宿の本当のところ教えて

 このページは「ホントのところどうなの?」という素朴な疑問や、普段なかなか知ることのできない裏事情、面白エピソ−ドなどを書いてみたいと思います。
長年宿をやっていると、色々な”事件”に遭遇したり、様々な体験をしてきます。
Webページという場をお借りして、その一部を書かせていただいた次第です。
文中では当館を中心として記述しますので、ある側面ではPR的要素も出てくるところもあります。しかしそのような主旨ではなく、飽くまでも客観的な視点で記述しました。


 
信州に住んで良かった

 この地に来て、はや20年余の歳月が過ぎ去りました。私の人生の何分の一かは、信州で生活していたことになります。
私は東京生まれで、信州へは観光で来ることが多かった、ごく普通の一市民でした。ひとつ言えたことは、自然や緑が大好きで、信州に来るととても癒やされて、心からリラックスできたことでした。
 夏になると車で碓氷峠を登り、よく軽井沢にやってくることがありました。軽井沢に着くとエアコンを切り、窓を大きく開けて空気の清涼感を満喫しました。街を歩いても空気が澄んでいて、太陽の光が全く違います。緑も鮮やかで、大きく深呼吸しながら、いつか信州に住んでみたいと思っておりました。
その後、憧れが現実となり、信州に住むことができました。そして長年住むと、信州での当たり前の毎日の生活が、とても貴重で有り難いものであると思い知ることになったのです。

 私は年に数回、東京やさいたま市近郊に行くことがあります。行くときはいつも、車で上信越道〜関越道を走ることが大半です。そして気がついたのは、「空気の透明感の違い」です。
碓氷峠を下りて群馬県に入ると、何となく空気がもやもやした感じになります。さらに進み藤岡ICをすぎると、さらに空気が重く淀んだ感じになってきます。最初は天気のせいだと思っていたのですが、何十回と通行しているうちに、空気の汚れと湿気の多さではないかと気がつきました。いつもクリアな空気の中に住んでいるので、空気の汚れに敏感になっていたのです。反対に大都市近郊に住む人は、汚れた空気が日常ですので、あまり感じることはないと思います。
 実はこの空気の汚れについて、後日興味深い記事を発見しました。長野県佐久市の観光案内によりますと、大気がキレイに澄みわたってくるのは、標高700mくらいからだそうです。私の住む白馬村は、ちょうど標高700m以上の高地にあり、理想的な環境なのです。つまり私が感じる空気のモヤモヤ感は、標高差によるキレイ度+大気汚染+湿度 による違いだったと思います。
 大気汚染に関しては、車の窓ガラスを拭いたときに、その違いを実感します。信州では通常走行後、汚れた窓ガラスを拭いても、その汚れは土埃による汚れが大半です。それに対して大都市近郊を走行後の汚れは、フロントガラスにべっとりとまとわりつくような、油性の汚れです。多くは排気ガスなのでしょうが、それ以外に大気自体の汚染を感じます。
 所用を済ませて高速を走行し、信州に入ると空気の透明感を実感します。空が高く、青空が美しい。「ああ、信州に帰ってきた!」といつも思います。それだけでも、信州に住む価値があると思うのです。

 定年退職後、田舎暮らしに憧れる人が多いと聞きます。特に男性は、その傾向が強いようです。なぜ田舎に魅力を感じるのでしょうか。
それはあくせくした都会の日常を離れ、緑豊かな地で、人生の最終ステージを過ごしてみたいという気持ちからなのでしょう。
 私が大都市近郊に出向き、いつも感じるのは住宅環境の悪さです。東京の真ん中あたりならまだ納得できるのですが、近郊の街でも住宅環境は劣悪に思います。
まず、宅地面積が狭すぎます。その狭い土地に、なるべく大きく居住空間をとった家を建てるので、必然的に隣家と接近します。手を伸ばせば、隣家の壁に手が届くことも珍しくはなく、2軒の外壁が人が入れないほど接近して、どうやって建築工事をやったのだろうと不思議に思える家もあります。
アメリカ人が、「マッチ箱、うさぎ小屋」と表現するのも、よくわかります。網戸にして夫婦げんかをすれば、まる聞こえになるでしょう。

 大都会周辺の多くの人は、お世辞にも良好とは言えない住環境で人生の大半を過ごし、定年を迎えます。(勿論、恵まれた住環境の方もいると思いますが、少数と思います)
さて定年後、有り余る時間を使い園芸などをやってみたいと思っても、自宅にはそもそも庭がほとんどありません。さらには、自宅にくつろげる居場所がありません。
そこで一念発起して田舎暮らしを検討することは、とてもよくわかる気がします。
それは劣悪な住環境下では、土いじりや日曜大工もままならず、家庭農園やバードウォッチングするには、車を走らせ遠方まで行かなくてはならないからです。
以前聞いたお客様の話では、「日曜大工で釘を打っていたら、近所からすぐに苦情を言われて閉口した」と伺いました。あまりに住宅が密集しているので、少しの物音でも近所迷惑になってしまうのでしょうか。
新聞の人生相談にも、「隣家のご主人がご自宅の換気扇の下で喫煙し、その煙草の煙が我が家に流れ込み苦痛だ」という相談がありました。これなどもあまりに隣家と接近しているため、思わぬ『被害』に遭うことになった事例でしょう。こういったエピソードは枚挙に暇なくあり、経済大国と言われた割には、お寒い現実です。
なぜアメリカのような、見た目も美しくゆとりある住宅街にならないのか、いつも不思議に思います。やはり、日本とは基本理念、スタンダードが違うのでしょう。

 そんなわけで信州暮らしを始めた私ですが、日曜大工に苦情を言われることなく、バードウオッチングも自宅の庭で楽しめ、散歩は静かで緑あふれる素敵なコースを満喫しています。
後述するように、水はとても水質がよく美味で、お茶やコーヒー、焼酎の水割りもとても美味しくいただけます。
信州は自然が豊かなので、春から秋まで花や新緑、紅葉を心ゆくまで堪能できます。日本アルプスや高原、牧場、湖など素敵な風景に、どこに行っても巡り会えます。
こんな環境下で生活できることは、何よりの恩恵だと思っています。

「地方に住んで不便では?」と言われることはありますが、普通の生活には困ることはありません。特に近年、インターネットで何でも買えるので、昔、秋葉原を歩き回って少しでも安く買える店を探し廻った努力は、今は不要です。価格コムで買えば最安値の商品が、翌日午前には手元に届きます。
銀行振込も店頭まで行く必要もなく、ネットなら数分で振り込みできます。スーパーマーケットも村の割には大型店もあり、普通になんでも買うことができます。
強いて言えば、東京にあるデパートや一流店での食事や買い物、演劇や美術鑑賞などは難しいのは事実です。ただそれとて、白馬から最短3時間で、銀座の街角に立つことも可能なのです。

この文章をお読みになり、もし信州などに移住をお考えの読者がいらっしゃいましたら、ご遠慮なく相談ください。
可能な限り、お手伝いさせていただきます!



トイレの話し

 皆さんが家を建てるとします。アレコレプランを練って間取りを決めていきます。理想の間取りになり大満足。ところが図面を起こし延べ床面積を計算したらかなりの面積となりました。坪単価50万円とすると、わずか5坪増えただけで250万円も予算オーバーとなります。それに伴い不動産取得税や固定資産税なども、すべて増額となってしまいます。それではたまらないと間取りを切りつめていきます。その結果、必要最低限の間取りとなっていくことが多いのです。(勿論あり余る予算のある方は別ですが)

 宿の場合も基本的には同じです。
気がつくと1億円オーバーなんてことも珍しくありません。そこで同様にやりくりするわけですが、なんと言っても土地代が大きいのです。田舎とはいえ、必要な土地の広さが一般住宅と異なります。普通の家なら50坪もあれば十分かもしれませんが、宿の場合最低200坪から300坪は必要です。駐車場も考えれば400坪ぐらい欲しいところです。
ところが現実には100坪の敷地に目一杯に建っている宿もあるのです。お客様のためには広い土地と建物、少ない収容人数が理想です。しかし経営する側の効率から考えれば、それはもっとも非効率なことなのです。
逆に言えば、なるべく狭い土地に必要最低限の建物、出来る限り収容人数を増やすことが、もっとも効率的に売り上げと利益を上げる方法になる訳です。

 そこでトイレの話しになるのですが、私が昔泊まったンションは、全館でトイレが2つしかありませんでした。(後で自分が経営してわかったのですが、トイレが多いと掃除と維持管理が結構大変です。勿論建築費用もかさみます。)当然朝などは並ばないと入れないのです。
これはかなり不都合なことですが、そんなことは実際に泊まってみないとわかりませんし、トイレの数を気にして予約する人はまずいません。要は泊まってみて初めてわかることが多いのです。
 その経験からか、当館はトイレが12もあります。最大でも22名様しか泊まりませんので、2人で1つはある計算です。これは大いに自慢していいことかもしれませんが、「うちはトイレが12もあります」とはなかなかPRできませんし、仮にしたとしても「何言ってるんだろう?」と変人扱いされるのが関の山です。
PRするのならば、部屋にアメニティグッズがあるとかTVや冷蔵庫があるなどの、ありきたりのお客様に分かり易いものをPRするのが普通です。実際に、料金や備品などの問い合わせは当然ですが、トイレの数を訊かれたことは一度もありません。

 そのような備品があればそれなりに便利であることは否定しません。けれども、玄関を一歩入ったときに感じる広々とした雰囲気や、2人並んでもゆったりと歩ける吹き抜けの階段などのパプリックスペースは、宿のスペックには出にくいのですが本当は最も大切なことであり、ゆとりやくつろぎ感を演出する重要な要素なのです。
しかしながら、皆さんが宿を選ぶときこのような要素は公表もされていませんし、ほとんど意識することはないと思います。また具体的に比較する術もなく、比較しやすい対象でしか判断できません。それで「行ってみたら写真とはずいぶん違うね」などと違和感を持つわけです。

 以前日本車がスペック競争に走っていた時期がありました。かつてはサイドウィンドウにまでワイパーをつけたり、ステレオのスピーカーを数十個装備するなど、今考えると滑稽なことです。しかしながら理屈はどうあれ、ある意味で売れる車はいい車なのです。けれども、消費者にとってはそれが最善の選択ではないことが多々あります。それは資本主義の宿命といえるかもしれません。
 とあるドイツ車のメーカーが「日本の高級車というのは、装備が多い車のことをいうのか?」と揶揄したことがあります。今でこそ日本車も安全性や車の基本性能を重視するようになりましたが、以前は全く注目されていませんでした。なぜならいくら安全な車を作っても、消費者が求めていなくては売れないからです。安全のために5万円のコストをかけるよりも、「CDプレーヤー標準装備」とした方がお客に受けるからです。
 そのために輸出仕様の車には標準装備のサイドドアビーム(側面衝突時に搭乗者を保護する安全装備)を、国内向けにはわざわざコストダウンのために取り外していたほどです。なぜなら日本では全く評価されないものを、コストをかけて装備する意味がなかったからです。

 ホテルや旅館と同様にペンションやプチホテルも、営利を追求していることは否定しません。しかし大きな違いは、基本的に家族で営業していることです。よって規模も一番小さく、収容人数もせいぜい30名以下ぐらいです。それ以上の人数は、家族経営では無理が生じます。
 ところが中には100名近い収容のペンションもあるようです。ペンションも一種の企業ですから、営利を追求するのが本道なのかもしれません。しかし経営効率を重視するあまり、比較されやすい客室のスペックだけを華美にし、それ以外のパブリックスペースを最小限にする傾向も見受けられます。その結果、一番後回しにされる設備の駐車場が足りなく路上駐車したり、食事を2交代にしたりするようです。
何かむなしいことです。。

 

 
カーナビの話


今ではほぼ必需品に近くなったカーナビゲーション。
知らない場所でもどこでも案内してくれる、非常に便利な車のアシスタントですが、それにまつわる面白い”事件”もご紹介しましょう。

ある日のことですが、夕食の始まる時間になっても宿泊予約のあるお客様がお見えになりません。予約帳を調べてみると携帯電話の番号が運よく載っていたので、早速電話をしてみました。
以下会話の内容です。

「○○様でいらっしゃいますか?今どちらに」
「どちらって、お宅の客室にいますよ」
「え!もうチェックインされていましたか?大変失礼しました。」
電話を切ったあと、あわてて客室に確認に行くと、お客様はいらっしゃいません。また、チェックインされた形跡もないのです。
そこでもう一度電話をすることに。

「度々恐れ入りますが、お客様何か間違えていらっしゃいませんか?」
「いや、カーナビの案内するとおり来て、ちゃんと部屋に案内されたよ。」
「当館は白馬のクラレットですが、お客様違う場所にいらっしゃいませんか?」
「えー?もちろん白馬に来たし、宿名は・・・。ちょっと聞いてくる。」・・・「あ、間違えたみたい。」

そうなのです。このお客様はカーナビの案内するとおり白馬に来て、着いた場所の宿に入ったわけです。
どうやらナビの電話番号入力で数字を誤入力していたのですが、それに気づかずそのまま違う宿にチェックインしてしまったのです。
白馬は宿が非常に多いので、間違った番号も偶然ある宿の番号だったようです。
不思議なのはその宿の人も、お客様の名前も聞かず部屋に案内したことです。あとで聞いてみると、うっかり予約帳に記入漏れしたご予約ではと一瞬思い、あわててご案内してしまったようです。
偶然がいくつか重なって、予約のない宿に平然とチェックインしたお客様と、あわてて対応した不運な宿。
このような不思議な事件が起こるのも、文明の利器「カーナビ」のなせる技なのでしょう。

ところで見知らぬ観光地へも確実に案内してくれる便利なカーナビですが、長野県ならではの思わぬ盲点があります。
それは運転しやすい道か、そうでないものすごい山道かということです。ご存じのようにカーナビは基本的に国道や高速道路などの主要道と、目的地への最短ルートを合わせて考慮し、案内するルートを決定する基本構造になっています。ですので基本的に県道や村道よりも、国道優先に案内するわけです。
そこに盲点があって、長野県の場合は四方を山に囲まれた山岳県のため、ルートによっては標高差1000mを超えるアップダウンや、果てしなく続くカーブの連続となる道もあるわけです。
つまりまっすぐで平らな道ならば、10km走ってもあっという間ですが、これがものすごい山道だと相当時間もかかる上、ドライバーの疲れ方が全く異なります。
一般には国道は広く立派な道路という印象でしょうが、国道も300番台以降となるとそのイメージは大きく乖離することがあります。
地方においては、広域農道など地方道の方がずっと立派で走りやすいことも多いのです。

将来カーナビがもっと進化すれば、疲労の程度も考慮した案内をするかもしれませんが、現在では渋滞は考慮しても運転のしやすさは考慮されていません。そのためにカーナビの案内するまま走って、グッタリするほど疲労困憊になる事例も発生するわけです。
都市部においてはさほど大差ないルート選定も、信州においては走る車がほとんどいない、国道という名前の山道になってしまうこともあるのです。

これも実例ですが長野から白馬へ向かう場合、地図を見ますと国道406号が太い線で赤く記され、ほぼまっすぐに白馬へ通じているように見えます。ですのでカーナビはもちろんこの道を案内してしまいます。また地図をご覧になるお客様も、このルートで来られるかたが結構いらっしゃいます。
ところが現実には、地元の人はほとんど通らないすごい山道で、アップダウンとカーブの連続のとてもハードな道なのです。特にオフシーズンになるとすれ違う車もほとんど無く、もし運転を誤って谷底へでも落ちたならば、数ヶ月は発見されないのでは・・・などと思うほどです。
ですのでこのルートを通られたお客様は、異口同音に「いやーすごい道でした」との感想を述べられることが多いのです。
では地元の人はどこを走るのかというと国道の南を走る村道と県道で、このルートでしたら所要時間も約半分の上、時速60km以上をキープできるほどの快適な道です。それで当館の交通案内にも、そのことが書かれているわけです。

ある日のことですが、「今日は小布施(長野市すぐそばの小さな街。北斎と栗が有名です)へ行ってきます。」とゆうお客様がいらっしゃいました。
私は上記のことが頭にありましたので、「道をご案内しましょうか?」と申し出ましたが、
「いや大丈夫、大丈夫。カーナビがあるから」とおっしゃるわけです。
それ以上無理にご案内するのもどうかと思い、そのままお見送りしました。

そして夕方。無事にお客様は帰ってこられましたが、ご様子が変です。かなりお疲れでグッタリしているのです。
夕食の時間になっても奥様しか来られず、「主人は疲れて食欲がないので結構です」とのお言葉でした。
あとでお話を伺うと、カーナビが案内するまま、恐怖のR406号を往復してしまったようです。そのため都会ではまず走ることがない山道を、たっぷり4時間運転し心底疲れ切ってしまったのです。
私はその話を伺い、やはりお節介でもご案内すべきだったと反省し、直後に当館HPの交通案内にご注意としてその旨載せたのでした。

カーナビの過信は禁物です。地方に行かれましたら、耳と目で新たな情報を仕入れましょう!


水の話し


「都会の水はまずい」とはよく言われています。
そこで浄水器をつけたり、飲料水を買ってきたりするようです。しかし米を研ぐ水や、全ての水をミネラルウォーターでまかなうのは難しく、それなりに使い分ける人が多いと思います。

私が白馬に来て、「もう都会には住めないな」と感じた一番の違いは水です。
はじめの頃こちらにしばらく住み、そのあと都会に戻った時何気なく口にした水の味のあまりの違いに、愕然としたのです。
「こんなにも水の味が違うのか!」とはっきり認識させられたのです。漠然と感じていた水の違いが、白馬に数ヶ月住んでその味が当たり前となって初めて思い知らされたのです。
それ以来都会の水が飲めなくなりました。
都会でせっかく高級煎茶を頂いても、まずい水の味が鼻につき美味しく飲めないのです。コーヒーなどもせっかくの美味しい豆が台無しになってしまいます。お米も全く違いますし、味の濃いみそ汁まで違いがわかるようになりました。

「それなら市販されている天然水なら同じでしょ。」という声も聞こえてきますが、私は決しておすすめしません。それは水そのものの生い立ちもさることながら、よく使われているペットボトルが曲者なのです。
私は前職が総合的なパッケージメーカーに在籍していましたので、実際の成型現場もよく知っています。ペットボトルの原料はいうまでもなく石油です。高熱で溶かした原料を空気でブローして金型で成型するのですが、どうしても離型剤などの油脂類が付着しやすくなります。その容器をきれいに洗瓶加工すれば良いのですが、まずそのまま充填してしまう可能性が大です。

理由はコストが高いからです。
今、日本で完全な洗瓶加工後、リサイクルして使用するのはビール瓶ぐらいです。理由はロットが大きいのと、瓶の形状が一定であることに加え回収システムが完成しているからです。かつては牛乳瓶もリサイクルしていましたが、現在スーパーではほとんど紙パックに取って代わってしまいました。よって現在の牛乳瓶のリサイクル率は知りません。
ペットボトルの場合、形状は様々であり多品種小ロット、そのままボトルとしてのリサイクル使用はまずされません。よって洗瓶するとなると専門のラインを用意する必要があり、大変なコストがかかるのです。
仮に洗瓶しているボトルがあるとしても、成分の溶出が心配です。カップヌードルで問題となっていますが、熱湯を注ぐことにより、人体に有害な成分が溶出しているのです。救いは熱湯でないことだけですが・・・。

それではなぜ白馬の水はなぜ美味しいのでしょうか?
第一に水源が北アルプスの雪解け水であることです。しかも取水口の上流に、人家は1軒もありません。水源としてはこれ以上の好条件はないでしょう。よって水に添加する薬品はほとんど使用していないということです。
【関係者に聞いたところ、水の綺麗さは消毒が必要なレベルの100分の1以下であり実質的には消毒の必要がない綺麗さだが、法律上どんなに綺麗な水でも微量の消毒はやらなくてはいけないそうです。また純水に近いので、水に通電して抵抗を計り作動する機械(ビールサーバーなど)に電気が通らず、わざわざ不純物を入れることもあるようです。】
お客様に冷たい麦茶をお出しすると、「なんて美味しい麦茶なんだ!何という名前の麦茶ですか?」と訊かれることがよくあります。麦茶はどこでも売っている普通のものです。水が美味しいので、さも高級な麦茶と勘違いされる方が多いのです。

それに引き替え都会の水は生活排水、工場排水、農薬やゴルフ場の除草剤で汚染された水を、薬品で無理矢理消毒して飲み水としているのです。分かっている事とはいえ、怖ろしいくらいの汚染された水を口に入れているのです。美味しいわけがありません。
私は学生時代に数年にわたり、某大学の貯水槽清掃のアルバイトををしました。年1回の水質検査に備え、大掃除をするわけです。巨大な部屋を思わせる貯水槽にマンホールから入り込み清掃するのですが、その汚れ方は本当にひどいものです。天井からは鍾乳洞のようにカルキのつららが垂れ下がり、床はヘドロ状の沈殿物で泥田のようです。デッキブラシでワッセワッセと洗うのですが、わずか1年でとても飲み水とは言えない惨状に戻ってしまいます。「こんな水飲めるか!」と思ったものでした。

人体の65%は水分だといいますが、水道をひねった水が安心して飲めて美味しければそれに越したことはありません。でも安心して飲める水は、今は探さなくてはならないほど少なくなってしまったのです。


キャンセルの話し

この問題はできれば触れたくない問題でもあります。しかし最もトラブルが多いのはこの問題だと言われているので、あえて書いてみようと思います。

キャンセル料とは、予約のキャンセルにより宿側の被る損害の一部を金銭で賠償する制度です。
そもそも予約とは「売買契約」ですから、宿泊予約時にあらかじめ契約書でも交わせばいいわけですが、なかなかそこまでは現実には難しいことです。
最近こそオンライン予約が多くなりキャンセルの説明項目を明記していますが(載せてない宿もたくさんありますが・・・)、以前は大半は電話予約でした。お客様に長距離電話をかけていただいていることもあり、あえてキャンセルについて細々と説明するのは気が引けます。
それにせっかく予約していただく段階で、言い方を変えれば「予約した以上今後キャンセルするとこれだけのキャンセル料がかかりますよ、いいですね?」ともとれる事柄を、あえて言いたくない気がするからです。
お客様にしても「そこまではっきり言われたら、少し考え直してみないと大変なことになる。」と予約することを躊躇してしまいます。

この問題の根幹には、日本人特有の「曖昧の文化」が根付いていると思います。日本人にとって、あまりにもハッキリと明言することは、露骨すぎてイヤミがあるのです。
ですので会議などの場でも、「ではそういうことで」と言って閉会するのが常です。各人が大まかな総論を認識はするけれども、ひとつひとつの議事内容については結論を先送りすることが多いのが日本人の特色です。(国会をみれば明白です。いわゆる玉虫色の結着です。)
それとお互い遠く離れていて、顔も知らないことが根底にあります。
たとえば近所のお寿司屋さんでしたら無責任にキャンセルなど出来ませんし、よく顔を合わせるような人ならば、よけい慎重になります。
ところが遠く離れていて顔を合わせることがない人でしたら、非常識とわかっていても知らん顔して済ませてしまうことが可能です。面と向かって非難されることがないので、大胆な行為になるのかもしれません。
ある意味での「旅の恥はかきすて」と言えます。
今までで一番ひどかった人は、当日お越しにならないので電話したところ、「そんな予約してません。何も知りません」と話しをすることさえ拒否した方がいました。
そのあと数年、ひどく予約に対して神経質になったのは、言うまでもありません。
やはりこういう人がいるので、「予約金を入れてください」となるわけで、本来は宿も全てお客様を信頼したいのです。
(ちなみにこの方は予約金なしの人でした)
しかしせっかく作った料理を捨てて後かたづけをしていると、「二度とこんな思いをしたくない」と思うのも仕方ないことだと思います。

また夏休みに見受けられるキャンセルで多いのは、お子様のスケジュール関連です。
中学生ぐらいのお子様のいるご家族ですと、クラブの練習や試合などで、休みの日程がクルクル変わるようです。さらに1ヶ月くらい前だと、そもそもクラブの行事日程がまだ白紙状態で、いつ休みになるのか分からないことが多いようです。
それなのに、『部屋がなくなると困るので、とりあえず予約を』とお電話いただきます。
『子供が試合に早く負ければ確実に行けるけど』などとおっしゃいます・・・。
このようなお客様の本音は、『部屋は押さえておきたいが、予約金やキャンセル料は払いたくない』ということに集約されるようです。
たぶんキャンセルされる宿側のことなど、はなから頭にないのかもしれません。
それでは宿もたまったものではないというのが、本当のところです。

さて宿側の被る損害はどんなものなのでしょうか?
それはまさにケースバイケースで、まれにですが結果的に損害ゼロということもあります。
(たまたま人数、泊数、料金など全てが同一条件で新たに予約いただいた場合など)
しかし大半の場合はそのまま空けてしまうか、仮に次の予約が入っても定員通りに入らない(4名様の部屋を2名様で使用)、第三者経由の割引料金で受け入れるなど、何らかの障害を被ることが多いです。
また場合によっては、最悪のケースもあります。
これは実例ですが、あるオフシーズンの週末に、2名様1泊の予約をお取りしたわけです。すると直後に20名様2泊貸し切りの予約の申し込みがありました。
しかし既に2名様をお取りしてあるので、貸し切りが条件となれば受け付けるわけにはいきません。内心「惜しいなー」とは思いましたが、丁重にお断りしました。
ところが数日後、先の2人のお客様からキャンセルの電話が・・・。
まさに絵に描いたような悲劇です。

このような例は特例ですが、一般に直前になれば当然新たな予約を頂くのは難しくなります。
それに、人数が多くなればそれだけ被害は大きくなります。特にペンションのような小さな宿の場合、6人ほどキャンセルがでただけで、売り上げの3割は消失してしまうのです。
またJTBのような大手旅行社と違い、予約してくるお客様の絶対数が比較にならないほど少ないのです。よって予約をとるべき時期をはずしてしまうと、キャンセルで空いた穴を埋めるのは非常に難しくなります。
そして大きなポイントは、夏休みや連休など予約の時期がほぼ決まってしまうことです。言い換えれば、それ以外の時期は満室にはなりにくいのです。
よってどうしてもある特定期は、きちんと満室にしたいのが宿の本音です。いつでも満室になるのなら、キャンセルが出てもどうって事ないのです。

関連したことですが、「キャンセルではなくて延期・変更」と言われるお客様もたまにいらっしゃいます。お客様の気持ちもわかりますし一見リーズナブルですが、宿にとってはあまりありがたくありません。
それは宿泊日まで十分に対応できる期間があれば問題ないのですが、大体数日前の変更が多いのです。そうなると、予約された日を空室にしてしまうことが大半となり、実質的にキャンセルとなんら変わらないのです。
「また再予約するから」としても、先に記述したように多くは週末・連休など予約が集中する日程が多く、他のお客様を断ってリザーブすることになります。結果として、「変更・延期」による穴を埋めることがほぼ不可能なのが実情なのです。

ここで基本的な予約業務について、ご説明してみます。
お客様からご予約をいただくと、即座に空室管理をするのが私のいつもの仕事です。目的はもちろんオーバーブッキング(予約の重複)を防ぐことが最優先となります。すなわち、予約いただいた部屋を確保し、他の予約を断り重複して取らないよう管理する訳です。(ここにキャンセル料の根拠があります)
当館のHPは勿論のこと、提携旅行サイト、代理店、保養所契約先など全てに連絡を取り、空室管理するわけです。そのために時間も手間もかかり、ミスは絶対許されません。(ある旅行サイトで、宿側のオーバーブッキングに対し訴訟になった実例があります)
また関連してリネンや食材、ワインやビールなど全て過不足なく発注していきます。これを多い時は1日10回も繰り返しメンテナンスするのです。また直前になればなるほど、厳しい対応を迫られます。

ところでキャンセルの基準は宿によってまちまちですが、旅行代理店の場合、3週間前まで無料としている場合が多いようです。
このシステムを逆手にとって、3週間の期限数日前にキャンセルする人がかなり多いそうです。
特に一時期、クリスマスのシティホテルの予約がまさにそのパターンで、キャンセルを見込んで300%!程多く予約を取っておいても、結果的に空室が出るほどひどい時期がありました。
まだ誰と行くかも決まってないのに、「とりあえずホテルだけおさえておこう」と言う気持ちで予約するそうです。

ペンション・プチホテルの場合はそこまでひどくありませんが、やはり「とりあえず」と予約されるお客様がいらっしゃいます。そしてそういうお客様に限って、キャンセル料のかかるギリギリにキャンセルしてきます。
お客様にすれば「何ら問題ないでしょ」と言う気持ちでしょうが、多かれ少なかれ宿にとってダメージがないはずはないのです。
そもそも便宜的にキャンセルの期限を決めざるを得ないので期限を切るのであって、1日違いで有料・無料になるはずはないのです。不可抗力でキャンセルするのは致し方ありませんが、行けるかどうかもわからないのにとりあえず予約をするのは言語道断です。
当館の場合、「とりあえず」と予約されるお客様には、「ハッキリと決まってからお願いします」とプランが決まるまでご検討をお願いしています。そうでないと、後々お互いに気まずい思いをするからです。
仮にキャンセル料を頂いても、後味の悪い上に経営上マイナスなのは変わらないからです。

多くの宿では、「出来ればキャンセル料をかからないようにしてあげよう。」という気持ちがあると思います。それは根底に、「せっかくうちを予約してくれたのだから」という感謝の気持ちがあるからです。
お客様も宿に対して「この宿の人達は、この予約で生計を立てているのだ」と思えば、そんなに簡単にキャンセルは出来ないと思うのです。



生ビールの話し


生ビールのお好きな方は多いと思います。
瓶ビールでは味わえない味、のどごし、泡のきめ細かさ。どれをとっても「さすが、生ビール!」という感じです。
しかしこんな経験はないでしょうか?期待して飲んだのに「あれ?そんなに美味しくない。」と感じる時と、「ウァー、さすが生!」と感じる時です。
勿論その中間もあります。この話しの原点はそこなのです。

当館で生ビールを始めて数年経ちますがきっかけは、とあるペンションのオーナーさんのお話でした。いわく、「2週間経つと瓶の味」とのお話。なんのことかと言いますと、生ダルを開封して2週間経つと、ちょうど瓶ビール並の味となるというのです。
すなわち、生の樽を開封した瞬間から、ビールの劣化は始まります。お客様の目に触れにくいのですが、生ダルの大きさは最低でも7L、通常10〜25Lもの大きさになります。よって開封して、全部その日の内に消費することは難しいのです。(メーカーでは、2・3日中に消費するように指導していますが・・・)
それどころか、ビールのサーバーに数週間もホースでつなぎっぱなしで、ホースが変色しているお店も多いようです。(メーカーのメンテナンス談)
するとどうなるかというと、経過日数によって味の違いが出てくるわけです。2〜3日は問題ありませんが、数週間も経てばどうなるかは簡単に想像がつくと思います。
その上、ビールが最も飲まれる夏場は、特に劣化の度合いが早くなってしまうのです。

ビールはご存知のように高カロリーなので、「酒石」という化合物がホース内に蓄積しバクテリアが繁殖してしまうのです。(病原菌ではなく、微生物です)そうなると味の劣化は大きくなり、「あれっ?」となるわけです。ここに冒頭に書いた味の違いができる根拠があったのです。
そこでビールメーカーは、「毎日ホースをはずしてクリーニングをしろ」と指導していますが、まず実施するお店は少ないと思います。
それは毎日実施するにはあまりにも手間がかかる上、ライン内にあるビールを全部捨てないとならないからです。サーバーのパーツ
(ある意味では車の仕業点検ににています。動かす前に毎回オイルチェックする人はまれですよね。)
当館では樽替えの度に、出来る限りクリーニングをしています。それはお客様の為は勿論ですが、自分も美味しいビールを飲みたいからです。
私は血液型がA型のせいか、徹底的にクリーニングしてしまいます。するとメーカーの方から、「ホントこんなきれいなサーバー見たことないよ!」と誉められます。(ホントです!)
でもその結果、美味しくなるのも真実なのです。

それでは当館の場合、具体的にどのようにしているかと言いますと、とにかく開封後1週間以内に全部消費するようにしています。この期間内でしたら十分美味しく飲めますし、違和感はありません。
ところが少しオフになりますと、ジョッキ数杯の注文が出ただけで、ほぼまるまる一樽余ってしまう場合が多々あります。
次のお客様まで残しておくわけに行きません。
その場合はどうするか・・・。
そんな時は私が次のお客様のことを考え(!??)、全部飲んでしまうのです。
自慢ではありませんが私の肝機能値はかなり悪く、健康診断の度に病院への紹介状が入っています。特にγ-GTPなどは常に基準上限値の6〜7倍の値となっています。
それなのにお客様のことを考え身を挺して生ビールを飲むわけです。なんという美しいお話しでしょうか。
(勿論自分が飲みたいのが半分以上です(^^)・・・。)
そんなわけでたまに瓶ビールをお出しすることもありますが、どうかお許しください。

もう一つ、私がいつも気になっていることがあります。
それはジョッキの大きさです。中ジョッキを頼んでも「え、これ中ジョッキ!」と驚くほど小さいジョッキが出てきます。そんなときはすごく落胆し、おかわりを瓶で頼むこともよくあります。
私が学生時代は、大ジョッキと言えば正味1.000mlのジョッキしかありませんでした。ですのでずしりと大きく重く、飲みごたえは相当なものでした。あまり大きいので、後半はぬるくなりがちな程でした。ところが今や、あの大ジョッキは完全に日本から消え失せてしまったのです。
替わりに登場したのが、正味800mlのジョッキです。現在はこれが「大ジョッキ」と称されるようになってしまったのです。
同様に、中ジョッキも以前は500mlのものしかなかったのですが、今では435mlのものが幅を利かせ始めているようです。中にはその下の330ml!のジョッキを「中ジョッキ」として出す掟破りの店もあるようです。
私の感覚から言うと、500mlのジョッキが当然「中ジョッキ」ですので、「中ジョッキ」としてお出しします。するとお客様から、「お!でっかい」という感想をよくお聞きします。それから推測するに、世間では中ジョッキもドンドン小さくなっているようです。
う〜ん、昔の日本はよかった。

最後に生ビールのコストですが、多くの人は「樽で買うから相当安くなるのでは」とお思いのようです。ところが意外なことに、中身の価格は瓶ビールとほぼ同額のコストです。
ですので炭酸ガス(ボンベで買う)や泡としてこぼれる量を加味すれば、逆に瓶ビールを販売した方がロスがなく楽かも知れません。
しかし一度新鮮な生の味を知ってしまうと、もう瓶ビールへ戻る気はしません。
それが証拠に当館のお客様にも「これはうまい!なんていうビールですか!」だとか「こんな美味しい生は初めてだ!何か特殊なビールですか?」などという最大級の賛辞を頂いています。
そして3杯もジョッキを飲み干すお客様も、ザラにいらっしゃるのです。

私も体がもつ限り、自家消費を続けていきたいと思っています。
全ては美味しい生ビールのために・・・。


後日記:2001年6月21日 某メーカーにて講習を受け、「ドラフトマネージャー」の称号を頂きました。
今後もさらに美味しい生ビールを提供していく所存です。

さらに後日記:このお話を読んで泊まりに来られるお客様が、たいへん増えているようです。
「全部読みましたよ!」と声をかけて下さるお客様もいらっしゃいますが、夕食時に飲物のオーダーお訊きすると「ムフフフ」と微笑みながら「生ビール!」とオーダーするかたが多いです。
その微笑みの裏には「そりゃアンタ生ビールに決まってるでしょ!あの話しの真偽を確認しなくちゃね。」という雰囲気がにじみ出ています。
そして一口グビッと飲んで、「ホントにうめーや!」などという声をよくお聞きします。
有り難いことです。
2010年 追記:お客様の少ない時は、生ビールをご用意しない場合もございます。どうかご容赦ください。


料金の話し



皆さんは土曜日と平日で料金が違うことを、疑問に思ったことはありませんか?
現在多くの宿では、平日を安くしていることが多いようです。それは、お客さんの少ない平日に、より多く集客したい営業戦略の一環として実施するようです。
当館の場合は、全て同一料金です。このような宿は少ないらしく、お客様から「平日料金はいくらですか?」と聞かれることが良くあります。
それだけ世の中に広く浸透しているからだと思いますが、本来は同一であるべきではと思うのです。その訳は以下の理由です。

まず宿泊する部屋の広さやタイプ・食事内容が全て同じなのに、週末だけ高いのは明らかに不公平です。大半のお客様は週末しか休むことが出来ないのが通例で、その時だけ料金が高いのは、お客様にすれば割増料金を払うようであまりいい感じはしないと思うからです。
(最も宿の言い分は、「土曜日が通常料金で、平日は割引料金だ」と言うことだと思いますが。)
いずれにしろ曜日が違うだけで割高な料金を支払うのは、決して良い感じを受けるはずはないと思うのです。

次に平日料金を極端に安くしている宿があることに、私自身が違和感を持っているからです。特にスキーシーズンに顕著に見受けられますが、いわゆるスキーツァーやリフト券パックなどがそれです。
「全て込みで8000円」などと謳っていますが、バラバラに分解してみると宿泊代が5000円以下という商品もざらにあります。
思わず「いったいどうなっているの?」と思ってしまいます。皆さんは「きっと地元だとリフト券が半値ぐらいで仕入れられるのでは」と推測されると思いますが、逆に都会のスキー用品店などに、無料で置いてある割引券の方が安いことが多いのが実態です。
(老舗のスキー場などは、たとえ100万円まとめ買いしても、わずか10%引きがやっとです。)
それではなぜそんなに安いのかというと、宿がその料金で割り切って対応しているからです。私の知っている限りでは、最も安い宿で1泊2食1500円!という宿がありました。
普通の人ならば「いったい何を食わされるのか、怖くてとても泊まれない」という感覚でしょうが「パック料金だから安いのです」と言われると、不思議と納得してしまう人が多いのも事実です。
しかしその実態は、「これ以上ひどい扱いはあり得ない」という惨状だそうです。あるお客様の話によると、「いまだかつて、あれほどかたい肉は食べたことがない。どうやって探してくるのか不思議なくらいだ。」という話しや、「夕食はレトルトカレーだけだった。」という話も聞いています。
宿側も「二度と来てくれるとは思わない」と割り切って、少しでも利益を上げようと荷物預かり料やご飯のお代わりまで全て別料金を取るそうです。
その結果お客様とトラブルになったり・・・
なんと言うことでしょうか。ここまでくると悲惨の一語です。
「安かろう、悪かろうの宿」と言われても、仕方のない事実があるのも確かなのです。

そもそも平日料金は、旅行代理店が平日対策のために始めたのでないかと思います。
大きな代理店になればなるほど、自社従業員や関連のバス・飛行機・鉄道会社や提携の巨大旅館・ホテルなどの稼働率を上げるために編み出した手法です。それが近年の不景気で、低価格化に拍車がかかり極端な低料金になったのです。
コスト競争をすることは経済の発展する源ですので、それ自体は自然なことだと思います。
しかしながら、ラーメン・チャーハン・餃子を食べた料金と、宿で1泊 2食した料金が同じ水準になることはあり得ないのです。

またお客様として気をつけなくてはいけないのは、旅行代理店経由で宿泊すると必ず手数料が含まれていることです。パック旅行でなくても、必ず手数料は含まれています。その額は意外と大きく、15%前後のことが多いようです。
例えばある宿に10.000円だして宿泊した場合、旅行代理店経由ですと、「8.500円のお客様」となるわけです。
よって場合によっては、食事の内容に差が出ることもあるはずです。同じ金額を支払うならば、直接支払いした方がお得なのです。

さてそれではお正月料金はどうなのでしょうか。これは当館でも割増料金を頂いていますが、正月だけは特例中の特例期間なのです。
この料金については、まず「お正月くらいゆっくり休みたい」という日本人共通の思いがまずあります。当館にも子供が2人いますが、かわいそうに生まれてこのかた、お正月を一度も味わったことがないのです。(というよりもお正月が本来どういうものなのかを知らない)
当然、里帰りしてゆっくりするなどといいうことは、宿を辞めない限り到底あり得ません。
その他人件費や仕入れも割り増しになるなどの事柄も、一部根拠となっています。
私もいまだに、「正月ぐらいゆっくりしたいなー」とかなわぬ夢を持ち続けているのです。


冬の話し


都会では近年冬がないという話を良く聞きます。
それに比べて、信州の冬は長く厳しいものです。特に白馬においては、一層長く厳しい冬となります。
都市部では真冬でも氷点下にならない日が多いようですが、白馬ではなんと-20度近くまで気温が下がります。-20度という気温は、冷蔵庫のフリーザーよりも低い気温なのです。(フリーザーは-18度)
ですので夏は涼しく快適ですが、冬の暖房は大変なコストがかかります。早い話が都市部の一般家庭の一冬分の灯油を、一晩で消費してしまうほどなのです。
もっとも最近は灯油さえ使わない家庭も多いようですが、寒冷地においては灯油は必需品です。電気暖房ではとても追いつかず、やはり火力が一番なのです。そのためこちらでは一般家庭でも、巨大な灯油備蓄タンクを備えているのが普通なのです。

この気温の低さが、様々な事件を引き起こします。
たとえば朝、お客様の車のエンジンがかからないことやサイドブレーキが凍りつくなどは序の口で、車がそっくり凍結してしまうことがあります。
その結果としてラジエターが破裂したり、ディーゼル車の場合燃料の軽油が凍結してしまいます。
そうなるともう大変です。JAFを呼んで処置してもらいますが、その処理方法が原始的でおかしいのです。
なんと車をまるごとテントの中に包みこみ、中でジェットヒーターを焚き暖めるのです。つまり車をそっくり家の中に入れて、暖房する状態にします。半日ぐらいすると、ようやく凍結状態が解除されるのです。そのために大変な費用と手間がかかりますので、要注意です。
軽油の凍結を防ぐためには、必ず現地で軽油を入れてください。現地の軽油は灯油分が多く、凍結しないのです。
なおガソリンは、日本ではまず凍結することはないようです。

車関係で意外と知られていないのが、寒冷地用ワイパーの存在です。通常のワイパーの金属部分を、そっくりゴムで包み込んであります。
なぜこんなことが必要かというと、普通のワイパーでは金属部分が全て凍結し、全く窓が拭き取れなくなるからです。つまりワイパーゴムに均一に圧力を加えて窓ガラスに密着させている金属バネ部分が、すっかり凍結してしまうのです。
するとどうなるかと言うと、ワイパーが全く弾性のない木の棒のような状態になってしまいます。いくらワイパーを動かしてもゴムが硬直したままで、まるで割りばしを動かして拭き取っている状態になり、前がぜんぜん見えなくなるのです。

その他には、凍結したドアを無理やり開けてドアのゴムパッキンが引きちぎれたり、ワイパーが窓ガラスに凍結して無理にはがし やはりちぎれてしまったりします。
都会では想像もつかないことが、-20度の世界では次々に襲いかかります。そのうえ白馬は豪雪地帯でもあるため、運転にも高度なテクニックが必要なのです。スノードライブについては後述します。

白馬の冬で特に特徴的なのは、やはり雪の多さでしょう。都会の雪はロマンチックですが、こちらでは雪と戦う覚悟が必要です。一晩で1m近い雪が降ることもあります。
1mと一言で書けば簡単なようですが、実際経験すると恐ろしいほどの積雪になります。音もなく雪が降り続け、見る見るうちに窓が埋まっていくのです。気がつくと家の中が暗くなっています。外に面しているドアも埋まってしまい、ドアが開かなくなります。その上屋根から雪が落ちてくるので、家の周りはあっという間に2m近い雪の山になってしまうのです。
雪が長靴などに入らないように完全装備で外に出ると、胸の高さまで雪に埋まってしまいます。泳ぐようにして除雪機のところまでたどり着き、除雪を始めるのです。
除雪とは簡単に言うと人が歩ける道作りで、まず道を作らないと何も始まりません。そのあと車の屋根の雪下ろしや、ドアが開くように除雪したりするのです。特に車は、凍りついた窓ガラスの氷除去にかなりの時間をとられてしまいます。車を動かせるようになるには、大雪のあとは最低でも30分くらいかかってしまいます。
都会ならば5分で車を出すことができますが、雪国では出すまでに一仕事必要なのです。
お客様に送迎依頼の電話をいただいた時も、都会の感覚では「5分で来てくれるだろう」とお考えになるでしょう。しかし北国の冬の場合は、このような状況でお時間がかかることを、どうかご理解いただきたいのです。

大雪の時は、朝、昼、夕方と、同じところを3回も除雪することがあります。朝昼と2回除雪してお客様の駐車場や歩道を確保しても、夕方までにまた積もってしまうのです。それでチェックインのご案内をしながら、除雪作業をすることもあります。
そのために冬は除雪に多くの時間を取られ、どうしても多忙になります。
夜中に到着するお客様のためには、夜11時頃にライトを付けて除雪をしなくてはなりません。都会に住んでいると、そんなことは全く気がつかないと思いますが、除雪をしないと駐車することも歩くこともできないのです。
ですので夜中にお客様を受け入れる方が、通常のチェックインよりもより大変なのです。

ところでこの寒さのために、夏は快適な気候になります。スイスのアルプス地方と似た気候だそうです。
寒冷地気候を端的に表す事例ですが、なんと白馬にはゴキブリがいないのです!こちらに来てから私は一度たりとも、ゴキブリを見たことがありません。
よって当然厨房にもいないわけで、非常に衛生的ではあります。冬の寒さのために、ゴキブリが越冬できないそうです。(暖房していても家の中で水道管が凍ります)
また蚊も、蒸し暑い日を除けばほとんど見かけず、その意味では快適な生活ができるのです。

また雪の話に戻りますが、豪雪のあとの雪の世話は丸2日くらいかかります。慣れているとはいえ、かなりの重労働です。当館ではほとんど屋根に上る必要がない設計になっていますが、それでも何回かは雪下ろしをする必要があります。
基本的に雪はすべるので、屋根から落ちる事故が後を絶ちません。私も今まで何回も屋根から落ちたことがあります。運良く大怪我の経験ないですが、一命を落とす事故も雪国ではそう珍しいことではありません。屋根から落ちなくても、落ちてきた雪の下敷きになったり、除雪車に巻き込まれたり、ある意味命がけの側面もあるのです。

これをお読みの皆さんは、屋根に上ることはまずありませんので安心ですが、ひとつだけ命にかかわる怖い話があります。これを読んで命が助かるかもしれません。
それはお車での仮眠なのです。スキー場でエンジンをかけたまま仮眠をする車を良く見かけますが、実はこれに大きな罠が潜んでいるのです!

先に述べたように、スキー場では大雪となると30cmくらいの雪は4〜5時間ほどで積もることは良くあることです。夜中や早朝に到着し、寒いのでエンジンをかけっぱなしで寝込んでいると、知らぬ間に車の周りも雪が降り積もっていきます。そしてわずか数時間で、タイヤの半分くらいまで雪の中に埋まってしまいます。
排気ガスを出すマフラーの高さは、普通地面からわずか20cm程度しかありません。その上暖房でとけた車の屋根雪が、音もなくボディ周囲とマフラー排気口にも滑り落ちます・・・。
するとどうなるか・・・ 逃げ場を失った排気ガスは、車のボディ下部に廻りこみ床下から室内に侵入してくるのです!
もうお分かりでしょう。予期せぬ、まさかの排気ガス自殺になってしまうのです。
そんなことが実際あるのかというと、けして珍しい事件ではありません。私は何度も報道等で見聞きしています。しかも複数の人が一度に亡くなる事例もあります。ただ一般のお客様には、ほとんど知られてないようです。

おりからの不景気で、宿泊費を節約するために完全車中泊のお客様も近年増えているようです。しかしそのために、命を落としたのでは元も子もありません。
基本的に、降雪時の仮眠は命がけと心得ましょう。そしてやはりお金がかかっても、宿に泊まるのが一番です。(^^)




宿の実体ってどうなってるの?


皆さんが宿を選ぶときに、最もポイントが高い条件は何でしょうか。
一般的には料理と風呂、部屋の設備や広さなどではないでしょうか。誰でも良い部屋に美味しい料理、のんびり温泉につかりたいものです。そのすべてを兼ね備えていれば、お客様も押し寄せて満員御礼となる可能性が大きいと言えます。
今回は最近急増している「露天風呂」について、その実態と裏側を記述してみたいと思います。

最近特に目に付くのは、「露天風呂、貸切、鍵付き」というキーワードです。旅行関連のネット検索ワードでは、この何年か最もアクセスの多い項目として有名です。
このキーワードを宿が備えているかどうかで、注目度は段違いになります。
言い換えれば、集客力が段違いになってしまうのです。

正直に告白しましょう。当館でも露天風呂の設備導入を考えたことがありました。それは業界では、露天風呂を作る経費はほんの数年で回収できるほど、設置後の効果が絶大と言われているからです。
極論すれば、普段見向きもされないボロ宿でも、露天風呂さえあればある程度の集客が必ず見込めるわけです。
つまり一時的に出費をしてもすぐに回収できる上に、有り余る恩恵があるのです。それで「露天風呂」を造る宿が急増しているわけなのです。
もちろん大掛かりな温泉旅館ではそういう訳にはいきません。当館のような小規模なプチホテルやペンションに、新しく設置する場合などです。その場合は必要最少限のことが多く、費用もかなり安価です。

お客様にとって、露天風呂があることはたいへんなメリットだと思います。しかし私が最近気になっているのは、その実態なのです。
つまり「露天風呂」と称するのには、あまりにも小さく貧相で、思わず目が点になってしまうような「露天風呂」が急増しているのです。もちろんどんなに小さくても「露天風呂」と言えなくはないのでしょうが、期待して行くと絶句してしまうような「露天風呂」が急増しているのも事実なのです。
いわく、「うちの池の方がよっぽど広いよ」などや、「えっ、なにこれ!水溜り?」というのが、多くの人の正直な感想のようです。

また露天風呂=温泉という図式が、頭の中に出来上がっている人が多いと思いますが、急造の露天風呂の多くは単なる沸かし湯です。それは温泉が出ない地域もありますし、出るとしても温泉を引く経費と権利金が莫大な金額になることが多いのです。
確かに「露天風呂は温泉でなくてはいけない」という決まりはありませんが、これも大いに期待を裏切る事柄です。しかしながらその宿にしてみれば、なんら偽りの表示をしているわけではありません。
また風呂が小さいために多くの人が同時に入れるわけもなく、必然的に「貸切、鍵付き」となることが多いのです。

かくしてできあがった急造露天風呂は、期せずして先に挙げた「露天風呂、貸切、鍵付き」の3条件をクリアしてしまうのです。
これら誤解が生じる原因は、多くの人が持っている露天風呂への先入観に他なりません。「露天風呂」と聞いただけで「広々とした温泉に入って手足を伸ばし、のんびりゆったりできる」というイメージが出来上がっているのです。その上「貸切」となれば、大いに食指が動くのもわかります。

たとえどんなに小さい露天風呂であっても、沸かし湯であっても、露天風呂に変わりはなく大いにPRできてしまうところがインターネットの怖さです。
老舗旅館の情感あふれる立派な露天風呂も、とって付けた様な小さな露天風呂も、ネット上では同条件です。逆に見事な大露天風呂になればなるほど、「貸切」は難しいことは容易に想像できます。
となると、本来比較にならないほど差のある水溜り露天風呂が、立派な露天風呂をキーワード上とはいえ条件的には逆転してしまうのです。

これは売り上げ拡大を目指す宿にしてみればかなり「おいしい」戦略で、「露天風呂を貸切で入浴していただけます」という最高の殺し文句を、あらゆる媒体に宣伝できるわけです。その効果は絶大で、特に白馬地域はまだ「露天風呂」のある宿が少ないこともあり、一気に売り上げを増やしているようです。
それで不景気で悩む宿と広告代理店が、ともに売り上げを増やす救世主として「露天風呂」に目をつけたのです。


もうひとつ最近目に付くのは、『ペットOKの宿』です。
ご存知のように最近のペットブームは凄まじいほどで、当然のことながらペットを連れての旅行需要が高まっています。
当館にもちょくちょく問い合わせがありますが、特例を除きお断りしています。(外に犬小屋持参の場合など)
理由は、ペットを室内に入れた場合に「清潔で快適な客室」を維持できなくなるからです。

ところが最近『ペットOKの宿』は激増しています。その訳は、どこの宿も経営が苦しく、そうでもしないとやっていけないのが本当のところです。中には昔からペットが大好きで受け入れOKにしていた宿もありますが、最近始めた多くの宿は経営上の理由が大半です。
よって本来はペットなど受け入れたくないのですが、「背に腹はかえられぬ」ということが本音なのです。

さてその実情ですが、客室は犬猫の抜け毛やおしっこ、フンに汚されて悲惨な状態に陥ることもあるようです。
カーペットだけならまだしも、ベッドの上までペットを上げるため、ベッドスプレッドや毛布まで被害が及ぶそうです。(もちろん、そうならないよう気をつけると思いますが。。)
そのため通常の掃除ではペットのにおいや抜け毛が処理しきれず、ある程度の清掃でベッドメイクしてしまうのも、やむをえないことでしょう。
そのあとに泊まる、何も知らないお客様はどうなるのでしょうか。考えただけでも恐ろしいことです。

宿のほうも「ケージから出さないでください」 「おしっこの処理はきちんとしてください」など注意はしているようですが、せっかく連れてきたペットを「檻から出すな」と言われても、抱っこしたくなるのが人情です。でなければ、せっかく『ペットOKの宿』に泊まった意味もないでしょう。
この問題の一番の被害者は何も知らない一般のお客様で、まさか前の晩に自分の寝ているベッドに犬がおしっこをしたとは夢にも思わないことでしょう。

タバコが嫌いな人がいるように、ペットが嫌いな人もいるはずです。ですので一度『ペットOKの宿』にした以上は、宿も一般のお客様にはその旨告知をして了解を得るなどの、誠意ある対応が本当は必要でしょう。
しかし実際のところ、せっかく予約していただけるお客様に対して、「うちは犬臭いかもしれませんがいいですか?」などと言えるはずもなく、結局黙って予約を取ってしまうのが実情でしょう。

私も犬は大好きですし、物心ついたときから常に犬が一緒でした。多いときは4匹も犬(猟犬)がいました。ですけれど、父が酔って犬を布団に寝かせたりした以外は、ペットは外で飼うのが常でした。
個人のお宅でお座敷犬にすることになんら異論はありませんが、不特定多数のお客様が利用する宿で、ペットも人も同じ部屋に泊めるのはやはり無理があると思います。またペット好きな人であっても、ペットの毛だらけの部屋やおしっこ臭いの染みついた部屋は、けしていい気がしないでしょう。

経営のためとはいえ、宿側の責任は重大だと思うのです。


・・・・・この項続く

麗しのペンションライフ
 プロローグ 

10代の頃、色々な文学に触れ「人生」について様々な思いを巡らしたことが、誰にでもあると思います。「20年後の自分は何をしているのだろうか?」とか「人生どのように生きるべきか」などと。
しかしその当時はあまりに若く、「人生は果てしなく長いもの・・・」と思わざるをえませんでした。同時に誰でも年をとるとゆう事は理屈で分かっていても、まさか自分が本当に50歳になることは信じられない事でした。
よく言われることですが、若い頃は時間の経過がどうゆう訳か非常に緩やかで、その後30歳頃を境にだんだん早くなるようです。曰く、「40代はあっと言う間だよ。」 「イヤイヤ50代はさらに加速度がつき、坂を転げ落ちるぐらいのスピードだそうだ。」などという話しが、まことしやかに語り継がれています。
私もいつの間にか人生の折り返し地点を過ぎ、なにやら秋風が吹き始めた印象があります。(人生の先輩諸氏から見れば、『まだまだ若いよ』と思いますが・・・。)

若い頃、誰もが人生の夢があったと思います。しかしその夢どうりに生きられる人はほんの一握りでしょう。
多くの人は夢とは別の現実の就職をし、結婚、子供、住宅・・・と誰もが通るレールの上を進んで行かざるをえないのです。
特に子供が産まれ住宅ローンを組んだ日には、がんじがらめの人生となってしまいます。こうなると、そのレールから飛び降りたいと思っても、もはや不可能なのです。

それでも若い頃はまだ「人生」とゆう時間に余裕があるので、それほど深刻ではないものです。
しかし頭に白いものが目立ち始めると、「このまま俺の人生も終わっていくのか・・・。」と何かしらせつない気にさせられる人も多いのではないでしょうか。
と同時に「このままではあまりに寂しすぎる。何か行動を起こしてみたい。」と切実に感じる人も多い筈です。折からの不況で起業はもちろん、再就職も困難を極めますが「会社を辞めて第2の人生を・・・」と考えるのも人情でしょう。
そもそも「こんな会社やめてやる!」と一度も思わなかった人が、一人でもいるのでしょうか?

前置きはこれぐらいにして。。。私がこの業界に入り既に15年経ちました。
私も以前は東京で一営業マンとして都内を走り回っておりました。当時、学生から社会人となり覚えることばかりでしたが、それはそれで厳しいながらも充実していた日々だったと思います。
しかし何年か過ぎ一通り仕事も覚えると、以前から夢だった「自分で商売をしてみたい」と考えることが多くなったのです。
私の場合、「独身の今のうちにやらなくては、後になるほど難しい」とゆう考えが基本でした。それで30歳を目前として退職し、(これが大変な思いで、辞めるのに半年以上かかりました。)すぐにこの業界に入り、とある宿で住み込みで働き始めたのです。
それは同時にサラリーマンとの決別でした。

今書くと大したことないようですが、当時は清水の舞台から飛び降りる一大決心だったのです。その後いろいろな条件に恵まれ、小さい宿を開業する事ができ、今が2軒目の経営になります。
開業と同時に結婚しましたが、お金が全くないので籍を入れただけのものでした。その当時は結婚式場で披露宴をやるのが当たり前で、何か決まりの悪い思いをしたものです。(今でこそ芸能人が「とりあえず入籍するだけ」の結婚も多いですが、「そのルーツはうちだ!」と自慢しております。)
時が経ち子供にも恵まれ、やっと人並みの生活もできるようになりました。と同時に、自営業ならではのステキな暮らしができるのです。

この仕事の最大の特徴は、お休みが実に多いのです。(中には一年の大半がお休みとゆう宿もありますが、あまり休みが多いと暮らしていけません。(^^; )
したがって、自分の時間が持てるとゆう事が最大の特徴でしょう。人生にとって、これは最大の恩恵ではないでしょうか。
思えば会社員時代、ウィークデイはもちろん週末までも、いつも仕事に追われ自分の時間は皆無でした。
土日も半日は睡眠の時間で、そのあと何かつまらないことをやっていると、あっと言う間に日曜の夕方になっていました。また土曜日は出勤のこともあり、そんな時は日曜日1日だけの休みで、休んだ気がほとんどしませんでした。
私の会社員時代の人生=会社90%以上 だったと思います。日本人の人生=会社 とよく海外から批判されますが、民間企業の場合まさにその通りだと思うのです。

定年になりある日突然仕事がなくなると、時間を持て余しホトホト困るとゆう話しを耳にします。多くの人は、「定年になったらあれをやりこれをやり・・・毎日が日曜で最高だ!」と思っていても、3ヶ月もするとやることがなくなり、家にいることが苦痛になるようです。
しかし私たちペンション業に従事する者は、全くそんなことはありません。まずあり余る時間の使い方を心得ていますし、同時に遊びや趣味にかけては達人なのです。
子供が遊びの天才と言われますが、それに近いものがあります。

周りを見回してみると、とにかくその道にどっぷりはまる人が多く、また時間がそれを許すわけです。
たとえばスキーが好きだとすれば、シーズンに50日でも滑れるわけですし、釣り(フライ・渓流・海)、登山、トレッキング、写真、絵画、園芸、山菜・きのこ採り、テニス・パラ・ラフティングなどのスポーツ・・・等々何でもござれです。
極端な話し、スキーが好きで会社辞めてここに住んだ人など、掃いて捨てるほどいます。
初めてここに住んだ頃、このような不真面目な手合いと飲み屋で話し、「こんな不純な動機で会社を辞めるなんて、なんと言うことだ!」と一人憤慨したものです。
真面目にネクタイ締めて通勤電車で毎日出勤する、これぞ社会人の王道だ!とある意味思っていた自分の人生観が、根底から覆される気がしたのです。それほど彼らはアバウトでいいかげんでしたが、自分のライフスタイルを持っていたわけです。

ある意味では南米などのラテン系の人に似ているかも知れません。彼らにとって人生=会社 では、決してないのです。
日本人から見ると「なんていいかげんな仕事の仕方だ!」と思えても彼らにはそれが普通で、彼らの人生=楽しむもの であり、仕事はその手段に過ぎないのです。
アメリカ人にしても、デスクによく家族の写真を飾ってあります。私の元得意先は外資系だったため、彼らと接する機会が多かったのですが、例外なく写真を飾るわけです。
日本人ではまずデスクに家族の写真を飾る人を見ませんが、彼らにとってはごく普通のことです。理由は言うまでもなく、仕事よりも家族優先なのです。


Part 1



 さて私の場合毎日何をしているのかと言いますと、とにかく信州の自然が好きなのです。大自然の中にいるだけで安らぎが得られ、満ち足りた気がしてくるから不思議です。
それであちらの山、こちらの高原へと、冬以外は飛び回っています。

長い冬が終わり雪がとけ福寿草が顔を出すと、カメラを抱えジムニー(軽の四輪駆動車)に飛び乗ります。
毎年行く群生地に車を走らせると、そこには雪がとけたはじから福寿草の黄色い可憐な花が咲き乱れ、春の日をいっぱいに浴びて輝いているのです。数メートルの雪の下でじっと耐えて春を待ち、やっと咲いたその黄色い花の輝き!
傍らには清流が雪解けの水を集め、サラサラと静かに流れています。そして静寂・・・。
流れる水の音以外、全くの無音の世界。
春の日を浴びていると体もポカポカと温まり、冬の間縮こまっていた体をやんわりとほぐしてくれるのです。
春の歓び・・・これは雪国に住んだ人しか分からない、心の解放・歓びなのです。

そして風薫る5月、目にも鮮やかな新緑の中の山菜取り。そよそよと心地よい風が頬を撫で、ウグイスが間近で鳴いています。
都会では絶対見られない、抜けるような青空。
遠くには凛とそびえる、雪形も鮮やかな北アルプスの勇姿。
3mを超える大雪の下でじっと耐え、今年も地面から顔を出したばかりの、いたいけな山菜たち・・・ワラビ、山ウド、こごみ。子供たちも小さい手に山菜をいっぱい集めてきます。まるで、ちひろの絵の世界。
新緑をわたる爽やかな風を額に受けながら、、緑の上での昼食。なんという充足感。
「目に青葉 山ホトトギス ・・・」などと口をついて出るような、新緑の鮮やかなこと!
大自然の中にいると、日常の煩わしいこととは無縁で、心の底からリフレッシュできるのです。

オフロードバイクにまたがり、誰もいない初夏のゲレンデのタラの芽取り。「ポキン!」と音を立てて小気味よく折れる久しぶりの感触に、「また1年経ったのだ」と時の経過を感じます。
6月のネマガリダケ。背丈をはるかに超える竹藪の中、こちらもポキン、ポキンと音を立て折れるタケノコを、ついつい夢中で採ってしまいます。気がつくと森の奥深く、方向感覚を失ってしまうことも。
それで信州では春になると必ずニュースで、「ネマガリダケ取りで帰らず」などと報じられるのです。


そんなにいいことばかりではないよ


今まで随分良いことばかり書き連ねてきましたが、それでは大変なことはないのでしょうか?
それは勿論、大変なことの連続です!
一言でいえば、なんの補償もない、全て自己責任の世界だからです。

たとえば皆さんが通勤途中に前を通る街角のラーメン屋さん。
ふと気がつくと、いつの間にか違うお店になっていませんか?同様に喫茶店やお弁当屋さん、いつの間にかなくなっていませんか?
あんな小さなお店でも、開業するには数百から場合によっては数千万円単位の資金をつぎ込んで開業しているはずです。それでも短い時はわずか半年で辞めてしまうお店もあります。
なぜでしょうか?それは経営が成り立たないからです。

ペンションも全く同じです。早い人はわずか半年で廃業してしまいます。
廃業するのにも二通りあって、ひとつは経営が成り立たない場合。もう一つは大変でイヤになってしまう場合です。後者の場合はその本人が甘えているといえばその通りですが、裏を返せばそれだけ大変な仕事なのです。
見かけは優雅に見えるようですが、仕事の内容は泥臭いものが大半です。それだけに表面だけ見て開業した人は、理想と現実のギャップに耐えられないようです。

それではどんなところが大変なのでしょうか?
まず言えることは体が資本だと言うことです。これは会社員でも同じですが、その程度が違います。
たとえば皆さんが風邪をひき、39度の熱を出したとします。あなたはどうしますか?
多くの人は会社に電話して「熱がひどいので休みます」と会社を休むのではないでしょうか。

宿の場合はその言い訳は通用しません。お客様がいる場合は、何があっても休むことは不可能なのです。
宿泊のお客様に「すみませんが熱があるので、今日の夕食は無しにして下さい」などと言えるはずもありません。
またそれ以前に、ピークシーズン中は絶対に風邪をひかないように、体調に万全を期しています。それはどんなことがあっても、お客様がいる以上は休むことは不可能だからです。
つまり多くの会社員の場合は、「風邪をひくのはしょうがないこと」でしょうが、宿の人にとっては「風邪をひくのはその人の不注意であり、自己管理不足。けしてしょうがないことではない」のです。
ある意味プロスポーツの選手と同じです。彼らが怪我や風邪で休むのは、全て来シーズンの契約年俸に跳ね返ってきます。「怪我や病気は自分持ち」なのです。

またこんな事もありました。あるペンションの奥様が妊娠し、臨月となりました。間の悪いことにスキーシーズン真っ盛りの多忙期と重なり、ゆっくり休むどころではありません。大雪の降る中を大きなお腹を抱えて、マイクロバスで大勢のお客様を送迎しているのをよく見かけたものでした。そしてなんと子供が産まれる前日まで働き続け、産んだ3日後にはもう働いていたそうです。
当館でも長女が生まれる時に夏のシーズンインと重なってしまい、この話しほどではありませんが、産んだ2週間後にはフルに働いておりました。一般的には産前産後で数ヶ月は実家に里帰りしてゆっくり羽を伸ばし、上げ膳据え膳の万全の体制で出産を迎えるのが普通なのでしょうか。(実際に実家の義姉がそうでしたが・・・)

というように大げさに言えば「親の死に目にも会えない」と言えなくもない面もあります。それはたとえアルバイトなどお手伝いの人がいても、代わりに料理を作ってもらう訳にはいかないからです。勿論料理だけではなく、業務全般でも任せられることと任せられないことがあります。
それでどうしても無理をして働くことがあるわけです。
「それじゃいっそのことその間休館したらどうか」との話しもあると思います。そして現実に休館するペンションもあると思います。しかし私の知る限りでは、シーズン中に長期休館した宿は皆無なのです。
それはやはり「このシーズンを逃したら、あとは半年後」と、オフとオンシーズンがはっきり分かれているからで、極端な話し「次の半年間無収入でいいのか」と言うことなのです。
今はあるかどうか知りませんが、一部の公務員の産休が半年間認められていた時期がありました。その間も一定の給料が出るそうですが、そんな話しは自営業者にとって夢のまた夢という感じなのです。

さて宿の人たちは、オフシーズンは何をしているのでしょうか。先に記したように、すてきな自分の時間を過ごす人もたくさんいます。しかし遊んでばかりいるわけにはいきません。
そこで多くの人は、建物や設備、庭などの手入れをしている人が多いのです。最初はペンキ塗り程度から始まるのですが、何年もやっているうちにどんどん技術も上達し、しまいにはプロ並みになってしまう人も多くいます。中には他の人から注文を受けて、仕事としてやる人も出てきます。

かくゆう私も様々な仕事の職人さんから教わりながら始めた事が、いつの間にか自分に身について、大概のことは出来るようになりました。
それに伴い道具や用具もどんどん増えて、例えば塗装の刷毛類だけでも、30種以上はあると思います。
プロの人に頼めば早いしきれいなのは承知の上ですが、自分でコツコツやれば材料費で済む点も魅力です。またモノに対する愛着もわいてくるものです。
例えば外壁の塗装などは足場を組むだけで100万円単位の費用がかかります。クロス補修しかし自分で工夫しながらやれば、大幅なコスト削減になります。
左の写真はゲストルームのクロス補修作業です。マスキングテープなどできちんと養生し、丁寧に塗装し補修した結果、驚くほどきれいに生まれ変わりました。
こんな感じで、風呂場のタイル貼り、ボイラーの分解整備、屋根の補修・塗装、電気やテレビの配線、車検や車両の整備など補修や整備に関することは何でもやっています。
それでホームセンターへ行くと、「次はコンプレッサーが欲しいな」などと、ついつい道具類を見てしまうのです。





・・・・・・この項続く

つづく


honto.htm
筆 者 
(1957 東京・新宿生)







おまけ
    ちょっといい写真。

         

出会い系デート