幻夢雲



四・錯誤
 始めに見えたのは、真っ白な天井。それから、自分が寝かされている淡い緑の寝台。
そして……床に倒れている人。
「な、どういう……こと?」
 私は、確かにあのとき『落ちた』のに。
何処も痛くない。
起き上がってみる。
あのときのままの服装。
わからない。何があったのか。
「うそ……なんで……?」
 倒れているのは、あの、変態産婦人科医だった。
「……あ、よか…た。気がつい…た、ね」
「きゃ……」
 軽く瞼を綴じたまま、変態産婦人科医が突然、呟くように言った。反射的に私は後ずさりする。
「お…い、おい、俺はバケモノじゃな…いぜ…。ちょっと…身動きでき…ない…だけなんだからさ」
 そんなこと言ったって、不気味よ。ものすごく。
しかもこの変態、仰向けになっているのよっっ 冗談じゃないわ。あんた、何者よっ
 私は、寝台の上から変態を見下ろしていた。
 変態は、微かに目を開けると、起き上がろうとしたらしい……のに、震えているだけで起き上がらなかった。
そして、その時になって私は、初めて気がついた。
変態の…彼の 呼吸 が、乱れていることに。
呼吸? そう、あれは呼吸。ミューニタストに空気なんて……必要ないのに。
 そりゃ、呼吸器官はかなり退化したけど、体内にあるわ。でも、それは、放射線物質皆無の時に、辛うじて生きられる程度しか、働くことがないって……呼吸するのは、生まれたばかりの子供くらいだって……どうして?
「……あの…さ」
 床から彼が何か言った。
「え? 何?」
 私が寝台から降りて近寄る。
「頼ま…れて……くれな…い…かな? あ…の、収納…棚の…一番う…えのトコ……」
「え?」
「カプセル…剤…あるんだ……持って…きて」
 私は、後方を顧みた。左手の隅、壁に埋もれた収納棚がある。その一番上には、広口瓶に入ったかなりの数のカプセル剤が、置いてあった。
「幾つ?」
「ふた…つ」
 呼吸が更に荒くなる。
何がなんだか分からないまま、私は大急ぎでカプセル剤を手に取り、彼の元へ持って行った。
「悪い…けど……飲ま…せてくれない……?」
「の、の、飲ませるって……」
 冗談じゃないわよ。口移しなんて言ったら、もう、私は見捨てて行くからっ
「勘…違い……するなよ……。口…の…中に、入れ…て…くれれ…ば、いい…っ…て」
 何よ、それが人に物を頼む態度? 
「まあいいわ。何だか、大変そうだから」
「……?」
「何でもないわよ。入れればいいのね」
 私は、彼の口の中にカプセル剤を放り込んだ。……かなり乱雑に……
「んぐっ…………」
 ……沈黙。しばらくして。
「人が目の前で苦しんでいるときくらいは、優しくしてくれよっっっ」
 怒鳴りながら彼はいきなり立ち上がり、ふらりと蹌踉めいて、すとんと座った。
……不本意だけど、可愛い。まるで、陟みたい。
「そんな事より、私は、どうしてここに居るのか説明して欲しいんだけど……ねえ、あなたって、病気持ちだったわけ?」
「? 何で?」
 座り込んだまま、彼が言った。
強引で、どうしようもない変態だと思っていたのに、なんか、変だわ。
どうして、こういう無邪気な表情ができるわけ?
  「だって、さっきの醜態は何よ」
「ああ。別に……俺は至って健康。でなけりゃ、宇宙研究所でなんか、働けないって。さっきのはねぇ……ちょっとした……俺の不注意で起こった、言っても分からないだろうけど、『放射欠乏性疾患状態』というのに陥っただけだよ。釐鯊ちゃんが今、放り込んで下さったカプセル剤は、かなり強力な栄養剤。お陰様で、俺はこのとーりっ」
 そう言って、今度はしっかり立ち上がる。
「さて、と。じゃ、助けてあげたお礼をしてもらおう」
 意味ありげに微笑むと、素早く……そう、私が気づいたときには、もう……唇が離れていた。
本当に一瞬。
でも、確かに触れ合った感触が残っていて……。
私は、呆気に取られてしまって、かなり長い間、茫然と立ち尽くしていたような気がする。
「おい、釐鯊ちゃん? 大丈夫か?」
「……。だ、大丈夫なわけないでしょっ 何するのよ、この変態っ」
 やっと立ち直った私が怒鳴ると、彼は……ううん、変態はキョトンとした表情で、つまり、何も分かっていませんと顔に書いて、言い返してきた。
「どうしてそこで、俺が変態になるんだ? 俺は、ただ自分の気持ちに素直なだけなのに」 
なんて奴……。
「それが、変態って言うのよ」
「ひどいなぁ。命の恩人に向かって、そういうこと言う訳?」
「あなたに助けられた覚えなんてないわ」
「あ……っそ。じゃ、好きにすれば」
 当たり前よ。そもそも、恩人は、私の方じゃないの。
 私は、出口らしきドアに向かった。
「無理だよ。第一、ここが何処かも知らないくせに」
 ! そうだわ。私、ここが何処か知らないんだ。
窓から見えたのは、空だけだし。悔しいっ。
「ここ、何処よ」
 かなり無愛想に、私は振り返って尋ねた。変態は、楽しそうに微笑みながら、寝台に座る。
答えない。
「答えてよっ」
 こういうのって、大嫌い。
「俺のこと名前で呼んでくれたらね」
 何ですってっ。よりによって、交換条件。付き合っていられない。ここが何処だろうといいわ。そもそも、地球を歩いて一周した人だってかなりいるんだから。たとえここが地球の裏側でも、なんとかするわよ。
 私は、今度こそ外へ出ようとした。
ところが……ドアは開かない。意地になってドアを開けようとしたら、後ろでクスクスと忍び笑いが聞こえる。
「だから無理だってば。ボイスロックシステムって、知ってる?」
「知ってるわよ。ここに使ってあるのね?」
「大正解。しかも、それは俺の声じゃないんだな。俺の友人の声なんだ。おまけにそいつは、まだ三〇〇光年の彼方にいたりする」
 ボイスロックシステム。
まさに、文字通り。特定の音声の命令しか聞かない無機物頭脳によって成り立っている防犯システム。
開発者は、陟。まあこれは、企業秘密で家族しか知らないことだけど。
唯一の欠点は、当事者が死亡した場合、破壊しない限りシステムは止まらないということ。
その破壊も、並大抵の者ではできない。実は、唯一システムを破壊できる音声が、陟の声なのだから。
「それじゃ、どうやってあなたはここに来たのよ」
「名前で呼んでくれなくちゃ、教えないって言ってるだろ」
「教えてよっ」
「やだね」
 むかっ なんて奴なんて奴なんて奴っ。
本当に一八歳? これじゃ、陟よりたちの悪いガキじゃない。
 暫し、私たちは睨み合った。私は忌ま忌まし気に。彼奴は楽し気に。
先に目をそらしたのは、彼だった。
「わかったよ。ふざけ過ぎた」
 そう言って立ち上がると……難無くドアを開けた。友人の声というのは、ウソだった。

五・シグナル
「説明してもらいたいんだけど」
 私は、寝台に座って彼に言った。ホント、この部屋って何のためにあるのかしら。机も椅子もないじゃない。
「何から説明すればいい?」
 彼が、私の隣に座ろうとする。
「ストップッ 隣に来ないで」
「どうして? 俺も疲れてんだよ。色々あったから。もう、あんなキスは、しないって」
 あんなこと……ね。やだ、今頃火照ってきた。あー、関係ない関係ないっ
「分かったわよ。座ればいいでしょ」
「どうも」
 私から五〇センチほど離れて、彼が座った。
「ここは、俺の隠れ家みたいなものなんだ」
 隠れ家ね。確かに、隠れ家には持って来いの場所だと思うわ。人は来ないし、音は漏れないし、ボイスロックシステム装備だし。極めつけ、絶えず雲の上にあるなんて、隠れ家以外の何だというのよ。
「それはいいわ。私は、どうしてここにいるのかが、知りたいの」
 ここから帰るための交通手段も知りたいけど。
「あのさ、釐鯊は体細胞変換って信じる?」
「何よ、いきなり」
 話を逸らさないで欲しいわ。ついでに、いつから私を呼び捨てで呼ぶようになったのかしら。
「とにかく、信じる? 話は、ここから始まるんだ」
 体細胞変換って、現在いろいろと研究され始めている分野よね。体内に蓄積された歴史の流れをどうのこうのって、何かの宣伝でやっていたもの。詳しくは知らないけど。
「判らないわ」
「じゃ、放射線変換は判る?」
 放射線変換? 何よ、それ。聞いたことあるような、無いような……。
「判らないわよ」
 いきなり、隣から大きな溜め息がした。
彼は、右手を額に当てて、何かしら悩んでいるみたい。私、変なこと言って無いわよね。
「教習所行ってんだろ? 一体、釐鯊は何学んでいたんだよ」
 むかっ まるで私が、遊び歩いていたような言い草。
「呼び捨てで、呼んで欲しくないわね」
 馴れ馴れしいったら、ありゃしない。
「どう呼ぼうが、俺の勝手だろ」
「冗談じゃないわよ。呼ばれる方の身にもなって欲しいわね」
「……嬉しいんだろ」
 こ、コイツはっ どういう思考回路してんのよ。私が、嫌がっているのが判らないとでも言うの?
  「話にならないわ」
「あのなぁっ いちいち突っ掛かって、話題を逸らして……話を掻き混ぜてんのは釐鯊じゃないかよ。俺がこれだけ譲歩してんだから、少しはこっちに合わせろよな、あんまり逆らわれると、冗談抜きで、俺何するか分かんねからな」
 少し怒ったような目付きだった。なんか、怖い。
どこかで、危険信号が点滅していた。でも、私は……。
「あんたに合わせろですって! 何処が、譲歩しているって言うのよ。こんなところに私を連れて来て、自分勝手に振る舞って 譲歩が聞いて、呆れるわ」
 言葉が止まらなかった。自分でも、何を焦っていたのか、恐れていたのか、判らない。
言っちゃいけないと思いつつ、それでも……。
「そもそも、私を助けたとか言ったって……」
 不意に、彼が飛び掛かって来た。私は、かなり強引に寝台に押し倒される。
「俺は、ちゃんと忠告したんだからな。それを無視したのは、そっちだ」
 目の前に、すごく真面目な……それでいて殺気だった……モスグリーンの瞳。
なのに、私の言葉が止まろうとしなかった。
「何が、忠告よ。ちょっと、離してよっ」
 不敵な笑顔があった。静かな声が囁く。
「知ってるか? 歯止めの効かなくなった異性を黙らせるには、思いっきり引っ叩くか……」
 殺気が、何かに変わっていく。熱っぽい瞳の輝き。それは……。
「ちょ……。や……」
 嘘でしょ? ちょっと、ちょっと、どうして動けないのよっ 何で、近づいてくるのよっ。何で、目を綴じるのよっっ いつの間にか、鼓動が速くなる。
 彼が『その場で押し倒す』と言いながら私の口を塞いだ。
私は、それが悔しくて……何でか判らないけど、とっても悔しくて、涙が溢れた。
 唇が離れると、腕を掴んでいた手が離れて、私の両脇に置かれる。
「ごめん……」
 正面に、バツの悪そうな表情があった。
「ウソつき…」
 もうしないって、言ったのに。
「うん、そうだね」
 妙に優しい声。寂しそうな瞳。
「……大嫌い」
「うん、ごめん」
 そう言いながら、私を抱き起こす。
「病院の中庭まで送るから」
 私が微かに頷くと、一瞬、目眩がして……
私は、一人で座り込んでいた。以前、彼と初めて出会った廊下の見える、総合病院の中庭で。

六・思い
 陟の退院日。
私は、屋上で空を見ていた。雲だらけの空。その向こうにあるのは、危険と希望が鏡合わせに存在する宇宙空間。私は、いつかあの世界へ行きたい。技術士として。
そういえば、あの人、何にも知らなかったんじゃないかしら。『宇宙研究所って知ってる?』なんて、私に向かって言った人だものね。私は、来月から研修生として、宇宙研究所へ行くことになっているのに。
 あれ以来、私は例の産婦人科医に会うことが無かった。陟も、会っていないみたい。
でも、陟には瑛樹くんと言うお友達ができたから……。
不思議よね。あの子達って、やること成すこと全く違うのに、気が合っているんだもの。
どうして私も、陟みたいに素直になれないのかな。
 もう一度、会いたかった。
そして、聞きたかった。
どうやって助けてくれたのか。
どうしてあの部屋に入れたのか。
本当は、中庭に送ってもらった時から、何となく、分かってる。
でも、説明して欲しかった。あの声で。それに、あの時、すごく悔しかった。悔しかったけど……嫌じゃ無かった。それも、どうしてか教えて欲しい。
もう一回会えば、自分の気持ちに向き合える気がしていた。
「姉さん、行こうよ」
 いつの間にか、陟が隣に来ている。私は曖昧に答えて、空を見続けた。
雲がだんだん途切れて透き間から陽光が差し込む。
「ねえったら、ねえっ」
「あ、ごめんごめん」
 手を引く陟に向き直った。ふと、視界の隅に、影が映る。出入り口の裏側に誰かがいるみたい。
「ねえ陟、先にママと行ってて。人と約束があるの。あとから帰るわ」
「わかった。じゃ、先行ってるね」
 陟の後ろ姿を見送って……ごめんね、また嘘ついちゃった……。
 私は、以前『落ちた』ことのある腐食したテラスの一歩手前に立った。
空を見ながら一歩、踏み出す。
無謀かしら? そう思ったとき、足元が揺れた。
「わっ! 馬鹿っ!、あぶないっっ!!」
 後方で声がして、私が振り向くのと、足元が崩れるのは、殆ど同時だった。
風、目眩。
「釐鯊には、学習能力がないのかっ 何考えているんだよ……ったく」
 次の瞬間、私は屋上に戻ってた。
それも、かなり中央部に。
「こうでもしなけりゃ、出て来てくれなかったくせに、よく言うわよ」
 上目使いに見上げると、驚いたように、彼が言う。
「まさか……知ってた?」
「当たり前でしょっ 毎日毎日、人のこと付け回して、何考えてるのよ。どうして、目の前に現れないわけ? こっちが近づけば、さっさと消えちゃってっ! 説明してよね」
 何か、涙が勝手に……。
「どうして……」
 困惑した表情で、私を見下ろしている。
「知らないわよ、私だって。全部あんたの……………武司のせいなんだから……どうしてくれるのよ、責任取ってよっ」
 判らない。私だって。
とんでもない奴、へんな奴と思っていたのに、一体、いつから?
 でも、そんなこと関係ない。
「……もう、完全に嫌われたものだと思ってた……俺って、ものすげー馬鹿かもしんないな。気づかれてるとも知らずに、付け回したりして」
「馬鹿よ。大馬鹿っっ」
  「お、おまえ、仮にも年上に向かって……先輩に向かってそういう事を……」
 先輩? 
「どういうこと?」
 彼は、嬉しそうに微笑んで言った。
「くじ引きで、クラス研修生の世話係になったんだよ。男子が五名、女子1名だっけ?」
「それって、私……」
 帰って来た返事は、抱擁だった。

 武司の隠れ家。
「だから、細胞内に蓄積されている放射線を六〇パーセント発動させて、細胞そのものを光化学反応と放射線変換で光粒子と同じレベルにまで高めて、光粒子と同速度で好きな場所に移動するんでしょ?」
 私が一気に言うと、呆れた声が答える。
「釐鯊……。今の言葉、本当に意味判って言ってんのか?」
「違う? あと、これを二回連続させると、細胞内の放射線が皆無になっちゃって、放射欠乏性疾患状態に陥る。これを治療するためには、特殊に作られたカプセル剤が必要」
「……理解してないだろ?」
 ぐさりとくるわね。
「当たり前でしょ。武司が言った通りに記憶しているだけだもの」
「あー、やめだ、やめだ。釐鯊は一夜漬けで何にでもなれるよ。資格試験の一時間前にやれば十分だ」
 そう言って武司が、寝台に寝転ぶ。
「何のための世話係よ」
 隣に座っている私は、武司を見下ろす格好になってしまう。
「世話係は、昨日で終わりっ つまり、俺にはもう何の義務もない」
 腕枕をして、目を綴じる。
「試験は明日なのよ。技術班に入れるか、運搬班に流されるかが、明日で決まっちゃうんだから」
 私は、真剣なのに。
「俺としては、運搬班に来て欲しいんだけどね。……技術班の何処がいいんだか」
 ああ、だから非協力的なんだ。
「だって、年中一緒にいたらつまらないじゃない」
「今年一年は、一緒だっただろ。つまらなかったか?」
 武司が片目を軽く開いて、少し心配そうに尋ねる。まさか、傷ついたとか……。私は、しみじみと答えた。
「そうねぇ。毎日毎日、つまらなかったわ」
 本当は、そんなことなかったけど。
「嘘ばっかり。どっちが嘘つきなんだか。大嘘つきの猫かぶり娘のくせに」
 安心したように、再び目を綴じてしまった。もうっ すっかり性格見抜かれちゃったみたい。
「それ、いつの話よ?」
「さあ? 一体、陟を何年間騙し続けられるか見物だよな」
 ずき……。かなり罪悪感たまっているのに。
きっと、死んでも死に切れないわ。何か一つぐらい、まともな約束守ってあげないと。私が考え込んでいたら、武司が呟いた。
「釐鯊ってつくづく陟には目が無いんだな」
「それって、ヤキモチ?」
「………。そうか、そうだったのか……。こういうのを、ヤキモチと言うのか」
 今更、何をわざとらしく……。私は、無視して必要事項の暗記に徹する。
「ねえ、釐鯊」
「何よ。邪魔しないで」
「もしも子供ができたりして産むときには、俺が取り上げてあげるからね」
「 ……。いい加減にしてっ」
 どうしてこんな奴、好きになったんだろう。産婦人科医なんて……

 翌日、私は技術班へ入ることができた。

エピローグ
「武司、今すぐに六次元輸送に行ってくれないか?」
「はい……。で、何を……」
「九年前のAWHDR5・78が見つかったらしい」
「AWHDR5・78……」
「発見したのは、あの美麻教授の船だ。一人だけ身元確認できたといって連絡して来た。当時十七歳、技術班所属の釐鯊……だったかな。既に全員死亡しているそうだ」
「確認したのは……」
「乗組員だろう。行けば判るさ。ポイントはWH.2936 UJS.9674.861.頼んだぞ」
「はい……」
 上官が去った後で、同僚の一人が武司に駆け寄った。
「武司……。大丈夫か?」
「ああ……」
「偶然とは言え、皮肉なもんだよな。なぁ、俺が変わりにやろうか?」
「いや、俺が『迎えに』行く。……偶然なんかじゃないさ。釐鯊が……」
 ふと、俯く。微かな望みが勢いよく断ち切るられたような……。
「おまえが自分よりも大切にした最初で最後の子だよな……。ま、頑張ってこいや」
「……行ってくる」

 そして、私は九年ぶりに武司に会った。



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