可惜月


月は時によって大きさが変化して見える。
色の変化も然り。
どれもこの時代では、科学的な解説が為されている。でも、僕には必要の無いことだ。
良い夜。素晴らしい月。
いつまでも眺めていたいような良月のことを、過去の人々は、惜しむ気持ちをこめて可惜月と呼んだ。
惜しまれる月。
月が少しずつ確実に遠ざかってゆくことを人々が知ったのは、ごく最近のことだ。
月は、この星から遠ざかっている。
それはつまり、今日となにもかもまったく同じ『月』は存在しないことを意味する。
「………。なあ、夜見。これ本当か?」
真樹が指差した雑誌の文字。
『月は一年間に3m30cm地球から離れていく!?』
「そのようだな」
昔は、もっと月が近くにあった。だから、月の力に気付く人々も多かった。だが、今は……。人々は、月が海や大地や人々に及ぼす力が見えなくなってしまったようだ。
「それって、いつか…月が無くなる日が来る…ってことか?」
ためらいがちな声。真樹の葛藤が見える。それでも僕に聞かずにはいられなかった、ということだろう。
「少なくとも、真樹が生きている間は大丈夫だ」
「俺のことはどうでもいいんだよ。問題は、夜見だろ。……どうなるんだ?」
きっと、月の力がこの地上から消えたら、多くの生命が絶えてしまうだろう。
海を筆頭に、月は多くの生命の源を担っている。
「誰にでも何にでも、最後はあるということだよ。どうなるかなんて、僕だって知らないさ。そこまで先見する気にもならない」
「そっか……」
やけに遠く見える欠けはじめた十六夜の月を、僕は真樹と眺めた。



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