大石金子地区東側 目の前に蓼科山が白く光って 南斜面のどかな田んぼが広がっています。 生家は雷電が大関の時建てた家、中に入るとすぐに目の前に稽古土俵や、吹き抜けの二階には近隣の住人に見物させるための二階座敷が目に入ります。 奥には囲炉裏のある部屋が、蚕室作りなのか天井板がなくきぬきもあります。 梁が低くて私のような小者でも頭が当たってしまいます、基本農家なので以前は外屋や小屋もあったようで整備する前は、関家の物置になっていたとのこと。
生家へは開館時間内であれば入場無料で入ることが出来ます。 部屋には雷電に関わる品々や記録が展示されている。雷電が履いた、足袋や下駄、手形の押された扇子など置かれています。 急な階段を2階へ上ってみると先ほどの土俵を取り巻くように桟敷席があり、部屋には生家を現在のように修復した際の記録が写真として展示してあります。
この生家は雷電が生まれた当時のものではなく、雷電が大関に出世した後に50両をかけて建て直し、完成したときは村の人たちに集まってもらい大盤振る舞いしたとのこと。 南側入り口近くに 力石(鋤き石)があり、これで体を鍛えたと伝えられています。 老朽化した生家を保存会の皆さんが解体し、再利用できる部材は活かしながら現在の建物に修復をされました 本当にご苦労様でした。
ここには遺髪が埋められたという話なのだが、整備の際には何も出てこなかった。 墓の台石には、雷電手形のレリーフがはめ込まれている。
生家は、昭和59年復元されたもので、一般公開は1984年から。 雷電直筆とされる「諸国相撲控帳」(雷電日記)、「萬御用覚帳」の原本の写しなどもここで保存されています。生家の見学は、午前9時~午後5時までです。 寄付者芳名一覧には 昭和59年12月1日雷電生家復元記念祝典に当たりと之を記す とあります。