The Best




 緊張が奔る。
 バーンは僅かに息を吐くと、ゆっくりと拳を握り締めた。キシッと嵌めている革手袋が音をたてるのに、閉じていた瞳を開く。
 真直ぐに上げたその瞳は、ロッカールームのドアを映し出した。
 左の手袋を口元に運び、彼は甲の部分にそっと唇を触れた。
 いつもの緊張。いつもの、儀式……自分が持つ全てをそれにかける為の、ちょっとしたおまじない。
 もう一度、大きく息を吸う。
 そうして、彼の元にセット完了のアナウンスが入った。

 焼けこげるオイルの匂い。
 快晴の空に、1200ccエンジンの轟音が轟いた。
「エンジンまわせーっ!」
「電圧、全出力の80%をキープ!エンジン効率92%です!」
「もう少し上げろ!ベンチテストの設定値に近付けるんだ」
 ピットの中は騒々しい喧噪に包まれていた。
 その中に、ライダースーツのジッパーを上げながらバーンが現れると、途端に彼の周囲に人が群がる。
 彼のスーツには各種のセンサーが埋め込まれ、搭乗時の身体データも計測する。それもテストライダーの役目だ。
「タイヤのコンパウンドは、前回設定よりも少し固めにしてある。カーブでの立ち上がりを意識してくれ。測定スピードはいつも通り、こちらで指示する」
 いうと、開発スタッフの一人が、自分の頭をさす。そこにはヘッドフォンがあり、伸びたアームマイクが彼の声を拾っている。
 頷き、ヘルメットを冠る間にも、彼は軽くバーンの肩を叩いて、他のスタッフを持ち場につかせた。
 残るのは、一旦エンジンカットされた新型モデル。ロードレーサーのそれは、白いカウルが太陽光を弾き、躍動感に溢れ、孤高の気高さを感じさせる。
 バーンはそっと口元に笑みを浮かべた。
──さぁ、行こうぜ……

『120まで上げてくれ』
 ヘルメットに仕込まれたスピーカがスタッフの声を響かせる。耳もとでがなりたてるノイズに少しだけ目を細め、バーンは軽くアクセルを空けた。スロットルに従順に反応し、バイクは加速していく。
 現時点でスピードは95キロ。バンク角の深い部分では車体が跳ねてしまって、かなり危険なスピードだ。
 だが、彼は次に与えられた指示に、一瞬耳を疑った。
『次のカーブを降りたら、バンクの一番下でのデータを取る。引き続きスピードは現状維持だ』
「──っ?何だとッ!?」
 思わず、声を上げてしまう。向こうもバーンの声を拾っているから、その素頓狂な声は聞こえている筈だ。なのに、まるでその声を無視するかのように、スピーカは同じ指示を無機質に伝えてきた。
『バンクの一番最下層だ……聞こえたら、指示に従え』
「冗談じゃねぇ!このスピードであそこに突っ込んだら……」
『サスペンションのデータを取る為のテストだと言った筈だ』
 確かにそう言われ、テスト内容も確認した。だが、こんな無茶な事はどこにも書かれてはいなかった。
 しかも、サスペンションデータを取るには、タイヤ設定が固すぎる。
──やるしかねぇってのかよ?
 新型のスペックは、何十回と繰り返されるテストと、車輛補正によってはじき出される。その為に、何度も設定を変えてテストするのは当然で、もちろん、テストライダーとして契約している彼に、その内容を逐一確認するのは契約書にある通りだ。
「後で、契約違反分は請求するからな!」
 バーンはマイクに向かって叫ぶと、迫っていた最終バンクに向けて、車体を倒し込んだ。

 ぼんやりと開いた瞳は、すぐに眼前の像を結べなかった。だが、自分が動こうとする前に、覗き込んでいた人影が、優しく髪を梳き上げてくれた。
「……気がついたかい?」
 そっと囁かれる低い声。それにゆっくりと瞬いて、バーンの瞳は漸く声の主に焦点があった。淡い銀髪が、照明を弾いている。陰影の落ちた顔は、どこか疲れを滲ませていた。
「……キース……?オレ……っ!」
 起きようとした躯が鈍い痛みを訴え、バーンはベッドに沈み込んだ。
 痛みに呻いていると、キースはそっとバーンの躯に腕を回し、彼を抱き込んでしまう。
「良かった……」
「──…え?」
 不意に、耳もとで囁かれた声が震えているのに、思わず聞き返してしまった。
「キース?どうしたんだよ」
「……──った……」
 掠れた声。それが綴った言葉に、バーンは息を呑んだ。
「君が死んでしまったかと……思った…」
 そう言って覗き込んできた表情は泣き笑いのまま、掠めるようにバーンの唇にキスを落していく。
 テストで無理な指示が出され、バンク最下層に突っ込むと、バイクはカーブと地平面、スピードの負荷に耐えられなかった。
 データを取りたいと言っていたサスペンションが最初にいかれてしまい、押さえ込もうとしたバーンを弾き飛ばしたのだ。
 バーンは無意識のうちに力で自分を守ったらしく、路面に叩き付けられても、重傷は免れた。
 だが、それを聞いたキースの狼狽ぶりは相当なものだったらしい。運び込まれた病院で、包帯に包まれたバーンを抱き締めたまま、彼は周囲に誰をも寄せつけなかったとは、あとで付き添ったスタッフから聞いた話だ。
 あの時のように、君がいなくなってしまったかと思った──そう、キースは呟いた。その表情は青ざめて、唇は震えている。それでも、彼はバーンにキスするのを止めようとしない。
 まるで、彼の存在を確かめるかのように、その腕にきつく囲ったままだ。
「……キース…大丈夫だ…」
 ゆっくりと紡がれる言葉に、振り落ちるキスも止む。
「オレは死なねぇよ」
 お前残したら、何するかわからねぇから、と。微かに笑い、バーンは痛む腕を引き上げて、キースの首元に絡めた。
「だから……」
「──僕は、ずっと傍にいるよ……バーン‥」
 言おうとした言葉を奪い、その吐息迄も奪うと、キースは漸く心からの笑みを見せたのだった。



 どうも……(^.^;)
 修さんに「テストライダーとして仕事しているバーンが見たい」とファックスしたら、「多分書きませんが、うちの設定で書いてみますか?」とのお答えを頂いて、いきなり書いて、メールで送ってしまった話です(笑)
 で、555のカウントゲットとしてのOKを頂いたので、アップです。
 思い立って書き始めたは良いものの、なにが書きたかったんだろう?な話になっちゃいました(苦笑)
 何考えてたんだろ?
 まぁ、細かい話し始めるとはまっちゃうので、余り掘り下げてないですが、さらっと……は行かないか。話し、ちょっと重かったし(?)なんか、最後の方甘くなっちゃったし……載せていーのか?
 んー、まだリハビリが必要ですね。なんか、上手く表現できなくなったままの気がするので、もう少しの間は、頑張って文章こねくり回す練習しなきゃね(←そうしないと、自分の文章って気がしない……)