暁月


早朝のまだ冷たい風が、桂樹の若芽を揺らした。
夜明けまで空に残った月は、朝日を浴びて雲の中へ溶け込もうとするかのように見える。
暁に染まった空に浮かぶ月。
月が運ぶ時のめぐり。
時間の輪。
時が過ぎていくことを、人々は「月日が過ぎる」と表現した。
そう、時間を紡ぎ出していくのは月と太陽。
暁の月は出会い。太陽と、日の一族との、時間。
『これは、月の君。今日も一層と儚げなお姿ですこと。今にも消えてしまいそう』
鮮やかな気配が、風に流れていく。
「今の、何?」
真樹が怪訝な表情で、朝風の去った方を振り返った。
彼に風の声が聞こえたはずは、ない。
「…僕をからかいにきた風だよ。何か聞こえたか?」
「うーん、聞こえたような気がした、っていうのが正しいかな。忍び笑いみたいだった。でも、嫌じゃなかった」
「朝日を浴びた風の、ちょっとした悪戯だ。気にするほどのことでもない」
頭上を見上げる。と、暗かった空が、深く吸い込まれるような青に変わっていく景色が映った。
月に空を青く染め上げる力はない。月が空を染める必要はない。
「さーてっ、眠気ざましに早朝マラソンでもやろっかな」
「また唐突だな。どうした?」
「ああ、空見ていたらさ、なんとなく運動したくなったんだよ。夜見も走る?」
太陽が染めた世界は、人々に活力を与える。僕の次期斎主も例外ではない。
「僕はそのうち眠る身だ。遠慮しておくよ」
月の光が弱まれば、僕もその影響を強く受ける。
ここでいつまでも静かに佇んでいたい気分だ。
暁の光の中、元気に駈け出していく真樹の後ろ姿を見送り、僕は両手で自分をきつく抱きしめて目を閉じた。



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