幻夢水



 プロローグ
 広大な宇宙空間を『光の意志』が漂っていた。
時折、呪文のように言葉を漏らす。
(コロシテヤル、ホロボシテヤル)
不気味さが周辺の星を取り囲む。耐え切れずに星の一つが爆発した。

    

一・再開
 まさかこの俺を忘れた奴はいないと思うが、『幻夢泡(前作)を読んで無い』という馬鹿な…もとい、順番ってやつを知らない人の為に、この陟様が説明してやろう。
俺達は、TATという宇宙船に乗って、『プレアビスの原因』を探っている。
主人公は、一応俺、陟(のぼる、と読む)。ミューニタスト暦で十七歳。
俺の仲間は、瑛樹(えいき、と読む)、時菜(ときな、と読む)、美麻(みま、と読む)さんの三人。
なに?幻夢泡(前作)の時と主人公が違う?当たり前だろ、題名が違うんだから。
 さぁ、本文だ、本文。

 最近のTATは順調だ。あの重力調整機の故障以後、まだどこも故障して無い。
そりゃ、俺が作ったんだ。当たり前だな…ってなことを考えながら窓の外をボーッと見てたら、後ろで瑛樹が言った。
「暇そうだね、陟」
 何となくいやな予感。無視していると、さらに続ける。
「あーあ、お茶飲みたいなぁ。暇な人、お茶入れてよ」
 暇な人って言ったって、このメインルームには、俺と瑛樹しかいない。
自分で言ってちゃフォローも出来ないが、確かに俺は今暇だ。それは、認める。
「やだね、自分でやったら?」
「あれぇ、陟、そんなこと言ってもいいのかなぁ?僕は今、陟がやらなかった資料整理をやっているんだよ。何なら陟と代わってもいいんだけどさ、嫌でしょ資料整理やるの」
「…………」
「代わる?」
「はいはい、分かったよ。お茶持って来ればいいんだろっ」
 いやな奴だ。俺は仕方なくドアへ向かった。
「へえ、結構素直じゃん」
 瑛樹が意外そうに言う。
折角俺が行動開始してやったら、こうだ。いつもの事ながら、俺は言ってやった。
「ああ、またそこで一言多い。やっぱり瑛樹ってひねくれてるなぁ」
「悪かったね、ひねくれてて」
 本当に此奴は、悪いと思っているのだろうか。口先だけのような気がする。
「っとに、何度も言ってるだろ。そういうトコが、ひねくれてんの。認めるなら認めるで、素直に認めなさい。自覚してんのかよ自覚。言っても分からない奴は、犬にも劣るんだぞ」
「……お茶」
 もしかしたら、コイツは全く俺の言うことを聞いてないのかもしれない。
「分かったよ!」
 メインルームを出て、クッキングルームへ行く。時菜が夕食の準備をしていた。
「今日は、何?」
「野菜スープと、エネルギー食よ」
「う〜ん、ワンパターンか」
 材料がそれしかないのだから当たり前だな。
食器棚からカップを出して……俺は重大なことに気づいた。
「仕方ねえなぁ」
 カップをもう一つ手に取る。

「遅かったじゃん。待ちくたびれたよ」
 文句を言う瑛樹の前に、黙ってお茶の入ったカップを二つ置く。
「何コレ?」
 瑛樹が不思議そうに俺を見上げた。
「見りゃ分かるだろ、お茶だよ」
「僕は別に二つも頼んだ覚えはないけど?」
「お前が緑茶か紅茶か言わなかったから、両方持って来てやったんじゃないか。俺は、お前が飲まないほうを飲むんだよっ」
「陟って、意外なトコで真面目だねぇ」
「てめ、『ありがとう』ぐらい素直に言えないのか」
 瑛樹は答えずに緑茶の入ったカップを手に取る。
(やっぱり、俺の話を聞いて無い)
一口飲んでから、元の場所にそれを置き、資料整理を再開した。
俺は紅茶の入った方を手に取る。半分ほど飲んだとき、不意に瑛樹が言った。
「陟……緑茶と紅茶の違いって何だか知ってるか?」
 変なことを聞く奴だ。
「色だろ」
「他は」
「別に。同じだろ」
 しばらくの沈黙。ポツリと瑛樹が言う。
「………味音痴」
「な、何だよ。どーいうことだ?」
 瑛樹は手を休めない。視線も手元に落としたままだ。
「別に。ただ思ったことを素直に言っただけだよ…っと…これはこっちか……まあ、ついでに言わせてもらえばさ、緑茶には、砂糖入れなくてもいいの。うん、常識だよこれは……でもさぁ、陟が、折角持って来てくれたものだし、捨てたりしたらもったいないから……全部飲むけどね。僕は」
「…嫌な奴」
 っとに、回りくどい言葉ばっかり使いやがって。時間の無駄じゃないか。もっと素直に言えないのかっ!
「どうして?」
 瑛樹が不思議そうに言う。もしこれが、本当に何も分かって無くて言ってるなら、それでいいだろう。ところが、コイツは俺の考えを分かっていて、言ってるのだ。
その証拠に、ほら、目が笑ってる。
「そういうトコ全部!」
 俺がそう言うのと同時に、ガクンとTATが急停止した。(タイミングがいいとは、このことを言うんだろう)
瑛樹がビクッと肩をすくめる。
その目は、誰もいない運転席を凝視していた。
何も言わない。数秒後、聞き覚えのある声。
「ヤット ミツケタゾ」
 いつかの透明な奴の声だった。

    

二・逆襲
「また来たの?」
 瑛樹が呆れきったように言う。そりゃ、この前の時、随分痛めつけたらしいから、分からない訳じゃ無いが。
一応、正体不明の奴なんだし、俺は見えないけど、目の前にいるんだろ。目の前に。
「お前には、緊張感ってものが無い訳?」
「陟に言われたくは無いね」
 言い返そうとしたら、入り口のドアが開く音がした。
振り返ると、時菜と美麻さんが立っている。
「一体何事?急停止なんかして」
「あ、美麻さん。別に俺達は、何もして無いからね。TATが勝手に…ほら、この前話た奴がここへ来たらしいんだ」
「表現が間違っているな。『来ている』だよ」
「…嫌な奴」
「僕はただ間違いを訂正してやっただけだろ。感謝して欲しいね」
「誰が感謝なんてするか!」
「はいはい、二人とも、それ以上低俗な争いにはならないでね。大事なお客様の前でみっとも無いでしょ」
 いつもの事ながら美麻さんが二人の間に入る。そういや、すっかり部外者のことを忘れてた。
(でも、大事なお客様とは言えないんじゃないだろうか)で、何気無く横を向くと、瑛樹が俺をじっと見ていた。
「なっなんだよ」
「お前、わかんないのか?いるぞ」
 省略された言葉の意味を考える。すると、不意に耳元で声がした。
「コロシテヤル」
「げっ…嘘だろ…?」
「鈍感!」
 瑛樹が心ないことを言う。背筋がゾーッとした。
と、同時に左肩が一瞬物凄く熱くなる。不気味な声が響いた。
「コロシテヤル。コロシテヤル」
 目の前で椅子がバラバラに壊れる。
カップの破片が飛んで来た。
反射的に両手で受け身の体勢を取ると、左肩に激痛が走る。
「コロシテヤル。ホロボシテヤル」
 メインルームの中は騒然としていた。ポルターガイスト現象とでも言えばいいだろうか。
「おい、瑛樹、なんとかしろっ。お前、姿が見えるんじゃ無いのか?」
「陟……お前元気だなぁ……自分が怪我してるの分かっている? お前の姿だけ見て動揺した自分がむなしくなるじゃないか」
 呆れたように瑛樹が言った。全く…緊張感のかけらも無………怪我?…ああそっか、俺、左肩に怪我したんだっけ……痛いと思ってたんだよな…頭の奥で様々な考えが、浮かび上がっては消えて行く。
結構、俺ってのんびりしてるなぁ。でも待てよ、さっき、何か答えがずれて無かったか?
 咄嗟に瑛樹を見た。飛んで来るものを必死に避けながら、まるで何かを探しているように、絶え間無く周囲に目を走らせている。
「瑛樹、見えないのか?」
「…やっと分かったの?陟はにぶいねぇ。おっと…幾つにも分かれてるのは、感覚的に分かるんだけどさ」
 飛び回る椅子の破片を避けながら、瑛樹が言った。
納得。
パシッという音と一緒にライトが割れる。
非常用ライトが点灯した。
自動操縦装置のヒューズが、火花を散らしてとぶ。
「コロシテヤル。ホロボシテヤル」
 どこからともなく、というより、そこら中から響き渡るように不気味な声がしている。と、後方から場違いな声が……。
「すごい力ね。感心しちゃうわぁ。一体、どんな生物体なのかしら」
脱力。
「美麻さん、感心してる場合じゃ無いでしょー。TATが壊れちゃうよ」
「壊れたら陟くんが責任持って直してね」
「だから学者は嫌なんだっ」
 完全に状況を無視してる。一体どんな神経してるのか、こっちが知りたい。
「仕方ないわ。美麻姉さんの性格が、こうなんだから」
「時菜に慰められても面白くない」
 案外俺も、美麻さんの事言えないかもしれない。
ガシャンッ!派手な音。窓が割れた。
慌てて時菜が、割れた窓に非常用シャッターを下ろす。
「見えたっ!」
 突然、瑛樹が何かを掴んだ。
今まで飛び回っていたものがピタリと止まって落ちる。
改めて辺りを見回すと、メインルームの中は、足の踏み場も無い程散らかっていた。
「さてと。捕まえたぞ。どうしてやろうか?」
 瑛樹が何かを掴んだまま言う。
事情を知らない人が見たら、瑛樹は悪人にしか見えないだろう。
情けない声がした。
「ゥウウゥゥ」
「なに?さっきまでの力はどうしたんだよ。やっぱ、また千切って欲しい?」
だから、それじゃ、悪役だって……
「ゥウギャ」
「待って、瑛樹くん。プレアビスのこと聞いてみたいわ」
「美麻さんっ!…痛っつーっ」
 十分予想していたことだけに、つい声が大きくなる。止めようとしたら、左肩に激痛が走った。
「陟くんは怪我の手当しなさい。自分じゃ気づいてないのかも知れないけど、ひどい怪我よ。いい?他人の心配は無用。時菜、陟くんの手当お願い。陟くん、これは命令よっ」
 俺は、殆ど無理矢理ベッドルームへ連れて行かれた。
一瞬、脳裏に『女王様』と言う三文字が浮かんだ俺を、誰が責められよう。

三・プレアビス
「陟?」
「ん……」
 呼ばれて目を開けると瑛樹がいた。どうやら俺は眠っていたらしい。
もう、手当してくれた時菜はいなかった。
「大丈夫か?」
「…なにが?」
「いや、うなされてたから」
 夢なんか覚えてない。まあ、そう言われれば恐ろしい夢を見ていたような気もする。(あれっ現実のことだったかな?)頭の中がもやもやしている。
起き上がろうとすると、左肩を激しい痛みが貫いた。
「ぃてっ!」
 一気にもやもやが無くなる。
時計を見た。A.M.3:67。真夜中だ。
「陟、自分が怪我してる事、分かってるか?」
「忘れてただけだっ」
「信じらんない。どうして忘れられる訳?」
 返す言葉も無い。ボーッとしてたら、途端に空腹感が頭をもたげてきた。
「瑛樹……俺、腹減った」
「………。そう言えば、お前、夕食食わなかったもんな。…分かった。何か持って来てやるよ」
「ありがと!」
「……」
 沈黙。
なんか俺、変なこと言っただろうか。
「どうかした?」
「いや、あんまり素直なんで、呆れてただけ」
 ふざけた奴。『素直で感心した』と、素直に言えばいいのに。
「瑛樹はひねくれてんだよっ」
「悪かったね、ひねくれてて」
 瑛樹は直ぐに野菜スープとエネルギー食を持って部屋に帰って来た。
俺は、待ってましたとばかりにそれらを食べる。
「で、プレアビスについて何か分かった?」
「全部分かったよ。原因、理由、結果と三拍子揃ってね」
「あいつは?」
「うん、なんか美麻さんとやたら気が合うらしくてさ、まだ話してる」
「まだって、今も?」
「そぅ、今も」
 最後の一口を…食べ終わる。
「じゃぁさ、教えてよ。そのプレアビスの原因と理由」
 思わずベッドから落ちそうになって、瑛樹に助けられる。肩が痛い。
苦笑しながら瑛樹が呟いた。
「そう言うと思ってたよ」

 瑛樹の話が終わったのは、A.M.7:23。朝食間際だった。内容を要約すると、あいつは宇宙そのものみたいな奴で、人間が滅びたのは、九割が自業自得。あいつは、宇宙を汚す奴や、奇麗な星に住んでる奴を悉く滅ぼしてきたらしい。陰気な奴だな。
 ちなみに左肩の怪我は、打撲プラス切り傷プラス火傷という代物で、全治するに五日もかかった。

    

エピローグ
「起きろっっ」
「うわっ!」
 耳元で大声を出され、俺は飛び起きた。正面で瑛樹が怖い顔をしている。
「…悪趣味な奴」
「居眠りしてるからだよっ!陟が悪い。」
「ほっとけっ。で、何?」
「ショクジノ ヨウイガ デキタ」
 瑛樹の隣でエプロンが言う。いや、言ってるのはエプロンをつけた火香利なんだけど、透明だからさぁ、俺にはエプロンが喋っているようにしか見えないんだよね。
そうそう、火香利ってのは、勿論『あいつ』の事。瑛樹が付けた名前なんだぜ。
実は此奴、美麻さんにやたらと懐いちゃって、気が付いたら仲間になっていた。
結局、何十億年も(兆かな?)独りぼっちで、淋しかったんだってさ。
俺達を殺そうとしたのも、そういうのからの妬みみたいなものだろうって美麻さんは言ってる。
すっかりカドもとれて(元々カドなんか無かったらしいが)今は、かけがえのない?TATのメンバーだったりするわけだ。
いやぁ、世の中不思議だね。こんな結末になるなんて、誰も思ってなかったんじゃない?[不可解だ。作者はこんな結末考えてなかった筈なのに]うん、不思議、不思議。
「あれっ??もうそんな時間?」
「時計見てみろっ」
「うわっ、俺、まだ何もしてねえ」
「六時間もあったのに?」
「………」
 またまた返す言葉が無い。
「ノボル、ナニモシテナイト、ショクジヌキダゾ。ミマニ イイツケテヤル」
「てめぇ……性格だんだん瑛樹に似て来たぞ」
「どこがっ。陟に似て来たんだろ」
「いや、瑛樹だ。俺はこんなにひねくれて無いっ。絶対、瑛樹だっ」
「陟だよ」
「瑛樹だっ!」
「陟!」
「瑛樹っ!」
「陟っ!」
「瑛樹っ!」
「ハイハイ、イイカゲン フタリトモ、テイゾクナアラソイハ ヤメロ。ワレハ ドチラニモ ニテナイゾ」
「………」
「………」
 TATの中は、相変わらずである。
旅はまだまだ続く。

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