく次の言葉が想像出来た。
私の見た、神秘的な光景は。
あの青い火柱は。
「アノモノハ、ワレガ コノクウカン ソノモノダト、ナニヲシテモ ワレハ ホロビナイト シッテイテ、イノチヲ ジブンカラ ブツケテキタ」
「命ですって?」
 美麻姉さんが、メモしていた手を止めて瑛樹を見た。陟も意外そうな顔をしている。
「それがあの星の運命だったんだと思う。生まれたときから蓄えていたエネルギーを、一気に火香利にぶつけたんだ。その熱で、水は蒸発してしまって、あの星は……死んでしまった」
もしかして、瑛樹、泣いてる?声が……
 私は、何も言えなかった。
せっかくの命を、心もあったのに。
水差しの中に入っている水を見つめる。
水は澄み渡っていた。

     

エピローグ
「あーあー、暇だなぁ。どっか故障してくれないかな、でも、俺の作ったものだし、そう簡単には壊れないよな」
「壊してやろうか?」
「あのねぇ、俺は何事もないことを喜んでいるんだよ」
「ふぅん。暇をもて余しているように聞こえたけど?」
「……」
「なに?図星だった?それならこれやってよ」
 瑛樹が陟に何か書いてある紙を渡す。
「なにコレ?」
「次空間方程式。一番上から、一次元、二次元、三次元、四次元、五次元、六次元になってる。陟も習っただろ、教習所で」
「俺が、そんな昔に習ったこと覚えてるわけないだろ」
「昔じゃないよぉ。たかだか一年前のことだろ。お前、そんなに記憶力悪かったの?」
 私は、瑛樹だって人のこと言える立場じゃ無いと思うのよね。特に機械類や人については。
そりゃ、すれ違った人を全部覚えろとは言わないけど、ぶつかった人のことをたった二〇分間覚えてることぐらい、できそうなものよね。
陟が上目使いで瑛樹を見て言う。
「…嫌な奴」
「どうして?」
 なんだかいつも通りの展開になりそう。
でも、それでこそ、陟と瑛樹よね。ほら、始まった。
「てめえっ。こっちの考えてること解ってるくせに、『どうして』とは、一体どーいうことだっ!このひねくれ者」
「悪かったね、ひねくれ者で」
「ああ、悪い。すっごく悪い。最悪だよ」
「それはどうも。反省してるよ」
「それの何処がっ」
「はいはい、低俗な争いはやめてちょうだい。耳触りよ」
「フタリトモ、イイカゲンニシロ。ウルサイ。マワリノ メイワクダ」
「……」
「………」
 やっぱり止めに入るのは、火香利と美麻姉さん。相変わらずね。

 どうやらTATの旅は、もうしばらく続きそうです。
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