絵合月


秋の透き通るような青空の中に、真っ白な月が浮かんでいた。
ふと僕は、不思議な気配を感じて、境内を出る。
紅葉を知らない常緑木々の陰に、一台の見慣れない車が止まっていた。
一人の男が、車外に出て車に寄りかかったまま、火のついたタバコを一本手にしていた。吸っている様子はない。
「火をつけたのに、吸わないのか?」
 つい声をかけてしまったのは、僕が興味をもってしまったからだろう。それほど、その男の漂わせている気配は、異色を放っていた。
 人好きをする、けれど決して人を立ち入らせない、相反する気配。
「え? ああ。タバコは吸わないんです。ただね、たまに、タバコの匂いを嗅ぎたくなるときがあるんですよ」
「副流煙は、体に悪いぞ」
「若いのに、よくご存知ですね。最近、学校で禁煙の授業でも受けましたか?」
 男は微笑むとタバコを携帯灰皿に押し込んだ。
 見た目には、僕は高校生くらいにしか見えない。この男から見れば、僕はごく普通の子供だということなのだろう。
そんな反応が新鮮で、僕は男の様子を眺めた。
「綺麗な青空ですね。うつろいやすい秋の空…ですけどね。あ、あんなところに月も出ていますよ」
 月を見つけたことが嬉しかったのか、男は空から目を離さずに言葉を続けた。
「真っ白で、美しい月ですね。僕は昼間の月が大好きなんですよ。なんだか、負けずにがんばっているという気がしませんか?」
 僕は、答えようもなく一緒に月を見上げた。
 男の腕時計が、かすかな電子音を響かせる。
「あ、休憩時間終了だ」
 男は車にいそいそと乗り込んだ。僕に向かって微笑んで、エンジンをかける。
人懐っこく相手に安心感を与える笑顔。けれどそれはまた、妙な違和感を含んでいる。
「また、逢うことになろう」
 僕のかすかな言葉は、男に届かなかっただろう。けれど、僕の発した言葉は、神の言葉。真実になる。
男を乗せた車は、滑るように遠ざかっていった。



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