【よくある質問】
基礎基本問題集作成の動機
私が初めてコンピュータなるものに触れたのは30年ほど前、弟から日立ベーシックマスターレベル2を譲り受けた(買った)ことから始まる。その後、MZ-700とかFM-7とかMSX
というような時の名機に夢を託しながら、コンピュータの可能性を引き出そうと努力してきた。今、その当時から買い溜めた「ゴミ」が10台ほど倉の中で眠っている。
その当時はソフトは手作りが一般的で、コンピュータ言語に精通していなければ自分が機械でやりたいことが出来なかった。教育の分野でもそんな現象があった。アセンブラを買い込んで暴走と格闘しながら画面を切り変えて200倍も速いアニメーションを作ったり、横スクロール(横に背景がずれて新しい背景が現れる)を可能にするプログラムを作って喜んでいた。PascalやBasic、片言のアセンブラで当時としてはびっくりするような効果が発揮できた。カセットテープにプログラムを記憶させたことも懐かしい思い出である。
革新的なものは十数年年前にあった。それはマッキントッシュで、あの機器とソフトに触れただけで自分のソフト開発など雲散霧消してしまえるほどのショックを受けた。だが、現場が求める物は高価なソフトと機器ではないと自分を納得させて開発に励んだ。
98の時代、Windowsの時代と、信じられないような機器の革新とソフトの進歩があり、教育ソフトは画像が豊富まるで教育番組のようなものや、ゲームのようなものまで出回り、オーサリングツールによりフレーム型、分岐型のコースも開発されていた。だが、一時期もてはやされたソフトも機器の進歩や現場の多忙化によって使えなく、または使われなくなったりしている。
しかし、これからはネットの時代であると確信している。ホームページにプログラム・コースウエア等を置いて、ここにアクセスすることによって学習材が開いていくのである。これによって情報獲得手段を持っている限りどこでも誰でも学習ができるようになる。そんな時代の到来は、再びあの30年前の熱気が蘇ってくるような気がする。そして、頼りになるのは、結局は今までに書き溜めたコードであり、今までの経験から子どもたちが楽しんで学習に集中できるアイディアだろう。これからもそれをネット上に実現していこうと考えている。
(作者 echo)
echo のハンドルの由来
internet が米国で普及し始めた頃、日本ではパソコン通信が流行っていた。雑誌を参考にしてモデムを買ってきてPC9801に接続し、ソフトを雑誌の5インチフロッピーからインストール。やっとの思いで草の根ネットに初めてアクセスすることに成功した。何度か設定を変えているうちに 他の人のハンドルが登録してあったのだろうか受け付けてもらえず、「ええい、めんどくさい、DOSの命令を時にハンドルにしてしまえ」と「echo」としたのが始まり。これ以来、ハンドルはecho
になった。口の悪い人には アクセスが少なくなると「echo off だね。」とか言われてしまった。