アキラちゃんのコ・ラ・ム  第一回    8月号

先日、波田町で開催された長野県知的障害者育成会(手をつなぐ親の会)大会の施設分科会に出席しました。最初に東京都都外施設「たてしなホーム」の真瀬垣園長より、施設に「オンブズ委員会」を設置して苦情解決にあたるようになったとの報告、そして「入所施設不要論について皆さんはどう考えるか」との問題提起があり、討論となりました。
オンブズ委員会の設置についてはどなたも異論がなく、入所施設が是非利用者にとって、居心地のよい、自尊心をもって生活できるところになっていくよう、委員会がしっかりと機能していってほしいと感じました。
 入所施設不要論については、入所施設は必要だという意見が多数でした。在宅施設の現状(ホームヘルプサービスやショートステイ、レスパイトサービス等)をみればやむを得ないことかと思います。しかし、残念なのは、いつも親御さんたちから語られる「親亡きあとはこの子はどうなるのか」との訴えです。「だから入所施設は必要なんだ」と続く・・こういう時は私はとても寂しさを感じます。ひとつには、私が20数年施設に勤務していて、ご本人が一人になったときに行政も動かず、入所施設もできず路頭に迷っているなんていう話をただの一度も聞いたことがないからです。もう一つは、本当にしっかりやっている入所施設では「本人らしい豊かな生活を目指して」利用者の今をきちんと支援している、ということに目を向けてほしいということです。(飯田市の明星学園はとても障害の重い利用者が生活しています。そこでの援助の様子は是非みてほしいと思います。)
 どうにも困ったとき(「親亡きあと」など)は、必ず周り(行政や入所施設等)がそれなりに対処してくれます。「親亡きあと」の入所施設の椅子取りゲームはそろそろおしまいにして、本当に困っている人にその椅子をゆずっていただけませんか。

アキラちゃんのコ・ラ・ム  第2回  9月号

入所施設ってどうなっているの?     その1
前回「親が亡きあと」を見越して(今は入所しなくてもやっていける状況なのに)将来に備えて入所施設のワクを確保しておくような施設利用の仕方は、そろそろおしまいにしませんかと書きました。ところで現在の入所施設の状況は、と申しますと、ほんの一部を除いて定員の空きはありません。というのは、定員を満杯にすることで基本的に施設の運営(施設の建物を維持したり、職員の給与を支払ったり、利用者の生活費を賄ったり等)が成り立っているからです。入所施設で仮に1名の欠員が生じたとすると1ヶ月当たり25〜30数万円ほど入ってくるお金(現在は措置費=税金)が少なくなってしまいます。数ヶ月は何とかしのげるのでしょうが何ヶ月もは空きをつくっておくわけにはいきません。そこで、いろいろな機関(主に福祉事務所や役場の福祉係)に声を掛けて定員を埋めることになります。中には、客観的にも本人や家族が大変な状況に陥っており、すぐにでも利用したほうが望ましいというケースもありますが、それほど緊急を要しないケースでも入所施設を利用してしまうことが多々あります。「いまのうちに入っておかないと後からは難しいよ」という周りの人たちの助言や説得で、将来に備えて入所してしまう訳です。それも暮らしてきた土地の近くの施設ならばいざしらず、何十キロ以上も離れた施設なんていうことも現実にはあります。そこでその地域に住んでいて利用しなければいけない状況になった人が利用したくともできないというおかしな状況が生じてしまいます。そしてその結果、入所施設作りや入所施設の定員増が話題にのぼってきます。いつでも定員を空けておくことができるような制度やすべての入所施設がいつでも一定数のショートステイを実際に受けられるような取組みが望まれます。 もう一方で保護者の方々に知っておいていただきたいことは、現状では、成人施設に入所してしまえばよほどのことがないかぎりは入所施設で(高齢になれば介護保険該当施設か病気になって病院という場合もありますが)一生を過ごしてしまうということです。(つづく) 小林 彰

アキラちゃんのコ・ラ・ム  第3回  10月号

入所施設ってどうなっているの?       その2
入所施設を利用する場合、どの家庭でも入所時にはそうせざるを得ない状況があったわけですがきちんとした援助がなされ、何年か過ごしていれば、本人の様子に大きな変化がみられます。そしてその中には、家庭の事情も変わって、1年とか数年ならば家庭に戻って通所施設、共同作業所等 を利用しながら在宅生活をしてもいいような状況になる人も出てきます。重い障害を抱えた利用者 ばかりの施設であれば現状では無理かもしれませんが、たいていの入所施設ならば、何人かはそう いう利用者を抱えていると思います。家庭は無理でもグループホームや生活寮があれば何とかなる 人もいるでしょう。しかし、残念ながらそういう可能性のある利用者を入所施設から出そうという施設、保護者はまだまだ少数派です。施設にとってはそういう利用者がいるほうが職員も安心だし、この施設にいるからいい状態でいられるんだと思っているのかもしれません。また保護者にとって この施設にいるからいい状態でいられるんだと思っているのかもしれません。また保護者にとっては出たら入れないからとか、今は本人が満足しているようだからとか、が理由になっているのでしょうが、本当にそれでいいんでしょうか。それから利用している本人の気持ちはどうなんでしょうか。耳を傾けてみる必要もあるのではないでしょうか。
 入所施設は利用しなければならない状況の人にとってはどうしても必要なところです。でもいつでも利用できるような状態には現状の入所施設の多くはなっていません。入所したり退所したりがその時々の事情で可能なように、そして「地域の中でその人らしい豊かな暮らしを継続していく」ために、できる限り地域(圏域内)の入所施設利用を勧め調整していくようなことを、行政も、施設も、保護者も、地域も考えていかなければいけない時期だと思います。
入所施設をより望ましい姿にかえていくためのキーワード、それは、「心への寄り添い」、「権利擁護」、「自己決定の尊重」、「ノーマライゼーション」(あるいは「インクルージョン」)ではないかと思っています。         小林 彰

アキラちゃんのコ・ラ・ム  第4回   2000, 11月号
自分のことは自分で決めたい
 普通のおとなの人たちは、ほとんどの場面で自分のことは自分で決めています。仕事の関係や地域のこと等で重要なことを相談したり話し合ってみんなで決めていくといったことはあるでしょうが、普段の生活の中では「あれが買いたいな」、「あれが食べたいな」、「こんなところへちょっと行きたいな」、といったたぐいことは思いついたらすぐに実行に移していることでしょう。よほど重要なこと以外では「今、自己決定したな」なんて考えながら行動している人はほとんどいないと思います。それほど普通の人にとってはごくごく当たり前に自己決定がなされています。でも知的な障害があると当たり前のことが当たり前でなくなります。「知的障害だから」とか「そういうことができないから知的障害っていうんでしょ」ということなんでしょうが、どんな人でも自分のことは自分で決めたいと願っている、と確信しています。もし現在できないとすれば、その人の周りで支えている人たちが、どのくらいの内容について(段階、レベル)、どんな形で(仕組み、制度)、どのようにしたら(方法、手順)、いいのかがわからないということではないでしょうか。次回からはそんなことについて想いを語ってみたいと思っています。
 いずれにしても、生まれてすぐに話をしたという人はお釈迦さま以外には聞いたことがありませんし、ましてや生まれたばかりの子が自己決定なんてできるわけがありません。自己決定の力も他の能力と同じように少しずつ少しずつ周りからの働きかけや自らの周りへの働きかけによって培われていくのだと思います。失敗したり成功したりの体験を通して自分で決めていくことの難しさや大変さと同時にその必要性や大切さを確かな手ごたえとして実感していくものだと、考えています。何も体験させてもらえず、また何も決めさせてもらえずに過ごしてきた人たちは、もしかしたら現状では「自分のことは自分で決める」ことができないかもしれません。でも、今からでも遅くはありません。自分で決められるんだ、ということの実感を積み重ねて「素敵な自分の人生」へと導いていきませんか。           小林 彰

アキラちゃんのコ・ラ・ム 第五回  12月号
自分のことは
  自分で決めたい 2
 自分のことを自分で決めるためには、まず「それぞれの人には違いがある」ということを本当にわかっていただかないといけません。顔の形や体型が違う、好きな食べものが違うといったことだけではなく、価値観や考え方が人によってそれぞれ違うんだということです。障害をもっている人(またはお子さん)の場合は特に周りの家族や支援している人たちがそのことを肝に銘じておか
なければいけないのではないかと思います。その人のためになることなんだからと、周りの人たちが自分と同じようにさせようとか同じ想いになってもらおうとしている限りは障害を持っている人の選択や決定は、周りの人たちの許せる範囲に限られてしまうでしょう。いままでの代弁機能(本人に代わって本人の考えを伝えること)は、周りの人たちが自分たちの考えどおりにしてくれたら、その人を「守ってあげる」、「面倒みてあげる」ではなかったかと思います。それでは、「自分のことは自分で決めること」にはなっていきません。 本来支援者に求められているものは、障害をもっ
ている人たちが自分で決められるような正確でわかりやすい情報をしっかり提供することであり、自分で決められるように一緒になって考えること、一緒に決定の場に加わること、そして決定されたことについて一緒にその責任を担っていくことではないかと考えます。障害が重く判断力の乏しい人たちについては、わからないんだからといって安易に考えられるようなことがあってはなりません。その一案として、中心的役割を担う存在の人(福祉専門職や法律の専門職で権利を守ることに取り組んでいる人)を含めて保護者や関係する人たち(施設の職員や民生児童委員さん等)がそれにかかわっていくという方法も考えられます。 お子さんの場合には、中心的役割を担う存在は基本的には親御さんでもよろしいんでしょうが、複数の立場の違う人たちが関わっていくことがとても重要なことかと思います。多くの議論が待たれています。         小林 彰

アキラちゃんのコ・ラ・ム  第6回 2001年1月号
  支援は何のために
 SHAKE(シェイク)の事業の1部として、またそれ以前の活動を含めてレスパイトサービス(タイムケア事業を中心としたもの)を約3年間行ってきました。「石の上にも3年」とはよく言ったもので、3年もやっていますと、本当に多くのことを学ばせていただき、私自身考えさせられます。
レスパイトサービスをやり始めた当初は、とにかく大勢の方々に利用していただきたい、とそればかり考え、「何でもいいですから利用してください」といった具合いに皆さんに利用を勧めました。その後は、家族皆さんが休息したり、リフレッシュできるように、今まで出来なかった用事ができるように、また本人も家族から離れて過ごす機会を持てるようにとか、他人との接触ができるように、などと経験の中からその効果を提示してきたように思います。
 そして今、レスパイトサービスを通して、「自立(自律)のための支援」というところにたどりつこうとしています。自立とは、1人の人間として、また1つの家庭として、@自分のことは自分で決定しながら(自己決定の尊重)、Aその人らしく(個別化)、B生まれ育った地域の中で(施設での活動を含めて)暮らすこと(ノーマライゼイション )であり、支え寄り添いは必要としても決してもたれ、寄りかかっていくものではないと考えています。利用者の皆さんに「このサービスがあって本当によかった」と言っていただけるのは、サービス提供者側としてとても嬉しい言葉ですし、そういった言葉に励まされて生き甲斐を感じて、多くの人が福祉の仕事につかせていただいています。しかし、サービス提供者側に自分たちのすべてを委ねてはいけません。その様にしているといつか自分がなくなり、すべてがサービス提供者の言いなりなってしまいます。対等な関係ではなく、依存関係ということです。
 「何でもやってほしい」から「より自立した生活をしていきたいので、このような支援をしてほしい」と両者が利用者側からも提案できるようにしていこうではありませんか。   小林 彰

   補い合い助け合い 第7回 2001年2月号
 多くの皆さんがご存じのように、平成15年度からは知的障害者の福祉サービスの事務が市町村に移ります。市の場合には福祉事務所を抱えていますから、 混乱は少ないと思いますが、町村の場合はいままでその町村を担当している福祉事務所がやっていたものを、すべて引き継ぐわけですから混乱は避けられません。現在2年後を見越して準備を始めた町村もあろうかと思いますが、頭を抱えているところも多いのではないでしょうか。
 福祉施設のほうは、「措置から契約」、「措置費から支援費」となります。それに加えて、厚生労働省では13年度から基本的に新規の入所施設は作らないと公言していますから、市町村の担当者の方にとっては大変な事態が生じることになってきます。
これまでは、家庭で困った状況が起こった場合には、福祉事務所に連絡を取り、何とか入所施設を捜してもらい、入所させることで解決してきたのですが、入所施設に空きがないとすれば、これからは自分のところ(町村)でいろいろな方策を考えなければなりません。
 入所施設が無理なら、通所施設や共同作業所を捜そう、日中活動の場は何とかなったがそれ以外はどうしよう、ホームヘルプ、デイサービス、グループホーム(生活寮)等々も必要か。そんなことも考えなければなりません。
 入所する人数に制限ができてしまうとなると、事務を受け持つ市町村は、本当に有効なお金の使い道を考えなければなりません。そして、保護者の方々は市町村にすべてを委ねるのではなく、自らも本人とともにその決定にしっかりと関わっていくことが重要だと思います。
そのためには、団結と学習、それが必要です。そして我が子や我が兄弟姉妹のための施設作りや施設支援だけではなく、みんなのための施設作りや施設支援、そして在宅支援施策へと考え方のふところを広げていってほしいと思います。
 さあ今から、行政も、施設も、施設を利用している人の保護者も、そしてこれから施設を利用したいと考えられている保護者も、そうでない方もお互いに補い合い助け合うことを真剣に考えていきましょう。 みんなが幸福で豊かな生活を送るために。

  団結して力をつけて 第8回 2001-3
 障害のお子さんや知的障害のある人たちを抱える保護者の皆さん、これからの1〜3年が本当の意味での正念場です。まだ「誰かさんが何とかしてくれるだろう」なんて誰かさんに全面的に依存しようとお考えでしょうか。「支援」や「援助」は、必要であればそれを受けるのが当たり前です。「権利」といってもいいくらいでしょう。しかし、人生を決定していくのは、「誰かさん」ではなく、間違いなく「ご本人」ですし、いろいろな面でご本人に代わって意志決定に加わっていくのは保護者の皆さんです。周りの言いなりで大切なことが決められていっては、ご本人にとってあまりにも切な過ぎます。
 とはいっても一人で考えたり行動したりすることは、とても大変です。やはり一人より二人、二人よりもっと多くの人たちが集まって力を結集することが必要です。各地でいろいろな人たちが団体やグループを組織して活動しています。県や市町村レベルでは「肢体不自由児者父母の会」「知的障害者育成会(手をつなぐ親の会)」などがありますし、小さいグループながらも定期的に集まりを設けて活動しているところもあります(どんなところがあるのかといった情報は提供します)。団体に加入するのもいいでしょうし、自分たちのグループを作ってもいいでしょう。日頃疑問に感じていることやちょっと悩んでいること何でも話し合ってみる。必要があれば福祉事務所や児童相談所、保健所、役場の担当者、施設の職員、学校の先生、支援事業のコーディネーター等を呼んで話を聞く。たまには食事会などもいいでしょう。集まりはとにかく継続して、その中からでた問題をみんなで一緒に考えていく。共通の課題であれば、他の団体やグループと連携して取り組んでみる。そんな姿勢があれば必ずいい会になっていくと思います。
そして、みんなで考えたこと、望みたいこと、それをただ単に行政や学校等に要望するだけでなく、自分たちはこんなふうにしたい、こうやっていく、だから、力を貸してほしい、といったふうになっていけばすごいことです。保護者の皆さんが団結してしっかり力をつけて、「誰かさん」に依存ではなく、「私たちも一緒になって」していきませんか。

  在宅支援サービスに魂を 第9回 2001/4
 平成13年度より上田市で「障害児・知的障害者ホームヘルプサービス」が開始されます。これまで丸子町や真田町等でも知的障害のある方へのホームヘルプサービスは行われてきましたが、新しい制度になってからは上小地区では上田市が初めての試みとなります。家事援助、身体介護、外出時の付き添い(ガイドヘルプ、成人のみ)等のサービスが家庭で受けられるようになります。
 上小地区ではレスパイトサービス(タイムケア)を提供する事業者が8ヶ所を数えるようになりました。タイムケアの単価が安いことや時間が少ないこと(基本的に年間100時間が限度)等で、利用する方たちの負担が多いという課題はありますが、より多くの方々がレスパイトサービスを使っていけるような雰囲気にはなってきました。
 共同作業所では、上田市に「ぽけっと」が、真田町に「OIDEYOハウス」がオープンします。それぞれが喫茶店運営やアート活動などを取り入れ、作業だけを中心とした活動からの脱皮を目指しています。
 10月頃には、重症心身障害児者通園事業(デイサービス)も開始予定となっています。
幾つかの在宅サービスが立ち上がり「生まれ、育ち、暮らしている地域」のより身近なところでサービスが受けられるようになってきます。在宅の皆さんを支援する者として喜ばしいことです。これも保護者の皆さんをはじめとして多くの方々や機関、団体、行政が声をあげ取り組んだ結果だと思います。敬意を表します。
 しかし、サービスが立ち上がったことだけに満足してはいけません。サービスが利用する人にとってより望ましいもの(自立した生活や社会参加をはぐくむもの)となるようにしていかなければなりません。サービスをまず使いましょう、まずいところがあったら使っていなくとも声を出しましょう、言いっぱなしやサービス提供者側にまかせるのではなく、みんなで改良してよりいいものにしていきましょう、そんな風にしてサービスに魂を入れていってほしいと思っています。そして、できることなら、自分の地域だけでなく、他に暮らす人たちのことを考えられたらもっとすばらしいことだと思います。

 
   上小地域療育等支援センター、コーデネター: 小林 彰

アキラちゃんのコ・ラ・ム▼ 2001-5  普通で、当たり前に▼ 最近地域の小学校に顔を出すことが増えてきました。特殊学級に在籍するお子さんの付き添いなどをするためです。徐々にではありますが、周りからの支援を受けようという姿勢が学校の先生方に芽生えてきました。とてもすごいことで、喜ばしいことです。普通学校に行っていて、うれしいことは大勢の子どもたちの中に障害のある子どもたち(障害のあるという言い方もおかしいです)がいるということです。しかし養護学校ほどの手厚さはありません。▼養護学校は「発達段階に応じた適切な教育を提供する場」として人員的にも設備的にも手厚い環境を子どもたちに提供しています。わたしが行かせていただいた養護学校はどこもしっかりとした取り組みをされています。しかし、子どもたちは生き生きとした姿を見せていますが、やはり何かもの足りない気がします。他の子どもたちがいません。▼普通学校がいいとか養護学校がいいとかを論じるつもりは毛頭ありません。むしろ、どのようにしていけばお互いの良さをたぐりよせられるのか、という視点が大切だと思います。▼学校教育を受ける年代(もしくは学齢期)は人格を形成するうえで重要な時期です。障害のあるなしに関わらずその場でどんな人に触れ、どんな交流をし、なにを学んだかによって、人や社会の見方が異なります。そんな時期のすべての子どもたちに望むことは、障害のある人がいる地域の中にいるのが普通、障害のある人が適切な支援を受けて生活していくのが当たり前、といったより人間的で高度な人間観を持ってほしいということす。▼障害ある人たちは、障害がわかったときから、障害児施設に通い、養護学校に通学し、卒業してからは通所施設や共同作業所に通い、年齢をとったら入所施設に入る、もし、そういったところだけを利用するために教育や支援を受けるのだったら、そんな生き方を障害のある人の誰もが望んでいないと思います。仮にそういったところを利用していても、いつでも地域の中で地域の一員として暮らしているんだ、いろいろな人たちの中にあって自分らしさを認めあいながら生きているんだ、そんな気持ちでいれるようにと考えていると思います。そんな思い、普通で当たり前じゃないですか?            筆者 小林彰さん

アキラちゃんのコ・ラ・ム▼▼2001-6  グループホーム等〜その2▼ グループホームは障害程度で中軽度の人たちしか利用できないんでは、と考えられる方もいらっしゃるかと思います。 確かにしばらく前まではそのとおりでした。利用の条件として就労(福祉的就労を含む)していること、といったこともあり、障害の重い人たちは利用しにくい状況だったわけです。しかし現在ではその条件もなくなり、施設に通所していても利用ができるようになりました。また、「重度加算」の制度もでき、障害の重い人たちも利用しやすくなってきました。▼ グループホームのための建物は、借家でも公営住宅でもアパートでもかまいません。無論新しくグループホーム用に建物を建てられるのもよろしいでしょう。4〜5名の人が利用するのですから、こじんまりとした建物で十分です。街中でも村中でもどんなところでも建物が用意できれば設置できる(国や県との協議は必要ですが)、そこが入所施設を設置するのとは大きな違いがあります。入所施設は30名が定員の最低要件で広い土地が必要です。そのような土地は確保が難しく、どうしても「静かで景色のいいところですねぇ」(初めて見学するとそんな気持ちになってしまうから不思議ですと言われるような人の行きところに建てられることになってしまいます。誰もそんなところを望んでいるわけがないのですが、結果的にそのようになってしまいがちです。グループホームだとしたら、むしろ周りの人が暮らしているのが当たり前なんでしょうがだいぶ違っています。人は人の中で成長していくものです。一定の時期を過ぎれば、保護された、限られた人間関係のなかだけでなく、日々いろいろな人たちと接し、その中で自らを成長させていきます。このことは、どんなに障害の重い人たちにとっても大切なことです。また、生まれ住み慣れた地域で暮らし続けたいと願うのも当たり前の願いです。▼ グループホームがすべての市町村に用意されていく。そこで暮らしたい人は障害種別を超えて利用できる。高齢者の方でも、また利用者の家族の同居でもかまわない。そんなグループホームになっていってほしいと考えていますが、いかがでしょうか。▼ 上小地域療育等支援センターコーデネーター: 小林彰さん▼
アキラちゃんのコ・ラ・ム