下記は平成15年度本校の卒業文集のために書いた寄稿文です。


卒業するみなさんへ
理科専科 中山 厚志
 
 六年生の皆さんご卒業おめでとうございます。
 書くマスがたくさんありますので、少しお話を書かせてもらいます。

 先生がこの学校へきた春、あるお友だちが、
「先生、変なタンポポが茂田井に生えていたよ」
 と、持ってきてくれました。茎がふとくて、ふつうのタンポポの何倍も大きな花をつけるおばけたんぽぽです。先生も見たことがありませんでしたから、早速その場所に行って写真を撮って、一本鉢に植えて持って帰りました。

 さて、持って帰ってきても調べる方法がありません。
 植物辞典を持ち出しても書いてあるはずがありません。先生の通っていた大学の先生にも聞いてみましたが、「私も見たことがありません。」と言われてしまいました。

 そこで、先生の入っている日本雑草学会というネットワークを使って全国の植物に詳しい人たちに聴いてみることにしました。

 そうしているうちに何人かの方から返事が返ってくるようになりました。日本中にはやはり見たことがある人がいるようです。

 そのうちにおばけたんぽぽは植物生理異常で時折起こる「帯化現象」であることが分かってきました。帯化とは何らかの影響で茎が何本のくっついてしまい、一つの異常な大きな花をつけることです。その原因はよく分かっていないようです。ましてや、セイヨウタンポポの帯化現象など見たことのある人は日本中でもそうたくさんはいないことが分かってきました。また、いろいろ調査していくと、先生の知っている限り、二〇〇個体以上あった立科町のおばけたんぽぽの群落は、おそらく規模としては日本一大きなものだったと思っています。




 それから今年二〇〇三年になりました。

 あんなにたくさんあったおばけたんぽぽは数える限り十数個になってしまいました。
 これはどうしてでしょうか?
 おばけたんぽぽがもし遺伝していたら、(おばけたんぽぽの種子がおばけたんぽぽになっていたら)すごくたくさん増えるはずです。

 そこで先生は土の中に秘密があると思いました。おばけたんぽぽが出た土とふつうの土の中では含まれている成分が違うのでは?と思ったのです。そこで近くにある信濃公害研究所に相談しました。しかし、「土壌成分といってもたくさんあります。可能性のある物をすべて調査するとものすごくお金がかかりますよ」と言われてしまいました。農薬や薬品、そこに存在しうるすべての成分を調べるには時間もお金もありません。そこで今年は調べることはできませんでした。

 その後も全国各地から、「ここにもあった」「こういう原因で生えるのでは」と言う情報を送っていただきました。植物の世界ではちょっとしたムーブメントになってきました。
 十二月になり、先生は信州生態研究会という学会で「セイヨウタンポポの帯化現象」と題して発表をしました。そこには長野県の人しかいませんでしたが、多くの人に興味を持って聴いていただきました。
 でもいくつか疑問が残りました。もしある特定の土壌成分が原因なら、もっとたくさんの発見があってもよいと思います。それから仮に遺伝するとしたらまわり中おばけたんぽぽだらけになってしまいます。遺伝しないとしたら、一代でおばけたんぽぽはなくなってしまいます。

 やがてそれにも答えらしきものが出てきます。「カナリアタンポポ説」です。

 十二月二十三日、ある民放のテレビでおばけたんぽぽが扱われました。先生は知らなかったんですが、大阪のある方が知らせてくれ、親切にも先生にビデオを送ってくれました。
 その学説は愛知教育大学の渡辺先生が出したものでした。おばけたんぽぽの発生する原因のひとつは「土壌の中にリン酸トリス」と言う成分を含んでいること。そしてもうひとつが「そのリン酸トリスに過剰に反応するある特殊な要素で発生するセイヨウタンポポの存在」です。そして、そのリン酸トリスが含まれている土壌で、その特殊なセイヨウタンポポが生育すること。この自然界ではあり得ない二つの条件がかなりの低い確率でそろったとき、はじめておばけたんぽぽになる、ということでした。
 別の話ですがカナリアという鳥は環境の変化に敏感で、そのため、炭坑など危険な場所で作業する人はこの生きたカナリアを持って現場に向かったそうです。それをたとえてある人は「カナリアタンポポ」と呼びました。これがカナリアタンポポ説です。

 先生はこれはなるほどと思いました。

 立科のあの場所にはかなりのカナリアタンポポがあることになります。そして、一年で数が減ってしまったのは、土壌成分からリン酸トリスが雨などで薄まってしまったため、と考えられます。
 そして、カナリアタンポポの子どもはカナリアタンポポと考えれば、おばけたんぽぽが今年あまり発生しなかったことも説明がつきます。

 先生は今、このリン酸トリスが手に入らないかどうか考えています。このカナリアタンポポ説を確かめるためには、カナリアタンポポがたくさんあるであろう、あの場所のタンポポをリン酸トリスを多く含んだ土壌で育てれば確かめられます。かなりの確率でおばけたんぽぽが育てば、このカナリアタンポポの実証になります。

 六年生の皆さん、中学へ行っても勉強に運動に精一杯頑張ってください。自分の今の力は世の中では見えないほど小さくてもこつこつと積み上げていけば、きっと誰かが見ていてくれます。そして認めてくれます。
 みなさんが楽しく過ごした小学校は六年間、中学校はその半分の三年間しかありません。一生懸命勉強しても三年間、遊んでいても三年間。でも、その三年間は一生の行方を左右するほど大きいものであることは知っていてください。