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ちっちゃいのとおっきいの
 
「ティナ、俺と一緒にメロディランドへバイトしに行こう!」
「は、はい。私でよければ…」
 そうして二人が出かけて行ってしまうと、残された三人にはする事がない。
「なんであいつ、全員バイトに連れて行かないのかしら?」
 宿のテーブルに頬杖をつきながらのリラの言葉に、
「みんなを疲れさせると旅に差し支えるから、順番に休ませようとか思ってるんじゃないの?」
 そのテーブルの上に乗っているフィリーが答えた。が、リラはその言葉には納得がいかないらしい。
「その割には、あたしが連れて行かれることがやけに多いと思うんだけど」
 リラほど器用にバイトをこなすメンバーは他にはいない。だから彼女がパーティの稼ぎ頭になり最も多くバイトすることになるのは仕方のないことなのだが。「第一、疲れが差し支えるって言うんなら一応リーダーのあいつが毎回出かけて行くこともないんじゃない? それに…」
 そこまで言ったリラは、テーブルの上のフィリーをじとーっと見ると、続けた。
「全っ然働いてないヤツだって、ここにいるし」
「仕方ないじゃないの、あたしにできるバイトなんてそうそうないわよ」
「はいはい。いいわねえ、ちっちゃいと言い訳に困んなくて」
「なっ…! なによそれ!」
 そもそも、リラとフィリーはさほど仲が良くない。というより、悪い。ついこの間も、セイート鳥を探すために潜ったダンジョンの中で強風に吹っ飛ばされそうになったフィリーをリラが受けとめもせずに避けたせいで一悶着あったばかりだ。
 そんな二人を後目に、黙々と自分の荷物の整理をしていたもう一人は、
「じゃ、行ってきます!」
 整理の終わった荷を背負い元気よく二人に声をかけたが、
「大体ね、最初に見たときからなーんの役にも立たないなって思ってたのよ!」
「こんなにキュートで可愛いあたしにその言いぐさは何よっ! 大体ね、誰のおかげで迷いもせずに目的地に行けると思ってんの!」
 どうやら二人はそんなことには構っていられないほどエキサイトしていらっしゃるようだったので、いつもの通り苦笑すると、ドアを閉めた。
 
 そのほんの少し後。
 あともう一人のメンバー・メイヤーは、郊外の遺跡の入り口に立っていた。彼女の行くところなぜか必ず遺跡がある。いると必ず雨が降る女性が「雨女」であるなら、いると必ず遺跡がある彼女はさしずめ「遺跡女」といったところだろうか。そして雨女同様、彼女も周りの人々にちょっと嫌がられている節はある。
 そんな遺跡女メイヤーが今回目を付けたのは、一枚の鏡だ。どんなものかは資料にした古文書の傷みがひどくてまだわからないが、今まで解読されていなかった資料なのでここにあることは間違いないだろう。
 こうして遺跡調査に行くことを、皆快くは思っていない。それだけ本筋の冒険が遅れかねないからだ。数日前にもメイヤーはパーティ全員を別の遺跡の調査に連れ出し、皆に迷惑をかけている。さすがにメイヤーもそろそろ皆に悪いなー、とかいう気もしていて、先日の調査が終わったときには魔宝探索の旅にしばらく専念すると約束しもした。しかし、格好の調査対象を目前にしてメイヤーが黙っていられるようであれば、誰も苦労などしやしない。近頃ではメイヤーも気をつけているようだったので、皆も迷惑がかからない限り調査には目をつぶることにしていたのである。
(本当でしたら、リラさんにご一緒していただけたらよかったのですが…)
 遺跡の中には古代人が仕掛けた罠などが生きていることがあるので、シーフであるリラが一緒に来てくれるならかなり心強い。無論、メイヤーは今まで、何度もリラに声をかけている。が、リラが応じたのは最初の一回だけだった。遺跡の中で発掘した美術品を売ろうとしたリラを、
「それは貴重な資料なのですっ!」
 と、メイヤーが止めてしまったためである。それ以来何度頼んでもリラは手伝ってくれず、さすがのメイヤーもこのごろでは諦めている。それに、例えリラに手伝ってくれるつもりがあっても、先ほどのフィリーとの様子を見る限り今は無理だろう。いくら遺跡調査をお目こぼししてもらっているとはいえ、それもバイトが終わるまでのことで、たぶん今日一日、どんなに長く見積もってもせいぜい二日か三日といったところだ。メイヤーにはリラとフィリーの仲介をしているヒマはなかった。
(あのお二人も、あそこまでいがみ合わなくてもいいでしょうに…)
 当の本人たちは決して認めたがらないだろうが、メイヤーをはじめ他の人から見れば、結構二人には相通じるところがある。それだけに、磁石の同極のように反発しあってしまうのかもしれないが。
(お二人とももう少し相手の立場に立ってみればいいのですよね)
 結構人のことは言えないことを考えながら、メイヤーは遺跡の奥に進んでいった。心配していた罠も、メイヤーの技術で何とかできるものばかりであった。さほど危険な目にも遭わず…無論モンスターくらいは生息していたが、高い魔力を誇るメイヤーの敵ではなかった…ほどなく遺跡の調査はおおかたが済み、残すは宝物庫ばかりとなった。意気込んでメイヤーは、宝物庫の扉を開けた。
「あー…あ…」
 思わず声に出して、メイヤーは落胆してしまう。
 モンスターが住み着いている遺跡ではよくあることなのだが、宝物庫は彼らに散々に荒らされてしまっていたのだ。いったんはがっくりと肩を落としたが、それでも気を取り直し、メイヤーは瓦礫の中を歩き始めた。
「ん?」
 そんな中、メイヤーの持つ明かりを何かが反射した。急いで駆け寄ると、瓦礫の中に一枚の鏡が、奇跡的にほとんど傷も付かず埋もれている。
「これは!」
 あわててメイヤーは、背負いカバンの中から資料の写しを取り出し、その鏡と見比べた。そしてそれが探し求めたものに違いないことを確信すると、
「やりましたーっ!」
 鏡を高々と掲げ、その場でくるくると踊りだした。そうしてひとしきり喜びの感情表現を済ませると、メイヤーは改めてその鏡をまじまじと見つめた。すると、ここに来る前に解読した資料と同様の文字が刻印されている。それを読んだメイヤーはニヤリと笑みを浮かべる。
「相手の立場に立つことは、大切ですよね」
 
「ティナ、せっかくだから遊園地へ遊びにいかないか?」
「はい。誘ってくれて嬉しいです」
 そうして二人が出かけて行ってしまうと、また例によって残された三人にはすることがない。
「なんだかこの頃あいつ、ティナといつも一緒ね」
 やっかんでいるというよりは呆れているようにリラが言うと、テーブル一杯に資料を広げたメイヤーが苦笑しながら応じた。
「この間、ティナさんは体調をくずしたばかりですからね。元気づけてあげたいんじゃないですか?」
「なるほどねえ」
「さて。では私は、博物館へでかけてきます」
 メイヤーは資料をカバンにしまい込み立ち上がった。
「そういえば、この間また遺跡に行ったんだったっけ」
「はい。前の街では買い出しから戻ったらティナさんが寝込んでましたからね、それどころじゃなかったんです。この街に博物館があるのは願ってもない幸いでしたよ」
「またいつもみたいに時間を忘れるんじゃないわよ」
「ご心配なく。だから今こうして急いでいるんです。博物館は閉館時刻が決まっていますからね、それまでに少しでも調べものを済ませないと。では」
 軽く手を挙げて出ていくメイヤーの後ろ姿を見送ったリラは、しばらく見るともなしに窓の外を見ていた。すると、街の様子を見ていたフィリーが窓から帰ってきた。
「ただいまー」
「のんきなもんね、散歩?」
「何よ、あたしは買い出しとかするとき困らないようにって、お店の場所とか見てきたの。あんたこそ何もしてないじゃないの」
「あたしはあんたと違って、モンスターとかともちゃーんと戦ってんの。休息ってやつも必要なのよ」
「まったく、ああ言えばこう言う…あら?」
 いつものようにリラと言い争っていたフィリーはふと、リラの背後のテーブルの上に見慣れぬものを見つけた。
「何これ?」
「え? 何って…あ。バっカねぇ、メイヤーったら調べものするとか言って、肝心のお宝忘れてってんじゃないのよ」
 それは、メイヤーがあの遺跡で見つけた鏡だった。リラは何気なく手に取ると、のぞき込んでみる。金属を磨いたシロモノであるらしく、今普通に使っているものに比べると自分の顔はぼんやりとしか写らない。
「みとれるほどいい女でもないでしょうが」
 言いながら、フィリーはテーブルに降り立った。鏡をはさんでリラと向かい合う格好になる。
「あら? 何これ?」
 鏡の裏をのぞき込んでいたフィリーは、そこに小さなつまみのようなものがついているのに気づいた。好奇心に駆られ、軽くそれを引っ張ってみる。と…、
「あ」
 ぽろ、と鏡の裏側が、簡単に外れてしまった。
「あーっ! 何てことすんのよ!」
 思わずリラは血相を変えてフィリーを怒鳴りつけた。古代の神秘に関することに対するメイヤーの愛と情熱は異常だ。せっかくの発掘物を壊された、と知れば、彼女は愛しい恋人を傷つけられたかのように怒り狂うことだろう。
「し、知らないわよっ! こんな簡単に壊れる方が悪いのよ!」
 弁解じみたことを言いながらも、暴走メイヤーが恐いのだろう、フィリーの声もうわずっている。
「あんたがいじったりしたのが悪いんでしょ!」
「何よ! 人のせいにする気!?」
 醜い責任のなすりあいを始めた二人は、だから、部屋の入り口にいるもう一つの人影と、
「・・・・・・」
 その人影がつぶやくように唱えたあやしい呪文のような言葉には、全く気づかなかった。
「うーっ」
「うーっ」
 リラとフィリーが、そのままキスでもしかねないほど顔を近づけにらみ合っていると、
 カッ!
 突如、二人の手元の鏡が閃光を発した。
「なっ!?」
「何よこれっ!?」
 閃光はすぐに部屋を満たし、二人は為す術もなくそれに飲み込まれた。
 
「うー…ん…」
 ほどなくしてフィリーは目を覚ました。ぼおっとしたまま周囲を見回すと、なぜか問題の鏡がさっきよりもずっと縮んでいる。そして、にらみ合っていたはずのリラの姿はどこにもない。
「あー、ヒドい目にあった…。やっぱりメイヤーの発掘物にかかわるとロクなことになんないわねえ…」
 意識がはっきりするとすぐ、フィリーは、何かがおかしいことに気づいた。テーブルに椅子、ベッド、窓にドア…鏡だけでなく部屋にあったすべてのものが縮んでいるのだ。天井も低くなっているし、部屋全体も狭くなっている。
「なに、これ…?
 ちょっと、リラ! どこ行っちゃったのよ!」
「んー…。フィリーこそどこよー…」
 やけに小さなリラの声が、どこからか聞こえてきた。それを頼りに、フィリーがかがみ込んでテーブルの下をのぞき込むと…それは彼女にとって初めての体験だったが…、そこには、リラが、まだぼーっとした顔のままこっちを見ていた。そして、彼女の大きさは…まるで、ぬいぐるみだった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 しばらく、二人はそうしてただ黙ったまま見つめ合っていたが、やがて二人で全く同時に、
「どえぇえぇ〜っっっ!!??」
 驚きの叫びをあげた。
「リラ! あんた、なんだってそんなにちっちゃくなっちゃったのよっ!」
「フィリー! あんた、なんだってそんなにでっかくなっちゃったのよっ!」
 が、次に叫んだ内容は、二人で全く正反対だった。
「あたしがでっかくなったんじゃなくて、あんたがちっちゃくなったのよ!」
「あたしがちっちゃくなったんじゃなくて、あんたがでっかくなったのよ!」
 互いへの返答としてまた正反対のことを言うと、二人は黙り込み、互いに相手をじっくりと観察してみた。
 フィリーは…。
 かなり背が伸びている。周りの家具の類の大きさが変わっていないとすれば、160cmを超えているだろう。それと同時に、頭身も今までの3頭身から6頭身になっている。服装は変わっておらずそれが少し風変わりではあったが、少し長めの水色のボブと深い青の瞳が魅力的な妖精…いつものような「ピクシー」ではなく「フェアリー」…の少女になっている。
 一方、リラは…。
 フィリーとは逆に、かなり大きさが縮んでしまっている。頭身も3頭身になってしまい、ぬいぐるみかマスコットのようだ。宝箱の上に座って地図か何かを見ているのがお似合いかもしれない。
 つまり…、
「大きさが入れ替わってるっ!?」
 事実に気づき、二人は互いを指さして大声を上げた。そう、どちらかがでっかくなったりちっちゃくなったりしたわけではなく、フィリーがリラの大きさに、リラがフィリーの大きさになってしまっているのだ。
 二人はしばらくパニックに陥っていたが、ほどなく原因に思い至り、二人で対策を練ることにした。
「…とにかく…メイヤーを探すことよね」
 と、椅子に座ったフィリー。
「あの鏡が原因なのは、間違いないもんね」
 と、テーブルの上に立つリラ。
 …すごい違和感である。が、二人はあえてそれを無視した。
「さっき、調べものがどうとかって言ってたけど?」
「ああ、メイヤーはこの間の調査の成果について博物館で調べるつもりなんだってさ。けど、肝心のお宝忘れてったんだから、すぐ戻って来るんじゃない?」
「メイヤーのことだから、別の資料に没頭しちゃったりするかもよ?」
「ありえるわね…」
 二人はしばらく顔を突き合わせていたが、やがてフィリーは決然として立ち上がった。
「しょうがない、博物館まで行ってみるわ。さっき場所は見てきたし」
「あたしも…」
 言いかけたリラをフィリーが制す。
「入れ違いになったら困るでしょ? あんたは留守番してなさいよ。そうじゃなくたって足手まといなんだからね、お・ち・び・さ・ん」
「ぐ…」
 確かに、今のファンシーな姿では、リラといえどいつものフィリーと同じくらい…いや、飛べないぶんフィリー以上に…非力で足手まといではある。しかし、はっきりそう言われるのがこれほど悔しいとはリラも思っていなかった。が、事実であるだけに何も言い返せない。
 いつもの仕返しができて大いに溜飲を下げたらしく上機嫌なフィリーは、
「じゃ、留守番お願いねー」
 などと言いながら、いつものように窓から飛び立とうとした。が、
 がつん!
「なっ!?」
 いつもよりも自分の体がずっと大きく、足も長いことを忘れていたため、窓の縁に足を引っかけてしまった。そして、そこを中心にぐるんと半回転すると、
 べちぃん!
「へぶっ!」
 窓の下の壁にまともに激突し、
「きゃーっ!」
 そのまま窓の下の植え込みに落下していった。
「いったぁーい…」
 無論、フィリーはいつも飛んでいるのだから、何かの拍子に落ちてしまったことだって何度かある。しかし、体が大きく、重くなれば、落下の衝撃は小さいときよりもはるかに強くなる。下が植え込みだったおかげで手足に軽い擦り傷と服に小さな鉤裂きを作っただけで済んだが、そうでなければ結構シャレにならないケガをしていただろう。
 体が大きいのも結構大変なんだなあ…と、フィリーはなんとなく思っていた。
 
「ふう…やれやれ」
 窓の下での大騒ぎを見るともなく見ていたリラは、窓枠に腰掛けたままため息をついた。
(メイヤーのお宝なんかに触るんじゃなかったなあ…)
 ちらり、とテーブルの上を見る。例の鏡は、裏側の蓋が外れたままそこに置きっぱなしになっている。
(フィリーが見てる景色って、こんなのなのか…)
 何もかもが、いつも見ているよりもずっと大きい。窓の外を見てみれば、めちゃくちゃになった植え込みがはるか下に見える。いつものサイズのリラにとってはこのくらいの高さは何の問題もないが、これだけ高いとさすがに本能的な恐怖を覚える。空を飛べるフィリーは何とも思わないのだろうか。
(…やっぱり、このサイズだとどうしてもフィリーのことばっかり考えちゃうわねえ…)
 ため息をつき、リラは町並みを見渡した。前々からチェックを入れていたメイヤーやあらかじめ街の様子を見て回っていたフィリーと違い、メイヤーがいるはずの博物館がどこにあるのかはリラにはわからない。フィリーが急いで向かっているはずだが、待つだけの身だと嫌にじれったい。遊びに行っている二人が帰ってくる前になんとかしないと、要らぬ心配をかけてしまうだろう。
 早くフィリーがメイヤーを連れて戻ってきてくれるといいが。そう思いながらリラが再びため息をついたそのときだった。
「ん?」
 空の遠くの方から、何やら黒い影が近づいてくる。鳥のようだったが、いつもと大きさの感覚がまるで違うので、はっきりとそれが何かはわからない。ようやくその正体に気づいたリラは、目を丸くして驚きの声を上げた。
「か…カラスぅ!? カラスってこんなにでかかったっけ!?」
 今のリラから見ればカラスは体長2mはある漆黒の怪鳥だ。普段なら何の苦もなく追い払えるが、今となってはモンスター以上に手強そうである。
「でも、どうしてカラスなんかが…あ!」
 リラははっとなると、耳に手をやった。窓に差す日の光が、ピアスに反射してきらきら輝いていたのだ。カラスには今のリラは光り物の付いたぬいぐるみか何かに見えるのだろう。
「カラスのコレクションなんかにされてたまるもんですか!」
 とっさにリラはダガーを引き抜く。が、その刀身が陽射しを受けて剣呑な光を放つと、リラは自分の過ちに気づいた。もとのサイズのダガーならカラスも警戒したのだろうが、今の針みたいなダガーでは光り物に対する好奇心をいたずらに刺激してしまうだけだ。案の定、カラスはひるんだ様子も見せない。
「わ!」
 逆に、嘴でつついてくるカラスにリラの方がたじろいでしまった。窓枠の上にいてはどうしようもないと悟ったリラは、とりあえず部屋の中に逃げ込もうと背後のテーブルを振り返った。その瞬間、カラスの嘴に襟首を捕らえられ、空の上へと持ち上げられてしまった。
「なにすんのよっ!」
 怒鳴ってみるがカラスが聞くわけもなく、背後にいるカラスには針のようなダガーなど届かない。リラがじたばた暴れるのを意に介した様子もなく、カラスは悠々と飛んでゆく。
(やっばあー…。シャレんなんないわ…。どうしよう…)
 そんなリラを、部屋から誰かが見送っていた。
「…これは…計算外でしたね…。どうしましょう…」
 
 一方そのころ、フィリーは、二本の足で全力疾走するという今までにない経験をしていた。
 普段のフィリーは、無論足で歩いたり走ったりできないわけではないが、本気で急ぎたかったら羽で飛ぶ。今だって最初はそうしていたのだ。が、普段と違い、今のフィリーは普通の人間並みの大きさだ。いくら羽がついていて、一目で空を飛べることがわかるとはいえ、人間大の大きさの者が頭の上を飛んでいれば誰だって驚く。しかも、前述の通りフィリーは、服装だけは以前のまま…つまり、スカートなのだ。物見高い連中にどんな邪魔をされるかわからない。それを悟ったフィリーは仕方なく、慣れないマラソンをしているというわけだ。
 空を飛べば博物館まではもちろん一直線なのだが、足で走るとなればそうはいかない。道を選ばねばならないのはもちろんのこと、通行人をはじめとする様々な障害物をいちいち避けていかなければならない。もともとさほど気が長い方でもないフィリーのイライラは急速につのっていき、ただでさえ不慣れなフィリーのダッシュはどんどん雑になっていった。そして、
 ドン!
「てめえ! どこに目ェつけてやがる!」
 厄介ごとが発生するのに、そう時間はかからなかった。しかも、衝突したのはどこから見ても間違いなくごろつき、といった風体の男だ。大人しく謝っていればまだ少しはマシだったのかもしれないが、フィリーとて相当イライラしている。
「何よ! こっちは急いでんのよ、ボーっとつっ立ってる方が悪いのよ!」
「んっだとォ!」
 激昂した男はフィリーの胸ぐらにつかみかかると、路地裏に連れ込もうとした。そこに至って初めて、フィリーは自分がとんでもないピンチに陥っていることに気づいた。リラはもちろん他の誰でも、自分の身くらいは守れる。しかしフィリーは、その非力さ即ち小ささ故に、いつも誰かに守ってもらっていたのだ。今でも、もしいつもの大きさだったら、男もそうムキにはならなかっただろうし、誰かが取りなしてくれたかもしれない。が、人並みの大きさである今、かばってくれる者は誰もいなかった。
 ちび妖精とバカにされているときにはわからなかった。体が大きいと大きいなりに、大変な苦労があるものだ。
 悟るのがすこし遅かったらしい。授業料は…高くつきそうだ。
 為す術もなく男に引きずられ、背筋が寒くなるのを感じながら、フィリーは今更ながら、そんなことを考えていた。
 
「!?」
 突如、自分を掴んで順調に飛行していたカラスが大きく体勢を崩し、うつむいて今後の対策を考えていたリラは何事かと顔を上げた。
 明らかにカラスのものではない、ピィピィという甲高い声が聞こえてくる。そして何度かカラスが激しく揺れると、カア、というその一声とともに、リラの体は空中へ放り出された。
「ぅわあぁあーっっ!!」
 放り出される寸前に見えた光景はどこかの家の屋根だった。もとの大きさなら辛うじて無傷で飛び降りられる高さだが、いつもより縮んでいる今ではそれよりもずっと上から落とされたのと同じことだ。いかに体術に秀でたリラといえど、無事で済むわけがない。いや、死なない方が奇跡だ。
(ああ…思えば短くてしかも大していいこともない人生だったわ…。生まれてすぐ親に捨てられて、拾ってくれたのがよりによって盗賊…。冷静になって考えてみればあたしってばなんて可哀想だったんだろう…)
 命の危機に直面していながら「冷静になって」もないものだと思うのだが、リラはすっかり走馬燈モードに突入してしまっているようだった。
(あーあ…こんなことならもっと稼いどくんだったなあ…。地獄の沙汰も金次第って言うし…。この間バカイルたちを叩きのめしたとき、半分と言わず全額ふんだくっとくんだった…ああ、要らない情けをかけたわ…。だいたい、あいつもあいつよ。可哀想だなんて言うんなら半分だって取らなきゃいいのに)
 全額取ろうと主張したリラとの妥協点だったというだけのことである。
(そう言えば、あいつと会ってからは少しは楽しくなったわね…。他のみんなとも知り合えたし…。
 ティナは…体が弱いっていうのは絶対ウソよね。力なんてあたしより強いし…。
 メイヤーは…あいつのおかげで何度もヒドイ目にあったわよねえ。今度のことももとはといえばあいつが持ってきたヘンな鏡のせいだし…。ま、退屈はしなかったけどさ…。
 フィリーとは…だいぶもめたわよね…。口も悪けりゃ性格も悪いんだから…)
 かつて自分がフィリーに同じことを言われていたことを、幸か不幸かリラは知らない。
(それにしても…なかなか落ちないもんねえ…。それとも知らないうちに落ちちゃったのかしら? お花畑はどこ?)
「いやあ。街の中にお花畑はそうそうないと思いますよ」
 聞き覚えのある声が、リラを走馬燈モードから引き戻した。恐る恐る目を開けた見ると、リラはその声の主の手のひらに受けとめられていた。
「あ…あたし…生きてるの?」
「体が小さくなってますからね。落下の衝撃も小さくなるんですよ。私の手の上でしたら、リラさんなら何ともないと思いますよ」
 自分が無事だということを悟りようやく安心したところで、リラにようやく救い主の顔を見上げる余裕が生まれた。
「ロクサーヌ!? どうしてここに?」
「いやあ。いつものように皆さんの後を追ってきたのですがね。カラスがリラさんのぬいぐるみを抱えて飛んでいると思ったら、そのぬいぐるみがじたばた暴れてましたからねえ。ただごとではないな…と、思ったわけです。そこで、これを使ってお助けした、と。まあ、そういうわけです」
 ロクサーヌは懐から小さな笛のようなものを取り出した。どうやら鳥笛らしい。上空にはロクサーヌの呼びかけに応じたとおぼしき鳶が数羽、ゆっくりと旋回している。
「で、どうしたんです? そんなファンシーなお姿になって。まるでフィリーじゃないですか」
「それがね…」
 リラは今までの経緯をかい摘んで説明した。
「…というわけなのよ。で、フィリーがメイヤーのバカを連れて帰ってくるはずだからさ。悪いけど、宿まで連れてってくんない?」
「それは、かまいませんが」
 ロクサーヌの、まだ後に何か続きそうな物言いに、リラは眉根を寄せた。
「何よ?」
「貴女がフィリーの大きさになって苦労なさったように、フィリーも貴女の大きさになって苦労しているのではないか…と、思いまして」
「そんなもんかしら?」
 
 そんなものなのである。
 フィリーは今や、人気のない路地裏の壁際まで追いつめられていた。目の前で怒り心頭といった様子の男が、両手の指をぽきぽき鳴らしながら、じりじりとにじり寄ってきている。
「よくもおれをコケにしてくれたな。思い知らせてやらあ」
「・・・・・・」
 いくら体が大きくなったとはいえ、今までフィリーは育成費用を1Gもかけてもらっていないのだ。もし今の体格で筋トレでもしていればそれなりに戦いもできたのかもしれないが、腕っ節も魔法もからっきしである。怒れる悪漢に対しいかなる手だても持ってはいない。
(ああ…。美人薄命とは言うけど、あたしももうおしまいなのかしら…。思えば、長いようで短かった人生…)
 というわけで、フィリーもまた走馬燈モードに突入してしまい、どこかの誰かようなことを考え始めた。そのどこかの誰かはそう考えた後、他ならぬフィリーを押しつぶすことになるのだが…。
(ああ…あいつってばあたしがいなけりゃ迷子になっちゃうんじゃないかしら…。まあ、メイヤーは旅行が趣味だって言うし、道くらい知ってるかなあ…。でも、メイヤーに道案内させたら脱線間違いないし…。そもそも、こうなったのもメイヤーのせいだし…。メイヤーといいリラといい、仲間には恵まれなかったわよねえ…。みんなティナみたいだったらよかったのに…。オレンジシフォンケーキ食べちゃっても怒んなかったし…。それにひきかえ他の二人ときたら…)
 走馬燈モードに陥ってまで口が悪いフィリーだった。
「そういうことを言っていると助けてあげませんよ」
 そんなフィリーに、突然聞き覚えのある声がかけられた。
「えっ?」
「なにっ!?」
 思わず振り向いたフィリーにつられ、男も声のした方を振り向く。そんな男の顔面に、
「えいっ、古代の神秘っ!」
 ごがすッ!!
 ヘンなデザインのハニワがめり込んだ。
「ほげッ!?」
 もんどりうってぶっ倒れる男には目もくれず、
「大丈夫でしたか、フィリーさん」
 ハニワを投げつけた声の主…言うまでもなくメイヤー…は、フィリーに手をさしのべた。
「メイ…ヤー? どうしてここに?」
「忘れ物を取りに帰る途中で見かけたんです。…その様子だと、勝手にいじりましたね?」
「あ、あは…ははは…」
 実際リラのサイズになってしまっている以上、言い訳ができようはずもない。ごまかし笑いをするしかないフィリーを見て、メイヤーは苦笑する。
「ま、いいです。戻りましょうか。リラさんもそろそろお帰りでしょうし」
「え? リラ、どっかへ出てったの?」
「は? あ、あー。まあ、何となく」
 今度はメイヤーがごまかし笑いを浮かべる番だった。不審に思ったフィリーは問いつめようとしたのだが、
「まあいいじゃないですか。それともフィリーさんは、まだそのサイズでいたいんですか?」
 そう言われてみれば、一刻も早く元に戻る方が先決に思えた。
「冗談。こんな動きづらい格好はもうご免よ」
「そうですか? 人間サイズのフィリーさんも素敵だと思うんですけどねえ」
 悪戯っぽく笑うメイヤーに、フィリーは憤然として答えた。
「おっきくてもちっちゃくてもあたしは可愛いの! 同じ可愛いんだったら慣れてる大きさの方がいいわ」
 そして、メイヤーに先立ち、路地裏を出る。メイヤーはくすくす笑いながらその後を追った。
「ところでメイヤー? さっきのあのハニワは何よ」
「ああ、あれですか? 以前発掘した携帯型護身用埴輪『破滅人君』です」
「大丈夫なの? あんな小さいので」
「はい。あれでも破滅人君は攻撃タイプの覚醒能力のほとんどと神聖系を除くほとんどの魔法を使いこなしますからね。街のごろつき程度にけっして遅れは取りません。やっつけたら自動的に私のところへ帰ってきます」
「そんなに強いの、あのハニワ」
「はい。私も初めて見たときには意外でした」
「ふーん…」
 正直、フィリーにはメイヤーの説明のほとんどが理解できなかったが、詳しい説明を求めるつもりは、もちろん欠片もなかった。背後からは、そのハニワのものとおぼしき、「容赦いたしませんよ〜?」とかいう声と、男の悲鳴とが聞こえてきた。どうやら心配は要らないらしい。フィリーはそれ以上、そのハニワのことを考えるのをやめた。
 
「簡単なことなんですよ。鏡を裏表逆にして、もう一度姿を映せば元に戻るんです」
 宿の部屋にそれぞれ戻ったメンバーたちは、メイヤーの説明を聞くためにテーブルの周囲に集まった。そして、その内容のあまりの単純さに、皆で唖然としてしまった。特に被害者二人は顔を見合わせ、肩を落とした。
「あたしたちの苦労は…何だったわけ?」
「わかってしまった真実とは往々にして単純なものです」
 ともあれ。
 こうして、リラとフィリーは、無事それぞれの本来のサイズに戻ることができたのである。
 
「それにしても、メイヤーさん。相変わらず無茶をしますね」
 その翌日。先頭はティナたち二人、その後にリラとフィリー、そして少しだけ離れて最後尾にメイヤーとロクサーヌが歩いていた。前の皆に聞こえないような小さな声で、ロクサーヌが話しかけてくる。
「何がです?」
「あの鏡ですよ。ちゃんと入れ替わるかも戻れるかもはっきりとはわかっていなかったのでしょう?」
「そんなことはありませんよ。鏡の刻印で効果はわかっていましたし、魔力もちゃんと残っていましたし。それに、たとえわからなかったとしても、賭けてみる価値はあったと思います」
「あのお二人のことですね」
「ええ、まあ。
 せっかく縁があって一緒に旅をすることになったんですからね」
「そうですねえ。貴女が、リラさんを助けてあげてくれとおっしゃったときには、何事かと思いましたが。終わりよければすべてよし、と言ったところですかね」
 二人は苦笑しながら、前を歩いているリラとフィリーを見た。
「フィリー」
「ん?」
「なんなら肩に乗せたげようか?」
「? どういう風の吹き回しよ?」
「ん。ちっちゃいのも、結構大変なんだな…って、思ってね」
「ありがと。でも、いいわ。おっきいのも結構大変だ…って、わかったし」
「そっか」
 二人ともまだ照れているらしく、近づいたり離れたりしている。
 もちろん、メイヤーとて、これで二人のわだかまりがすっかり消えたとは思っていない。
 でも、せっかく縁があって一緒に旅をすることになったメンバーの間にわだかまりが残ることはメイヤーの望むところではなかったし、それを少しでも減らせたのなら、発掘物を使ったかいもあった。実は、あの鏡は二回だけで魔力を使いきってしまったのだが、それもまあ、いいだろう。
 互いを見てかすかに照れ笑いを浮かべているリラとフィリーを見て、メイヤーは、なんとなくそう思っていた。
 
                           <おしまい>
【あとがき】
 どーもー、もーらですー。もーら初の単発EMSSだったのですが…うーん、なんだか今一つだなあ。ギャグにもシリアスにもなりきれてない感じだ。
 今回のテーマは、「主人公がお目当ての誰かと街で行動している間の残りのメンバー」です。そういうわけでティナは主人公君とずっとお出かけで、出番はほんのちょっとだけ。ファンの人ごめんなさい。
 それからもう一つは、人間サイズのフィリーが書きたかった、というのもあるんです(単なる人格交換ものにしなかったのはそのためです)が、やっぱり絵がないと今一つですね。失敗。見てみたいなあ、人間サイズのフィリー。誰か描いてくれないかな。あの頭身のまま人間サイズになったらちょっとイヤだけど。
 あと、私のSSには珍しく、メイヤー女史がちょっぴり良心的です。まあ、破滅人君はたちの悪い冗談として…。
 それでは今回はこの辺で。もーらでしたー。
 
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