Father's Day



 大きな溜息が落ちる。
 そろそろ、太陽も山間に姿を消そうとしていて、夕闇が周囲を包み始めていた。大気の蒼と混じりあう、赤光──太陽の残滓。気温もそれに伴い、急激に温度を下げて行く。暫くすれば、こうして屋外にのんびりしている事はできないだろう。
 沈んで行く太陽と、変わって行く空の色。その刻々と変わる光景を眺めながら、口元に銜えていた葉巻を燻らせる。
 何気に軽く肩を揺さぶろうとして、ガデスは彼に似つかわしくない慎重さで、そっと傍らを覗き見た。
 自分の肩口の辺りに、柔らかい感触がのっていて、それはそよぐ風に微かに靡く。元は鮮やかな金髪だが、今は夕焼けの色を映しとっていて、不思議な色合いを見せていた。
 肩口にある重さは、けれど、不快ではない。覗き込んだ顔は幼いと言っても差し支えなくて、無防備に自分をベッド代わりにしてくれている。あまりにも安心し切った寝顔と起きている時との差に、必然的に『詐欺』の文字が浮かんでしまう。
 何と言うか、普段の元気な姿とは違っていて、こんなに大人しいのはそぐわない気がする。慣れない、と言ってしまえばそれ迄だが、何故だろうか、簡単に突き放す事もできないでいる自分が不思議だった。
──…らしくねぇ……
 言葉にせずに呟いて、再度、意識しない溜息が漏れる。
「おら、いい加減起きやがれ、くそガキ」
 自分の左腕を抱き枕よろしく抱え込んでいるものだから、まずはその腕を奪い返す。多少乱暴に動かしてやると微かに反応が返るから、今度はその肩を軽く揺さぶってやると、漸く反応らしい反応が返った。
「……んー…………?」
 急に起こされた方は寝惚けた声を出し、のろのろと動き始めた。それでもその動作は緩慢で、いかに深く眠り込んでいたかが知れる。
「目ぇ、醒ませってんだよ。メシ、喰いっぱぐれるぞ」
 わしゃわしゃと髪を混ぜてやると、今度は何とか意識が浮上して来たらしい。慌てて髪を混ぜる手を腕ごと掴み、頭から引き剥がして彼を見上げて来た。
「起きたっ!ガキ扱いするなって、何度言やぁ解るんだよ、おっさん!」
「ほぉ、人の腕を抱え込んで眠るヤツは『ガキ』じゃねえってか」
「余ってんだから、いいじゃねぇか」
 どういう理屈だ──ガデスは『呆れ』を顔に貼付けて、自分を見上げてくる表情を覗き込んだ。
 子供のように真直ぐな蒼瞳が、今は夕闇の色を写し取っている。決して逸らされない視線が、心地良い。
 何処か子供っぽいのに、時に、妙に男の表情になる。色気がある──そんな表現が似合う程、彼は人を惹き付ける。アンバランスだからこその、妙味なのだろうか。
 この子供は、最初会った時から、自分を怖がったり避けたりする事はなく、寧ろ懐いていると言って良い。
 大抵の者は、大人であっても自分に対して一線を引く。傭兵として数多の戦場を駆け巡り、人を殺して来た自分を蔑んですらいる。それも、自分達が今やっている事を反故にして、これは関係ないのだとばかりに非難の言葉をぶつけてくる。
 一々相手にするのも面倒なので放っているが、そんな彼等から無意識に送られる感情に嫌気がさしているのも事実だった。
──力がないヤツに限って、集団でつるみやがる……
 そうして、力を手に入れたと勘違いする。何かあればそれまでの、薄皮に覆われているだけの連帯感──それが世の条理とはいえ、相手にするだけ馬鹿馬鹿しいとも思う。だからこそ放っている。
 なのに、こいつだけは全く自然に声をかけて来たのだ。当たり前のように、無邪気ともとれる笑顔で。まるで、近所の知り合いにでも声をかけるかのように。
 じっと見下ろす視線にムッとしながらも、掴んだ腕を取り敢えず解放したので、ガデスは逆にその腕を彼に向かって延ばした。慌てて頭を庇って後退るものだから、今度は込み上げてくる笑いを抑えなかった。
「さぁて、メシ喰いに行くぜ──バーン?」
 自分でも甘いなと思いながら、くるくると変わるバーンの表情を、ガデスは楽しそうに見遣った。

親子……?


 食堂の一角に陣取って、二人は食事を取っていた。
 ともかく目立つこの二人組は、いつも決まったテーブルで食事を取る。どちらが言い出した訳ではないが、時間があうと、どちらともなく席を同じくする事が多かった。
 傭兵が本職であるガデスにとって、味は二の次。戦場では味気ない、栄養本位で機能優先のCレイションが主だったから、その生活に慣れてしまっていた。
 確かに、ここは戦場ではない。けれど、ある意味、完全に気を抜く事もできない『場所』でもあるのだ。必要とあらば、自分で料理くらいはする。食べたいものを、食べたいように料理する。だが、身についてしまった習性は、必要量の栄養を摂る事を自身に課してしまう。お陰で、健康管理はお手の物だ。
 それでも、人が作った料理の味に文句は言わないし、ここでは、取り敢えず必要な量だけをトレイに取り分けるのが常だった。
 バーンは逆に、味には結構煩い方だ。不味くても、手を付けた以上は全て食べてしまうが、食事が旨い事に越した事はない。どうやら、全ての人がそうであるように、母親の手料理が味覚の基準になっているらしく、ちょっとでも違うと思うと、途端にそれが表情に出る。思いっきり『不味い!』と顔にでかでかと書かれるので、その辺は実に解り易かった。
「──…で?」
 粗方の食事を片付けた後で、ガデスはコーヒーを口に運びながら、未だ食事を続けているバーンを見遣った。
「何が?」
 きょとん、と。数度目を瞬かせて、バーンはガデスに視線を向けた。ぱくりとフォークを銜えたまま、言っている意味が解らないと、ちょっとだけ眉根を寄せる。
 その表情に小さく嘆息してから、手の中にあるカップをソーサーに戻す。
「話し合えたのか?」
 誰、とは言わなかった。
 一瞬で表情を強ばらせたバーンに、再度、嘆息が落ちる。この顔から推測するに、彼は最初の謁見以来、求める人とはまともに話せないでいるのだろう。彼がここに来てから既に一ヶ月は経過しているが、その間に顔をあわせる事くらいはあった筈だ。なのに、話す時間すらないのか。それとも、向こうが避けているのか。
 だが、バーンの性格は解り易い。知り合ってから日が浅いとは言え、この状況で彼が大人しく件の人物との謁見を待っているとは思えない。彼なら、自分から強引にでも押し掛けるだろうに。
 フォークを皿に置き、僅かに俯いて、バーンはゆるゆると頭を振った。
「まともに話せねぇし、会えねぇんだ。あいつ、仕事が忙しいらしくてさ」
 ずっと探して、漸く会えたと思ったのに、今度は仕事に邪魔されて話をする事すらままならない。言葉を、まともに交わす事すらできない。声を聞く事すらも──侭ならない。
 擦れ違ってばかりだ、と。バーンは苦笑した。
──それだけじゃねぇな……
 ガデスは椅子に背を預け、軽く腕組みをして目の前の子供を見遣った。
 探し続けていたのは、求め続けていたのは相手も同じだろう。そうでなければ、苛酷な研究を強いられ続けた三年間に友人を忘れてしまっているはずだ。
『総帥』が収容されていた研究機関は、相当熾烈な研究で知られていたらしい。その『拷問』を耐えられた理由は、いつか必ず彼にあう為──そうでなければ、人として扱われない地獄で、そんなにも長い間友人を信じていられる訳がない。
 そんな総帥の思いを知らないだろう、『総帥の親友』という、強いのか解らない肩書きを持つバーンを、『ノア』メンバーは疎んじているのだ。しかも、バーンは最初の謁見で総帥の考えを真っ向から否定し、人としてあるべき姿を示唆しようとしている。曾ての友人に戻ってくれと願っている。
 人類の殲滅を間違いだと言い、人類との共存を望む──迫害された事のない能力者。
 それが彼等には気に入らないらしい。
 あからさまな態度を取る者は流石にいないが、友人でありながら協力を拒み続けるバーンは、彼等の攻撃対象になっていた。
 だが、そんな『ノア』メンバーの歪んだ意識から護っているのが、他でもない、件の人物なのだ。
 不器用な程に、必死に、友人を陰から護っているのだ。見えない手を差し伸べて、彼にはそれと気付かせないように。今以上、彼が攻撃される事のないように──それが反って彼等の反感を倍増し、バーンへの嫉妬はいや増しに募るというのに。
──…ったく、揃いも揃ってまどろっこしいヤツ等だぜ……
 ふと、刺々しい視線を感じ、そちらへ視線を巡らせると、慌てて目を逸らした数人の『仲間』が視界に入った。
 隻眼が、すうっと細められる。
 いきなり、ガデスはバーンの腕を取って席を立った。勢い、彼等に視線が集まるが、ガデスは気にした風もなく、反って不遜な視線を周囲に一瞬走らせた。それだけで、彼等への注視は即座に逸れる。
「何だ、ガデス?オレ、まだ──」
 食事は終わっていない。そう言い募るバーンを無理矢理引っ張ると、彼は無言のまま食堂を後にした。
 訳が解らずに引っ張られながらも、何故かバーンは力強い腕を引き剥がそうとはしなかった。

 大切だからこそ、触れる事ができない、壊す事ができない──そんな感覚。
 何となく解るが、見ている者には、それはもどかしいだけだ。
 ガデスは居住区でも上部階層──食堂の一階層上の、グリーンエリアにバーンを引っ張って来ていた。
 このエリアは他とは違い、天井部分を特殊多積層ガラスで作られている。天井に規則正しく配されているのは飾りではなく、ガラスを支えるフレームだ。
 だが、昼間は陽光が差込むここも、今の時間は宵闇に包まれ、穏やかな静けさが支配している。これで虫でもいたら『外』と間違うかも知れないが、生憎とそこまで手が込んでいない。
 変わりとばかりに、天井部には満点の星空が映し込まれていた。ここは、一番『外』に近いのだ。
「……やっぱ、違うんだよな……」
 暫くして、小さな呟きが零れた。
 ん、と。ガデスはベンチに座るバーンを見下ろす。その視線を受けて、バーンは高い位置にある彼の顔を仰ぎ見た。
「あいつ……キースは、オレが知っている『キース』じゃないんだ」
 掠れた声が、自嘲的な笑みをのせて言葉を紡ぐ。その瞳は、暗闇の中でも揺れているのがはっきりと見えていた。
「もう……オレが知っているキースは、いないのかな……」
 この『ノア』にいるのは、探し続けていた親友ではなく、知らない男──揺るぎない信念を掲げ、仲間を率いて、彼等言う所の『旧人類』をせん滅しようとする、『ノア』の総帥。
 曾ての友にすら、仲間を守る為に人間を倒す事を望む、『氷帝』。
 自分が知っているキースは、もう……本当にいないのだろうか。
 力なく項垂れたバーンの背を見遣りながら、ガデスは今日何本目になるか解らない葉巻に歯を立てた。
 葉巻特有の苦みが口に拡がり、彼はそれを吐き出すと、ジャケットのポケットを探る。
「諦めるのか?」
 低い、声。それに、小さく反応が返った。
「諦めて、ダチはもう『死んだ』と、自分に言い聞かせるつもりか?」
「──……っ!」
 ばっと、勢い良く振仰いだバーンに、ガデスの言葉は静かに降り落ちていた。
「お前は──諦められるのか?」
 闇の中に、オイルライターの炎が小さく点った。

 蒼い光が明滅する。荘厳とも称されるその光は、ただ、その内部のみを照らし出していた。
 曾ての、サイロ──核弾頭ミサイル発射口。勿論、そんな危険なものは、もうここにはない。あるのは、その名残りの台座だけだ。
 吸い込まれるかのような光は、色温度にもよるのだろうか……薄寒さを感じさせて、彼は知らず、自分の肩を抱く腕に力を込めた。その姿が、分厚いガラスに映り込む。蒼い光は、その向こうに見えていた。
 不意に。すっと、目の前に差出された手を反射的に睨み付ける。けれど、その姿はガラスに映り込んだまま動こうとはしない。
「……バーン……」
 躊躇いがちの静かな声音が、困惑の色を滲ませて彼を呼んだ。
「バーン……」
 考え直してくれ──静かに紡がれるのは、友人としての言葉ではなく、『ノア』の総帥として、一人の能力者への要請。それが耳に届く前に、バーンは言葉を遮った。
「オレは、人間だ!」
 叫び様、差出されたままだったキースの腕を掴むと、バーンは彼の瞳を覗き込んだ。
 一瞬、キースの瞳が揺らぎを見せるが、それはすぐに感情を押し殺してしまう。恐いくらい完璧に。切り裂かれそうな、冷たい表情がバーンを見据える。
「お前だって、『ノア』の人達だって人間だろ?なのに、どうして少しぐらい違う力があるってだけで殺しあいをするんだ?なぁ、どうしてだよ?どうして、区別しちまうんだよ?」
 言い募るバーンに、キースは何も言い返さなかった。けれど、伶俐な表情が僅かに綻びを見せた。自分の感情を露呈する事を躊躇っているかのように、彼の表情は僅かに苦しそうに歪む。
──どうして、オレをまっすぐに見ない?
 焦燥が心の中に拡がって行く。
「どうして何も言わねぇんだよ、キース!」
 次第に高ぶって行く感情。目の前にいる、親友。なのに、どうしてこんなに遠いのだろう。
──何か言えよ、言ってくれよ、頼むから!
 声も、必死の言葉も相手には届かない。受け入れてさえ貰えない。
 どうして届かないのだ。彼は目の前にいて、自分の腕は彼を捕らえているのに。確かに、ここにいるのに。言葉だけ、感情だけが彼の存在を素通りして行く。
 もどかしい。どうしようもなく、歯痒い。
 どうして、すぐ傍にいるのに、心が擦れ違う?
 どうして、以前のように──
 不意に、バーンはキースの腕を解放した。
 訝しげに視線を向けてくるキースに、けれど、バーンの言葉は静かに、蒼い空間に滑り落ちた。

「オレは、『キース・エヴァンス』を取り戻し──『ノア』の暴走を止めてみせる」

 我ながら甘いものだ──そう自嘲しながら、ガデスは小さく息を吐いた。
 軽く背を預けていた壁から身を離すと、いつの間に来ていたのか、案外すぐ傍に一人の男の姿があった。
 だが、彼は驚きを表情に現す事もなく、却って面白そうに喉の奥で笑ってみせた。
「楽しそうですね、ガデス」
 柔らかな言葉遣い。けれど、その声は言葉程の柔らかさもなく、淡々とした冷たさを自分に届けて来た。
 軽く肩を竦めてみせると、男も肩を竦めてみせる。それが妙に様になっていて、反面、見下されているようで──ガデスは僅かに口端を歪めていた。けれど、滑り出した言葉は、男の意図を知っているのだろうか。
「あんたは楽しくねぇのかい、ウォン?」
「そうですねぇ…」
 揶揄する言葉を受け、僅かに考える素振りを見せる。
 答えを待つつもりもなく、小さく笑うと、ガデスは燻らせていた葉巻を地に落して踏みつぶした。そのまま、彼の横を擦り抜けようとする。
「──貴方程には楽しいかも知れませんよ、ガデス」
 静かな笑みを零し、ウォンは眼鏡を指先で押し上げた。
 この男からは自分と同じ匂いがする。同種の、臭い。それが、自分には感じ取れていたから、ガデスの返事は、軽く鼻を鳴らしただけだった。
「ふ……ん…」
 そう、楽しいのだ。
 これはゲーム。人を操り、心を餌に、能力と言う武器を使う、命を賭けた生身のゲーム。
 いつ果てるとも知れないこのゲームに、誰が幕を下ろすのかは予期できない。感情がそこにある以上、未来は予測不可能。だからこそ、楽しい。この上もなく、面白い。自分は、ただ楽しめれば良いのだから。
──そう、あのガキも……
 過った表情に、またもや自嘲が漏れる。
 いつかは倒す事になるだろう存在は、今は別の事に頭が一杯で、溢れる感情に、混乱する思いに戸惑っている。だからと言う訳でもないが、どうしても目が離せないでいた。
 最初は、総帥の友人という彼が、総帥にとってどれほどの存在か見たかっただけだった。その利用価値を知りたかったのだ。だから、色々とちょっかいを出してみたりしたのだが、その一つ一つに一々反応してくれるものだから、いつの間にか彼の存在に深入りし過ぎていたのかも知れない。
 バーンの存在は、疾うになくしていた『人』として当たり前の感情を呼び覚ましてくれるから。
 気が付くと、自分の預かり知らぬ所で彼を支えていた自分がいた。
 懐かれているから、では理由にはならないが、もしかしたら理由等ないのかも知れない。
 理由も見返りも望まない。そうだ、まるでこれは──
「……俺は親父かよ……」
「──…何ですか?」
 ふと、零れた苦笑混じりの独白に、訝しげな応えが返る。
 それには不敵な笑みを返し、ガデスは軽く手を振ると、止めていた歩を踏み出した。
「何でもねーよ」
 それでも悪い気はしない。この年であんなでかいガキを持つつもりはないが、彼に懐かれるのは結構嬉しかったりもするから。彼といる時間は楽しくて、飽きないから。
──俺も、ヤキが廻ったかな……
 ガキのお守をするなんざ、と。そう考える彼の口元には、言葉とは裏腹の笑みが拡がっていた。

「ノアを出る──」
 バーンがそう言いに来たのは、日付けが変わった頃だった。真直ぐ自分を見て、静かに裡(うち)にある決意を吐き出す姿は、擦れた人間ばかり見て来たガデスには、別世界の住人のように映った。自分とは異なる匂いがする。彼の存在感自体が違っているのだ。
 だからこそ、一緒に行くとは言わない。来て欲しいとも言われない。その理由は、聞かずとも解っているから。
 けれど、彼は危険を承知で二人の子供を連れ出すと言う。聞いた名前は、『ノア』でも、バーンに良く懐いていた子供だった。
「止めないんだな」
「止める理由はねぇだろーが」
 そだな、と。バーンは僅かに小首を傾げて笑った。
「てめぇは、自分で決めた事があるんだろ。だったら、俺がとやかく言う必要はねぇ。好きにしろ」
 言葉を吐きながら、ガデスは手をひらひらとさせて、追い払う仕種を見せた。
「ガデス……」
 ドアを開きかけ、バーンが振り返るのに、ガデスは軽く顔を上げた。出て行くと思った子供は何を思ったのか、そのまま踵を返して彼の元に歩み寄ってくる。
 訝しげにその動きを追うと、俄に首元に抱き着かれた。
「……おい?」
 今度こそ、憮然とした声がバーンに投げられるが、彼は暫く抱き着いたまま離れようとはしない。
 ふと、その躯が微かに震えているのに気付き、小さく嘆息する。
『ノア』を抜ければ脱走者として追われ、研究所や軍にも追われる羽目になる。何も拠り所がなくなってしまうのは、この上もなく心許ないだろう。
 一人であれば追っ手を凌げるかも知れないが、彼は二人の子供を抱えるのだ。それが油断にも繋がりかねない。もしくは、弱点として衝かれてしまうかも知れない。
「それでも、お前は決めたんだろう」
 抱き着かれるままに、ガデスは静かに言葉を紡いだ。
 このまま抱き竦めてやるのは簡単だ。だが、それは今はするべきではない事も、重々承知している。だから、彼が欲しいだろう言葉を聞かせてやる。
「──…ダチを、助けるんだろ」
 そう言うと、小さく頷いて、漸くバーンは顔を上げた。跋が悪そうな表情でガデスを見るものだから、態と不敵な笑みを見せてやる。
「ほら、さっさと行きな」
 迷いは未だあるだろうが、バーンはゆっくりと身を離すと、今度こそドアを潜った。
「ガデス」
「……ん?」
 力のある声に呼ばれ、彼に視線を戻すと、思いのほか強い瞳が真直ぐにこちらに向けられていた。
「あいつらを安全な所に置いて、戻ってくる」
 一方的かも知れないけれど、約束したから、と。そう言い退けるバーンに、ガデスは尚も不敵に笑った。その笑みに応えるように軽く片手を振って、バーンは通路の先に消えて行く。
 残されたガデスは軽く嘆息すると、やおら立上がり、ゆっくりと通路に足を踏み入れた。そのまま、バーンとは反対方向に足を向ける。行き先は、下層──この『ノア』の中枢区。そこの一画には、セキュリティシステムが単体で稼動しているのだ。
 エレベータの階層カウンタが次々切り替わるのを見ながら、ガデスは小さく笑みを漏らした。
「本当に、ヤキが廻ったかもな……」
 脱走の手助けをするとは、自分でも思わなかったから。そうと思わせるバーンの笑顔を思い出しながら、ここにはいない彼に、軽く手を上げる。
 その仕種は、敬礼のそれだった。


 バーン達が『ノア』を抜け出す合間、そのセキュリティは、彼等を護るかのように沈黙を続けた。



………えーと……(^.^;)ホントはね、この『800』は自爆だったのです。でも、自分で自分に『お礼』してもなぁ、とか言ってたら、あずさんに「じゃ、権利ください」といわれ、今回のみの限定で権利委譲です(苦笑)
 でもって、頂いたリクは、あれほど書けないよといっていたにも関わらず……ガデス×バーンでした(大泣)
 だから、私が書くと、どうしてもガデスは保護者なんですってば。
 そして……やはりというか、なんと言うか……『ぱぱ』でした(笑)イラストもあずさんに送ったヤツの使い回しですし(^.^;)色くらい塗れよ、私ったら。
 ひぃこら言いながら書いたのですが……こんなんでも、あずさん、貰ってやってね♪