誰も語らない

ツーウエイ 雑誌原稿掲載のしくみ

阿智第二小学校  小倉 敬   
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 いったい、どんな人が雑誌の原稿を書いているのだろう。
 雑誌「ツーウエイ」(明治図書)を購入し読んでしばらくするうちに、そんなことを思い始めた。

 きっと、すごい実践をして、有名になった人が目をつけられて書いているのだろう、と思った。

 教え方教室のアンケート欄に、ツーウエイ、トークラインのなどの原稿を書くことを希望されますか、という欄がある。
 私は、始め「とてもとても」と思って丸などつけなかった。

 しかし、何回か教え方教室に参加するにつけ、そのアンケートを目にする。
 ちょっとまるをつけてみようと思った。
 同じ長野の小松先生からも、

書けるから受けるんじゃない。まず受けてそれからかんがえるんだ。

と教えられていた。
 やってみようか、ここにマルをつけたからって、すぐに依頼がくるわけでもないだろうし、なにしろ私など名も無い教師のはしくれ。
 何の実績も無い男だ。
 無理にきまっている。

 そう思ってマルをした。
 ただアンケート欄にマルをするだけなのにどきどきした。


 ある日、ポストに明治図書の封筒が入っていた。
 宛名の横には「原稿依頼」とある。

@まず、原稿依頼の封筒がくるのだ

 中をあけてみる。
 その号の発売日から3ヶ月あまりも先の原稿の依頼だった。
 小倉先生お願いします、という直筆文字が書いてあった。
 中央事務局の桜木さんからだった。
 次の紙には、雑誌の1ページ目から最後のページまでが表になっていて、ページごとに何を誰に依頼するか書いてある。
 そこにはそうそうたるメンバーの名前が並ぶ。
 その中に、私の名前も割り付けられていた。
 さらに別の紙にその号の内容と、その中の部分的な特集内容が説明されている。そして、こういうことについて書いてほしいという説明がある。

 わたしは、若く名も無くこの地に教師とし生きて という内容の依頼だった。

 封筒にはその他にハガキがはいっていて、承諾していただけるのならこのハガキを送ってくださいとなっている。
 宛名は江部満氏になっていた気がする。
 私は迷わず 諾・否の「諾」にマルをした。

 そして次の日に早速投函した。


 しばらくして、また封筒がきた。

原稿の正式依頼がきたのである

 中には原稿用紙と、承諾いただきありがとうございますとかかれた原稿執筆要綱と返信用封筒が入っていた。
 (現在は原稿用紙は入っていない。パソコンでの仕事が増えたからだろうか。)
 
 締め切りはやはり発売日の2ヶ月前くらいだったか。

 その日から、いろいろ書いてみた。
 ワープロの文字数を変えて、いろいろ書いたのだ。

 小説家気分である。締め切りに終われ、原稿を生み出す苦労を初めて味わう。
 五尺六寸五分の小説家は当惑した。
 いいのだろうか、これで?
 「ごむ」と決意し、完成させ、小松先生にファックスで送った。
 しばらくして、いいのではないかという返事を頂いた。
 いよいよ投函である。


またしばらくするとはがきがくる。

原稿料振込先の指定ハガキだ。

 そりゃ確かに依頼は受けたけれど、本当に原稿料を頂いてもいいのだろうか。
 もしかしたら私のつまらぬ原稿などより、もっと良い原稿を書く人のほうが売上も上がったのではないか。
 そりゃ確かに苦労はしたけれど、いいのかな?とも思いつつ、銀行口座を書き込む。
 それも投函する。


 またしばらくしたら、石黒先生から手紙がきた。
 原稿ありがとうございました。というものだ。

ようやく肩の荷がおりた。


 のるはずの前の月のツーウエイを見てみると、自分の名前が印刷されてる。
 


いよいよツーウエイの発売日。

 早速いつものように送られてくる。
 読んでみる。活字になるとまた少し読んだ感じが変わる。
 不思議なものだ。


ところがもう一冊送られてくる。

 これは、著者進呈用ということらしい。


そして、最後に原稿料が振り込まれる。

なるほど、こういう仕組みだったのかと、感嘆したのだった。


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