「さ〜いでんな〜〜ほ〜でんな〜」 わざとなのか本気で間違えているのか、かなこはそんな歌を歌いながらツリーの飾り付けをしている。 「あら、かなこちゃん、嘉門さん?」 こっちもツッコミなのか天然なのかよくわからないことを言うふみ。余裕のありそうな発言をしつつもケーキやらトリやらをはじめとする山のような料理を同時に作っているあたりがさすがではある。 「もう、お姉ちゃん達、ムードってものがないよ」 やっぱり今年も最後まで、はつえの役割はツッコミのようだ。とはいえさすがに今日ははつえも楽しそうな顔をしている。ちなみにかなこが飾っている飾りは、すべてはつえの手作りである。今でもツッコミを入れながら飾りを作り続けている。 「…ムードねえ。はつえ、これはこれでムードないと思うんだけど」 「ほえ?」 かなこに言われはつえがふと手を止めると、ツリーの上の方にいたはずのかなこがいつのまにか床に降りている…いや、少し違うようだ。床が脚立の上にいたはずのかなこの足下まで上がって行っているのだ。 「作りすぎ」 「あ」 床が上がったかのように見えたのは、はつえが大量生産しすぎてうずたかく積み上がった飾りだった。 「あー…はは…えへへ」 照れ笑いで誤魔化すはつえ。 「うふふ。もう、はつえちゃんったら」 「いいよいいよ。ほかの部屋にも外にもパーッと飾っちゃえばさ。一年に一度なんだし盛大にやろ」 無論姉二人はそんなはつえをとがめたりはしない。 なにしろ、かなこが言うとおり一年に一度のこと。 今夜は、クリスマスなのだから。
「あれ? 姉さん、響くん達も一緒なの?」 テーブルに皿を並べ始めたふみに、怪訝な顔で尋ねるかなこ。なにしろクリスマスと言えば数あるイベントの中でも恋人達御用達度では屈指だ。かなことしては当然、響と夏海は二人っきりでステキな夜とか過ごしちゃったりなんかしちゃったりするものだとばかり思っていたのだ。けれどテーブルには二人の分の食器もある。 「ええ。何でもバレンタインは初めてだったけど、クリスマスは去年も一緒だったんですって。ただの呑み会だったらしいけど」 「だったら今年はただの呑み会で済まさないとかさあ。ロマンってモノがあるでしょうに」 かなこはふみの作ったブッシュ・ド・ノエルを眺めながらため息をつく。どうやらそれにはマロンが使われているらしいが。 「お姉ちゃん、ロマンとマロンっての、ベタすぎ」 「だまらっしゃいっ」ぺしッ「はうっ」 至極真っ当なツッコミを入れたはつえにちょっぷを見舞う鬼姉。バレンタインのときのことを根に持っていたのかもしれない。しかしはつえはまだ黙らなかった。 「ひどいよお姉ちゃん…。 とにかく、響さん達、大勢でにぎやかにパーティしたいらしいよ」 「ふふ、微笑ましいわねえ」 「…ふみお姉ちゃんが持ってるのは微笑ましくない」 「…(ぴーっ)とか(ぶぶーっ)なんていつ覚えたのはつえちゃん…。悲しいわ、はつえちゃんはもうお姉ちゃんの手の届かないところに行ってしまったのね…よよよ」 ハンカチを取り出して口にくわえ、しなを作って泣き崩れるさまがミョーにさまになっているふみ。 「お姉ちゃんがいつも、放送禁止SEが入るようなシロモノを伊倉さんと会う前の響さんの食事とかに混入しようとするから覚えちゃったんだよ…。 あとお姉ちゃん、『よよよ』なんて泣く人いない」ぺしっ「あうっ」 至極真っ当なツッコミを入れたはつえにちょっぷを見舞う鬼姉その2。ミョーなノリの姉を持つと妹は苦労するらしい。 「ふみお姉ちゃんもひどいよぅ…」 三姉妹一頑丈なはつえのこと、別にかなこやふみの冗談半分のちょっぷを見舞われたくらいでは痛いわけでもない。けれど彼女の繊細な心は虐げられてズタズタだ。 「いいよっ。もうわたし、発泡スチロール削ってかぶると暖かい雪とか山のように作っちゃうんだからっ」 「あーあー、姉さん、はつえがヘンな具合に拗ねちゃったよ」 「あらあら」 ともあれどうにか一通りの用意が済み、あとは大学のサークルの今年最後のミーティングから響と夏海が帰ってくるのを待つばかりとなった。 「さーて、早く帰ってこないか…」がちゃんばたんッ!かちゃんっ。 かなこが言い終わるより早く、家の扉が乱暴に開け放たれるとすぐに閉められ、ご丁寧に鍵までかけられた。ちなみにこの家、いつもは鍵をかけていない。この家に住む三姉妹に太刀打ちできるワルモノなどそうはいないからだ。 「どしたの?」 飛び込んできた者…彼女たちがノーマークで家に入れる男性は、響しかいない…は、なんだかやたらと息を荒げていた。かなこの問いに答える余裕もないようで、親指を立て扉の方を指し示した。 「?」 かなこは小首をかしげながら、監視システムにアクセスしてみた。この家に監視カメラがあったり、軌道上にはかなこ専用監視衛星が浮かんでいたり、かなこはそれらとケーブルなどなくても接続できることはもはや言うまでもない。 そしてかなこがとらえたものは。 「…ナニあれ?」 目標の者が見つかったにもかかわらず、かなこはもう一度首をかしげた。 全身黒ずくめ。黒服黒マント。 「隠密行動は真っ黒よりも濃い紺とか柿色の方がいいんだよ。真っ黒だとちょっと明るくなるだけで周囲から浮いちゃうから」 「お姉ちゃんそこツッコミ所じゃない」 かなこ経由でモニタに映されていた映像を見ていたはつえが言う。どうやら立ち直ったようだ。 で、左手には燭台を持っている。三つ又になっていてロウソクが三本立つやつだ。 「凝ったの揃えたのねえ」 右手には長い剣。 「銃刀法はどうなったんです?」 「はつえ、あれはイミテだよ。木でできた剣にアルミ箔張ったやつ。まあプラスチックじゃないから殴ればそれなりに痛いとは思うけど、まあ飾りのつもりだと思うな」 そして…頭には、目のところだけ穴が空いた黒い三角の帽子というか覆面というか。 「・・・・・・」 三姉妹は顔を見合わせ、しばし黙り込み、そして一斉に響の方を向くと、最初にかなこが言ったことを繰り返した。 「…ナニあれ?」 ようやく息が整った響は、神妙な顔で、三人の問いに答えた。
「奴らは…SB団っていうんだ」 「えすびー?」 「SUN&BIRD? 食品?」 「『しんぐるべるだん』なんだってさ」 響が説明すると、三姉妹は再び黙り込んだ。そしてまた三人一緒に。 「…ナニそれ」
説明せねばなるまい。 SB団とは、響と夏海が通う大学に巣くう、狂信的クリスマスカップル排斥集団である。 彼らは大学内にこれから二人きりでイヴを過ごそうなどとしているカップルを発見したりすると、男性は男性団員の元へ、女性は女性団員のもとへ強制連行して次の日の朝まで開放してくれない。 連行のとき以外は別に乱暴なことをされるわけでもない。連れ込まれた先では呑み会やったりカラオケやったり、それなりに楽しい一夜にはなるらしい。 もうとにかく、カップルが一緒にイヴを過ごしさえしなければそれでいい団体…の、ようなのだ。
「…あんなカッコしてて誰も何も言わないんですか?」 「何か活動ももう長いらしくってね。クリスマスのたびに学生有志がやっているイベントだと思われてるみたい」 「…団員には男の人も女の人もいるのよね?」 「らしいよ」 「じゃあ、人のこと羨んでないでその人たち同士で仲良くすればいいんじゃない?」 「いや、俺に言われても」 「そもそも『シングル』なのに何で『団』なの?」 「だから、俺に聞かれても」 質問攻めに合う響だったが、あんな連中のことなどわかりゃしない。わかりっこないしわかりたくもない。 「とにかく、響クンはあのヘンな連中におっかけられて命からがら逃げてきたわけね?」 「捕まったからって黒ミサの生贄にされるわけじゃないから、命からがら、ってワケでもないんだけど…まあ、そう」 「そっか。まあ、ここなら大丈夫だからね。あんなの一個師団かかってきたってあたしの敵じゃないんだから」 「うん…まあ、一安心なんだけど…」 「あ…もしかして、伊倉さんも…?」 心配そうなはつえの問いに、響は頷いた。 「どうしてなつみちゃんを放って逃げてきたりしたの!?」 ふみが責めるが、 「だって、俺は走ってただけで夏海はバイクだったんだよ? 普通夏海のことは諦めて俺を追ってくるだろ、俺は囮のつもりだったのに…」 相手がヘンで見境ないということがわかっただけだった。 「あたしを呼べばよかったんだよ」 「ん…」 迷惑でワケのわからない連中ではあるが、SB団とて一般人なのだ。決戦兵器の投入はできれば避けたいところだった。だが、こうして夏海と離れてみると不安が募ってくる。いや、別にひどいことをしない連中だということはわかっているけれど。 「とにかく、夏海を助けないと」 「そうだね。大丈夫、あたしたちが全面的に協力するから」 かなこがどん、と胸を叩いて見せた。ふみとはつえも、後ろでうなづいていた。
「あああん、なんなのよもうぅ!?」 一方そのころ、夏海はというと、何とかかんとか隣の市を走っている高速道路に逃げ込むことに成功していた。 彼女の愛馬「建御雷」は、そんじょそこらのバイクとはワケが違う。デザインも性能も仮面ライダーが乗ってて不思議がないようなシロモノなのだ。普通に追いかけてもなかなか追いつけるものではない。 だが、SB団はどうも無意味に有能なようだ。追いかけてくる車もかなりチューンしているらしい。道が混んでいるならともかく、不幸にも今道路はガラガラだ。こうなるとやはりバイクと車では最高速度に差がある。 夏海の方が運転技術は上らしく、今はまだ追いつかれてはいないがいつまで逃げていられるか。それに、このまま逃げ切れたとしても結局今夜がダイナシになることに変わりはない。 「もうやめてよ、あたし別に前島くんと二人っきりなんてつもりないんだからあ!」 もうこのカーチェイス状態でそんなこと言っても相手には聞こえない。聞こえても聞き分けてくれるとも思えないが。 「こんなことなら前島くんと別れるんじゃなかったなあ…あんな連中にヘンな情けかけないで、素直にかなこちゃん頼るんだった…」 夏海がつぶやいた、その瞬間だった。 「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーんっ!」 「出ました来ましたかなこちゃーんっ!」 「お姉ちゃんたちやめてよ恥ずかしいよ」 聞き覚えのある声が、すぐ真横から聞こえてきた。 「え? あ! ふみさん、かなこちゃん、はつえちゃん!」 見ると、いつぞやの超音速乗用車がいつのまにか横に並んでいた。さすが超音速である。ミラーを見ると追っかけてきていた奴らがソニックブームでアワアワしている。 「無事か夏海!」 尋ねる響に夏海は頷いて見せた。 「さて、じゃ、ちゃちゃっと片づけますか」 「ちょい待ち。かなこさん何それ」 「え? …ふふふ」 「どうしてそこで目を逸らす? それに何そのアヤシイ笑みは?」 「だってー。あたし決戦兵器なのに、全然兵器らしい活躍してないしー」 「だからってまがりなりにも一応一般人の奴ら相手に兵器らしい活躍しちゃダメ」 「えー」 「えーじゃないの」 「しょーがないなあ…」 かなこはしぶしぶ、いかにもな感じの黄色と黒のトラ縞で囲まれたヤバげなボタンから手を離し、その横の白いボタンを押した。 「ぽちっとナ、と」 ぱすん、と妙な音がした。見る間に追っ手との間が離れていく。どうやら追っ手の車が突然エンストしたようだ。 「何したの」 「ひみつテクノロジーの行使」 「穏当なことできたんだ」 「失礼ね」 「まあ、いいじゃないですか何事もなくて。帰りましょ、まだパーティの時間はいくらでもありますよ」 はつえが嬉しそうに言った。何事もなくて本当に嬉しいのかもしれない。
「でさー。結局、どうしてあたしたちあんなにつけ狙われたんだろうね?」 いろいろあったが、無事クリスマスパーティが始まった。とりあえずの話題はやはり先程までのことだ。 「そうねえ。あの人達はつまり、クリスマスに幸せそーにしてるカップルが羨ましかったわけでしょう?」 ふみが頬に人差し指を当て、考えながら、といった風を演出しつつ言った。 「寂しい人たちだねえ」 「はっきりホントのこと言ったら可哀想だよ」 一刀両断に切って捨てるかなこと、何気なくそれに同意するはつえ。 「ふふふ。まあ、とにかくそういう動機で動いてた人たちなんだから…、やっぱり、相手が幸せそうであればあるほど、許せないんじゃないかしら?」 「つまり…」 「端から見ててすっごく幸せそうだったわけだ、二人とも」 「え?」 「あ、うー」 突如矛先を向けられ、お互いに顔を見合わせると、頬を赤らめる二人。 「あらあら。ごちそうさま」 「あー、やっぱりこれだからあんなのに狙われるんだよ」 「災難でしたね」 「まあいいじゃない、こうして無事だったんだから。はい、これでも食べて機嫌直して」 そう言ってふみは二人に新たな料理を差し出した。が、その皿が目の前を横切ったとき、はつえが目を細め口を挟む。 「ちょっと待ってよふみお姉ちゃん。これ、(ばきゅーんっ)とか(ぴよぴよぴよっ)とか入れたでしょ?」 「え? あ、あらイヤだ、何の事かしら?」 言いつつ目が泳ぐふみ。 「ねえ、前島くん?」 「何?」 「(ばきゅーんっ)とか(ぴよぴよぴよっ)とかって、何?」 「ぅえ?」 響も、はつえが口に出したそれが何だか、門前の小僧というやつで知ってはいた。しかしそれを夏海に教えるのははばかられた。しかし夏海の方はそんな響の態度で、うすうす察しがついたようだ。 「もう、ふみさんったら…」 とにもかくにも、こんなのと一緒にいたにしては奇跡的にも、今年も無事終わろうとしている。 来年がいい年になるかどうかはよくわからないが、三姉妹と一緒である限り、退屈だけはせずに済むだろう。 響と夏海は、なんとなくそんなことを考えていた。
「おのれ! 来年こそは目にもの見せてくれようぞ!」 そのころ、高速道路の路肩では、生真面目にもハザードつけて反射板置いて発煙筒焚いたSB団のメンバーが、あのアヤシイ衣装のまま拳を握りしめ、来年のリベンジを夜空に誓っていた。 本当に、二人とも、退屈はせずに済みそうでは…ある。
〈おしまい〉 |