青鷲のお氣に入り 青鷲の旅行記韓国編
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2001年09月23日 (Sun) .......
韓国大學校の学生さん達と公州・扶餘へ
■黄色い太陽の種の年 電気(3)の月4日 3・夜 の日 |
国立公州博物館・長谷寺・扶餘定林寺・扶餘城址を
ハン先生が解説してくださって、
韓国教員大學校の学生さんとともに、まわりました。
高句麗のあった公州や扶餘は
大和時代に日本と韓国とのつながりを感じる事ができました。
ハン先生のお話は、大変わかりやすく、
韓国と日本がお互いにもっと知り合って、
平和な関係を築いていく事を願っていらっしゃる事が
言葉の端々に感じられて、
一つ一つのお話が染み込んでくるようでした。
  
国立公州博物館の前:儒教が盛んになった時には、廃仏毀釈が起こり、石仏の頭が落とされています。
長谷寺は、谷をバスで奥へ奥へ走っていったところにあるお寺でした。
寺院は、山の奥のほうにあり、
信仰の対象なので、観光客はほとんど訪れないとのことでした。
大極殿の中では、五体倒置しながら、祈る人々が経を唱えながら静かに祈っていました。
本堂にあたる大極殿が二つある珍しいお寺でした。
また、象の皮の太鼓、雲板、木魚、梵鐘が
一つの楼に入っているのもおもしろかったです。
唱えられるお経は、韓国語なのですが、
日本のお経に似た感じがしました。
植村先生のお話だと、3つの音で構成されるお経だとのことでした。
象の皮の太鼓 木魚
 長谷寺
  
お昼は大川海水浴場へ行ったたのですが、
大きなリゾート地で、大変清々しかったです。
泳ぐ時期ではないとのことで、
バギーカーや馬車で、走っている人たちでにぎわっていました。
 
 バギーや馬車で…
  
 
海です。後の方には、食堂やリゾートレストランが並んでいます。
昼食は韓国風の刺身だったのですが…
はじめに出ていたたくさんのお惣菜や焼き魚、
刺身の後に出てきた鍋はサービスとのことで、
韓国の方々のもてなしの考え方や懐の深さを感じました。
日本の懐石料理とは考え方が、随分ちがいます。
前菜:これはすべてサービス。
お刺身
韓国では、これをキムチ・辛味噌と一緒にサンチェにのせて、巻いて食べます。
刺身を取った魚のあらの鍋:これもサービスです。
扶餘では、定林寺のバランスの整った五重の石塔と
石仏を拝見しました。
表からは男性的に、裏からは女性的に見えること、
陰陽や儒教の考え方についてわかりやすく話してくださる
ハン先生のお話は、どこにいっても変わりません。
  
扶餘定林寺跡:五重塔と石の大仏の大仏殿

石の大仏のお堂を改修工事中:足場が組んである中も覗くことができました。
扶蘇山城(フヨサンソン)の落花岩(ナクファアム)と
皐蘭寺(ゴランサ)へも連れていっていただきました。
  
戦の際に、官女達が身を投げたという落花岩(ナクファアム)で、
ハン先生がおっしゃった事も印象に残りました。
ヘーゲルは、歴史から学ぶ事はないといったけれど、歴史から学んでいきましょう。
悲しい歴史を経てきた韓国と日本ではあるけれど、
ともに見聞きしながら、お互いの歴史のつながりを知っていくことで、
理解を深めて、さらにつながりを深めていきましょう。
哲学が御専門とのことでしたが、歴史について、文化についても、大変造詣の深いハン先生でした。
  
 
扶蘇山城を出たのは、午後7時を過ぎていて、
韓国教員大學校の宿舎についたのは、午後9時を過ぎていました。
その後、歓送宴を開いていただき、遅くまで話はつきませんでした。

韓国ヘ員大學校の学生さん達による≪ノルサランへ(I Love You)≫の歌
Last Update 2003.7.12.Web作成:N.K.Eメールはこちら |
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